竜華樹の下で

郭廉讎

石ころの奇跡

 気がつくと、見知らぬ森の中に立っていた。

森ではあるが、周りは人だかりですごい賑わいである。皆一様に困惑しているようであった。隣には大学時代の友人であるサトコが立っている。


 記憶が錯綜している。僕はすっかり年老いて病院のベッドの上にいた。そしておそらく僕は死んだはずである。僕は自分の手を見つめた。久しぶりに体に精気が満ちている。明らかに20代前半くらいに若返っている。生き返ったのだろうか。


 サトコと会うのも久しぶりである。大学を出てUターン就職したサトコとは、年賀状のやりとりくらいしか付き合いがなくなり、そのうち途絶えたままだ。サトコも戸惑っている様子だった。


 「ここ、どこやろ?」と、つぶやく僕に、「周りはサムライだらけよ。」答えになっていない。サトコは置かれている状況を把握しようと周りの情報を貪欲に五感を総動員でかき集めようとしている。確かに周りには現代人がいなかった。サトコの言うようにサムライが多いが、よく見ると、町人や僧侶、百姓のような姿の人も混じっている。しかし、現代人はざっとまわりには僕たちしか見受けられない。


 「ねぇねぇ、あれみて。」サトコの指差す方に一際大きな一団が陣取っていた。そして一際大きい入道が真ん中に座っていた。「あれ、武田晴信じゃない?うそ?すごっ。」たしかに、教科書だかどこかの博物館だかでみたあの出立ちは、サトコのいう武田晴信こと、武田信玄の肖像画そのままだった。「あっちもみて、あの人もきっと偉い武将よ。しかもちょっとイケメン。」

 

 サトコは興奮気味に、キョロキョロと周りに見えるものを口にしている。僕に聞かせるというより、自分の中で情報を整理しているようだ。


「あれ、上杉謙信ちゃう?旗に【毘】とか書いてるし。そやけど、何でこんな信玄と近いねん、あの二人仲悪かったことない?ここ川中島か?」


「ちがう、わかったわ!高野山よ!ここ。ほら、あの石ころの場所よ!ほら、ほら、ほら、上杉謙信の右側!」サトコは何か思い出して興奮している。

「石ころ?!…。あ、あの時の石ころか!、上杉謙信の右側!」僕も思い出した!


 仏教やら、仏像やらに興味があった、学生時代の僕たちの二人は、高野山で遠い未来に開催される仏教の一大イベントがある事を知った。そのイベントとは、弥勒菩薩という未来仏が釈迦の入滅の56億7千万年後に地上に降臨し、三ヶ所で説法をするという『竜華三会』である。そしてそのうちの一回の開催場所がこの高野山であると言われている。あとの二回はどこなんだろうと、当時調べはしたがついにわからずじまいだった。「インドとか中国じゃない?そっちは通訳ないから、どうせわかんないわよ。」という、サトコのテキトーな推理に乗っかって僕も深くは追求しなかった。そう、この高野山会場では、弥勒菩薩に加えて、スペシャルゲストとして遍照金剛こと高野山の開祖、空海も現れ通訳もしてくれるのだ。なんと贅沢なキャスティングであろう。

あの空海が通訳で降臨するのだ。こんなスペシャルなキャスティングはスーパーボールのハーフタイムでも無理だろう。

 高野山に一度でも行ったことのある人ならご存知であろうが、奥の院の参道には歴史上の偉人たちのお墓がたくさん並んでいる。前出の信玄や謙信をはじめとした名だたる戦国武将から、法然や親鸞など他宗派の僧侶まで歴史上の重要人物たちがフルラインナップされている。その理由はもちろん供養のためでもあるが、むしろホントのところは特等席でこの一大イベントを見るための、壮大な時間を超えた場所取りであるというのだ。そして、なにより僕とサトコの心を駆り立てたのは、武将たちがこぞって墓を建てていた当時、庶民達はお墓の土地にはとて手が出ないので、代わりにこっそりと、ちいさい石ころを参道に置いていたらしいという歴史に埋もれた裏話の方であった。

 

 話を聞いて早速、自分達もやろうということになり、高野山まで石ころを置きに行っただった。石ころは当時の風習にならい、自分の住んでいる場所の周辺で拾い、五輪塔に書かれた『空・風・火・水・地』をあらわす梵字と名前を見様見真似で鉛筆で書いた。56億7千万年という途方もない時間を考えると油性ペンでは無理だろうという、無駄な抵抗であはあるが、鉛筆を選んだのだ。

 奥の院をひと通りロケハンした僕たちは、どうせなら特等席狙ってみようと、武将エリアの上杉家の墓の右側に石ころを置いたのだった。


 もっと入口付近には企業の慰霊碑があるから、現代人もたくさんいるはずだか、この辺りには古い時代の人しか見当たらなかった。法治国家たる現代、厳密には不法投棄罪なるようなこんな所業をやらかしたのは、僕たちくらいだったのだろう。


 「ホンマや!ここやん。石ころの場所やん。ってことは、56億7千万年後ってこと?うわ、生き返ったんか?めちゃくちゃすごいことなってるやん!」

「石ころ、やってみるもんねー、だから、みんな戸惑ってるのよ。そりゃそうよね、びっくりだわ。まさかホントにあの場所取りが有効だなんてね。律儀な話よね。さすがよ!空海。香川の星よ!」香川出身のサトコは何故か空海の手柄と思い込んだようだ。


 僕たちは完全に生き返ったのだろうか。それともこの一大イベントが終わるまでの臨時的な処置なんだろうか。まぁ、今の段階では分かる術もない。

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竜華樹の下で 郭廉讎 @kakulensyu

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