ウンダス王、たぶん最後の戦い

尾八原ジュージ

ウンダス王、たぶん最後の戦い

 俺たちが通う大学のキャンパスは、無駄に敷地が広い。中でも鬱蒼と木が繁って森のようになっているところがあり、実際一年に一度くらいは誰かが迷い込んで出てこられなくなったりするのだが、いつからかその奥に、見たこともないような紫色のキノコが群生するようになった。

 で、よせばいいのにそのキノコを、悪友の九相田進くそうだ すすむという男が焼いて食ったのだ。悲しいかな万年金欠の九相田は、常に食費をはじめとする生活費を削ろうと苦心している。そして少し金が貯まると風俗にいく。だから金欠なのだが――などという話はおいといて、とにかく九相田は謎のキノコを食った。素人がよくわからんキノコなど食うものではない。案の定九相田は腹を下し、トイレと末永くお友達になってしまった。


 ――はずなのだが、今、九相田のやつは平然と俺の前に立っている。腹の具合が治っていないことは、激しいグルグル音と異臭とで明らかだ。

 しかし当の本人はひきしまった、いっそ凛々しいといっていいほどの顔つきをしていた。普段のだらしない九相田とはまるで別人のようだ。

「九相田、お前なんか臭いよ?」

「うむ。出てしまっているからな」

「えっ!? 出ちゃってんの!? そりゃ臭いよ! 早く帰って着替えてこいよ!」

「問題ない。強き男子おのことは皆こうしたものよ」

「絶対違う」

 テンションがおかしい。そもそも九相田、こんな喋り方をする奴ではなかったはずだが……。

 大学本館の一階ロビーは今、異臭騒ぎで騒然としている。もちろんその原因は九相田だ。俺も逃げ出したいのを堪えながら、それでも一応は友人を説得しようと苦心していた。しかし何を言っても暖簾に腕押し、そもそもこいつ絶対普段の九相田じゃないよな……と困惑していたところに、同じく友人で歴史マニアの尾田山おたやまが走ってきた。

諸田もろだ氏〜〜〜! 例のキノコ、正体がわかったでござるよ〜!」

 独特の喋り方を駆使しつつ、尾田山はすっかり興奮していた。

「例のキノコはウンダスタケといって、非常に珍しいものでござったよ! そもそも日本にはないはずのものでござるがそれはそこ、このキャンパスはUFO不時着騒ぎなんかもあった曰く付きの土地でござるから」

「そうだったのか……で、何だ? そのウンダスタケっていうの。ていうかなんでお前がそんなに興奮してんの?」

「だって、ドゥフフ、ウンダスタケといえばですな、ウンダス文明の文化の礎と言われる、非常に貴重かつ重要な歴史的アイテムでござるからして、マニアにはたまらない珍品でござるよドゥフフフ」

「なんだそのウンダス文明って」

「おやおや、諸田氏はしかたないでござるな。社会科学部の学生たるもの、歴史専攻でなくともウンダス文明くらいは知っておいた方がよろしいでござるよ。ウンダス文明とは紀元前二千五百年前からおよそ千年にわたって、ウンダス川流域に栄えた……」

「ごめん、キノコのとこだけ手短に頼む」

「せっかちでござるな諸田氏は。ウンダスの勇士たちはその昔、ウンダスタケを食べて大きい方の用を足し、それを拭かずにあえてくっつけた状態で、戦に挑んだと言われているのでござる。ウンダスタケには、腹痛を起こさずに便意だけを催させる、特殊な下剤のような効果があったと考えられているでござるな」

「は? キノコ食って腹を下しながら戦ってたってこと? それ戦えないだろ」

「いやいや、それは我々現代人の感覚であって、ウンダス文明においてはブツを漏らすことは恥ではなかったのでござるよ。汚物を撒き散らし、異臭を漂わせながら勇猛果敢に襲いくるウンダスの戦士たちは、敵に非常に恐れられたのでござる」

「確かに恐いな」

「さよう! フンガデールは我ら戦士の最大の武器である!」

 九相田が突然大声を出した。と、その口からエクトプラズムのようなものがふわっと飛び出した。それは筋骨隆々の男の姿となって、九相田の体に重なった。

「ゆ、幽霊!?」

「さよう、我が名はリキームウンダス三世……」

「な、なんと!」

 尾田山がのけぞった。「リキームウンダス三世といえば、ウンダス王朝最後の王とされる人物でござる! 九相田氏に取り憑いていたでござるか……!?」

「千年ぶりにこのキノコを食した者を発見し、冥界から立ち戻ったのである。肉体を得たからには我が国を守るため、フグリシュゴイ王を討たねばならぬ」

「誰のなにがしゅごいって?」

「フグリシュゴイ王は、リキームウンダス三世の統治時代、敵対関係にあったフグリス・ヌーブラテス文明を代表する王様でござるよ。フグリシュゴイ王の率いる軍は非常に強く、彼らに戦争で負けたことが、ウンダス滅亡の直接的な原因になったと言われているでござる」

 俺と尾田山が話している間に、九相田に乗り移った王様は、その辺に置いてあったビニール傘の先端にパンツの中の異物を塗りたくり、フン! フン! と気合を入れながら振り回し始めた。ロビーにはいつの間にか俺たち以外誰もいない。それはまぁ逃げて当然だろう。

 早く九相田をどうにかしなければ。このままあの武器を振り回され続けるのはごめんだ。

「ぬん! 許すまじフグリシュゴイ! 我がフンガデールを受けてみよ!」

「なんか叫んでるけど……ていうかフンガデールって何?」

「ウンダスの戦士が臨戦態勢を整えた状態を指す言葉でござるよ。ちなみに槍の先端などにああいったブツをつけることで、つけられた傷が倦んだりして実際危険だったのでござる」

「普通に恐いやつじゃん。でもさ、フグリシュゴイ王なんかもうとっくに死んでる人間だろ? 討たねばならぬとか言ってたけどどうすんだよ」

「さぁ……」

 俺たちの困惑をよそに、リキームウンダス三世はなおも武器を振るっている。時々尻に手を突っ込んで、先端部分になにがしかを補充している。

「ヌゥン! フグリシュゴイよ、いざ尋常に勝負! 憎き宿敵を討たぬ限りは、我冥府に帰ること能わず!」

「いや冥府でやれよ! 相手も冥府にいるんだから!」

「リキームウンダス三世は、人の話を聞かないことでも有名でござるからな……」

「そんなんだから戦争に負けるんだよ!」

「まぁまぁ諸田氏。拙者に妙案があるでござる」

 尾田山が意味深にニヤッと笑って、俺の肩をつついた。

「妙案?」

「諸田氏にひと肌脱いでもらうでござるよ! つまり諸田氏がフグリシュゴイ王のふりをしてリキームウンダス三世と戦い、適当に負けるでござる。さすれば王の魂は昇天するはずでござるよ!」

「やだよ! なんで俺なんだよ!?」

「それはだって、前に銭湯で見た諸田氏の股間のボールちゃんたちが、ビゲストなサイズであったからして。フグリシュゴイ王も、その部分が非常に大きい人物として、当時周辺諸国にその名を轟かせていたでござる」

「そうなの……? うん、それはまぁ、うん、確かに」

 まぁ、おそらく俺よりもフグリシュゴイな男は正直なかなかいないと思う。それくらい俺のボールちゃんたちはでかい。股下にかなり余裕があるズボンでないと履けないくらいだ。

「よしわかった! こうなりゃやってやる。どうすりゃ王のふりができるんだ?」

「フグリス・ヌーブラテス文明において、戦士は下半身を露出した状態で戦ったと言われているでござるね。こらこら諸田氏、どこへ行くでござるか?」

「逃げるんだよ! そんなことできるか!」

「大丈夫大丈夫! 今は我々以外誰もここにはいないでござるから!」

「何でだよ! なんでナントカ文明の戦士たちは下だけ脱ぐんだよ!」

「その状態であれば、サオだのタマだののポジションを気にすることなく戦えるでござる」

「せめて何か腰に巻くとかしよ?」

「そこはそういう文化圏でござるからして」

 こうなれば背に腹は代えられない、ということで俺は勢いよくズボンとパンツを脱いだ。普段なら多くの学生が集っているはずの場所で社会的にやってはいけない格好をしているという事実は、思いがけず俺に爽快感を与えた。まずい、早く片付けないとクセになってしまう。禁断の扉が開いてしまう。

「いやー、相変わらずビゲストでござるね。どうしてボールちゃんだけそんなにデカいでござるか?」

「俺も知らないよ! 不便してるんだよ結構! で、ここからどうすりゃいいんだ!?」

「ヌン! その凶悪なサイズ感、まさしく我が宿敵!」

 むき出しになった俺の股間を見た途端、リキームウンダス三世は傘を振りかざし、こちらに襲い掛かってきた。

「うわー! 認識早いな!?」

 茶色い汚れのついたビニ傘の先端が、さながら本物の槍でもあるかのように、鋭い突きを連続で繰り出してくる!

「ちょっとちょっと諸田氏! 逃げては駄目でござるよ!」

「だって当たりたくないもん! 絶対に当たりたくないもん!」

 俺はボールちゃんたちをぶらぶらさせながらロビーを逃げ惑った。背後には鬼気迫る表情となった九相田、もといリキームウンダス三世が迫る。理性では「やられなければ」と思う一方、俺の体は本能的にその攻撃を避けてしまう。

「覚悟を決めるでござる! 諸田氏ぃー!」

 尾田山の叫び声が響き渡る。そのとき、何かを踏んだ俺は足を盛大に滑らせた。上下逆さまになる視界が、床に落ちていた茶色い物体をとらえた。罠だ! ウンダスの戦士の巧妙なる仕掛け罠が炸裂し、俺を転ばせたのだ。くっさ!!

「ぬかったなフグリシュゴイ王! 覚悟ー!」

 雄叫びと共に、ビニ傘の先端が俺の胸を突いた。普通にめちゃくちゃ痛い! 思わず「ぎゃー!」という本気の悲鳴が口から出た。

「ナイス諸田氏! あとは死んだふりでござるよ!」

 尾田山が声を上げる。慌てて俺はがっくりと首を垂れ、目を閉じて死んだふりをした。仇敵を討ったリキームウンダス三世の、闘いの後の荒い息遣いが聞こえてきた。

「ウンダスよ、永遠なれ……」

 その声と共に、バタンと重い物が倒れる音がした。目を開けると、気を失っているらしい九相田が床の上に倒れていた。

「や、やった……」

「諸田氏! 大健闘でござった!」

 尾田山が俺の脱ぎ捨てたパンツとズボンを持って駆け寄ってきた。

「王の魂は輝きながら虚空へと消えていったでござる……うわくっさ!!」

「うるせぇよ!!」


 かくして事件は幕を閉じた。九相田は毒キノコを食べて錯乱し、構内でやばい粗相を働いたやばい男として一躍悪名を轟かせることになったが、自業自得である。

 騒ぎの原因となったウンダスタケは、どこかの研究機関が回収していったらしい。

「一件落着でござるな、諸田氏!」

「そうだな……九相田の評判は地に落ちたけど」

 だが俺は見てしまった。尾田山が学生寮の自室の押入れで、こっそりウンダスタケを育てているのを……そしてこの一年後、ウンダス文明の神官にとり憑かれた学長が大学全体を恐怖に陥れることになるのだが、それはまた別の物語である。

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