第14話

「遅かったな、翔」


「あら、分かるんだ」


 今回の実行犯は翔だった。


「何でこんなことをしちまうかねえ。もっと穏便な方法はあったでしょ」


「僕にも分からないよ。こうしないといけなかったんだから」


 攫った後に丁重にもてなすくらいだったら正面から来てくれよ。


「まあいいか。座れよ」


 俺は翔に椅子に座るように促した。


「どうして君はそんなに家主みたいに堂々としているのかな」


 正直鶫に殺されたあたりから危機の耐性がかなり高まったからだと思う。


「そんなことより、何のためにこんなことを?」


「椿さんと付き合えって話だよ」


 なんとなくそんな気はしていたが。


「ちぐはぐな話だな。どうしてだ?」


「椿さんがそう願っているからだよ」


 恐らく翔は椿さんに操られている。


「嫌だと言ったら?」


「そう言ったら——」


「こうなる」


 いつの間にか黒服の男達が俺の事を囲っていた。


「と言われてもなあ」


 正直死なないのであれば安い。何なら死んでも鶫が見つければどうにかなる。


 だから別に困った所は無かったりする。


「この状況で付き合うって言ってもただ言わされただけで何も進展しないと思うんだけれど」


「それはそうかもね。でも僕達はそれを宣言してもらうだけで十分なんだ」


 俺はどうにか時間を稼ぐことしかできない。


 黒服が守っている扉は、黒服や翔が入ってきた時点で開放されているだろう。どうにか突破する術をさっさと見つけなければ。


 少なくとも、付き合う、好きという宣言だけはしてはいけない。


「あんたたちはどうして椿さんの言うことに従っているんだ?」


 情報が正しければ、こいつらはただの一般人だ。


「僕達は生まれた時からそうだったし。椿さんを助けるために育てられてきた」


 確かにそんな人間が居たところでおかしくは無い。けれど、そう育ってきたとは到底思えない。


 やっぱり洗脳の類なんだろうな。


 ということは椿さんの言っていたことは全て嘘だろうな。


 だがどうして俺なんだ?


「言いたいことは分かった。なら椿さんの元へ案内してくれないか?」


 このままこいつらと会話していても埒が明かないので、大元、ボスを呼ぶことにした。


「扉の向こうだ」


 出口である扉を通り抜けた先で椿さんは待っていた。


「涼真さん、どうですか?」


「何とも悪質な手を使う人だなって思ったな」


 正直思っていた人物像とは大きく違っていた。人って見た目とか話し方だけでは分からないもんだな。優しいと思っていても、実は怖いとか、ヤンデレだとか。


「でも目的を達成するにはもうこうするしかなかったので。ああも拒絶されてしまったのですもの」


「なるほど、だからこんな行動に」


 じゃあ拒絶しなければ良かったなんてことはない。俺は何があっても同じ選択をしていただろう。


「で、これからいたしますか?私を受け入れますか?それとも、戦います?」


「それは困るなあ。どちらにせよ嫌だな。でも戦わないといけないみたいだ」


「残念です」


 椿さんの合図と共に、部屋で待機していた男達が駆け付けてきた。


「ねえ椿さん、どうしてこんなことをするんだ?」


「あなたの事が好きだから」


「嘘だろ?色々調べたけれど椿さんと会ったことなんて一度も無い。そもそも住んでいる地域が違いすぎる」


 椿さんが暮らしていた地域は、小中学生の俺が到底行ける場所ではない。それに、家族旅行で行くような場所でもないから、会いようがない。


「本当に覚えてないのですね。拘束してください」


 黒服は連携の取れた動きで俺の体を拘束しようと襲い掛かった。


 俺は一番弱そうな体をしていた男の方から脱出を試みる。


「切り札は最後まで隠しておくものですよ」


 完全に予測されており、弱そうな男の裏から、屈強な男が現れた。本物のSPだろう。


 流石にプロから逃げおおせることは無く、取り押さえられた。


「さて、始めましょうか」


 椅子に縛り付けられた後、椿さんは何も道具を持たずに近づいてきた。


 あくまでも惚れた男にしか効かないはず。何をしてくるというんだ。


 そのまま俺の頭の上に手を置き、何かを唱え始めた。


 唱える、というよりは話している?


 至近距離でも何を言っているのか聞き取れない。


 その直後、頭の中に記憶が流れ込んできた。


 昔、椿さんと出会い遊んだ記憶。ここはどこだ?


 そうだ、海だ。学校のイベントで遊びに行ったんだ。


 そこで出会ったのが椿さん。その後も定期的に連絡を取り合っていて、次あったら告白しようと考えていたんだ。


 どうしてこんなことを忘れていたんだ?


「これで終了」


 最後に流れ込んできた記憶で全てを察する。


「椿さん、いや、乃絵に関する記憶をすべて消し去っていたのか」


「そうなの。ウチの家庭にも色々あってね。迷惑をかけたらいけないと思って。最近解決したから会いに来たの」


 申し訳なさそうに話す乃絵。


「なら最初に記憶を戻せば良かったんじゃないか?」


 こんなことが出来るのであれば、最初に戻してしまえば早かったと思う。


「櫻田さんと付き合っていたから。ただ戻しても意味が無かったのよ」


 確かに記憶を戻された今でも鶫の方が大切だ。これはあくまで過去の記憶で、今ではない。


「そうだな」


「まあでも、これからも仲良く遊びましょうよ」


 一番の笑顔で笑いかける乃絵。


 ここで、少しの違和感を覚えた。


 そもそも、乃絵の能力は何なんだ?


 最初予測されていたのは、人を操る能力だ。


 現にここに居る人間の大多数は全く関係の無い人たちだ。


 じゃあ何故操ることが出来た?


 まさか……


 俺は警戒心を強めた。


「この記憶って本当に俺の記憶か?」


 乃絵は、存在しない記憶を他人に植え付けることが出来る。


「あら、どうしてそう思うの?変なところはない、普通の記憶でしょ?」


 確かに違和感は無い。実際にそうだと言われても疑いようが無い。


 けれど、そもそも小学生位の記憶なんて高校生が完璧に覚えているわけがない。


 だからこういった記憶があったよって言われても、この日は塾に行っていたとかで否定することは不可能だ。


「いくら鮮明だったとしても、この記憶が正しいという保証は無いんだ」


 確証は無いが、間違っている可能性が高いと確信は出来る。


「でも記憶は鮮明なものでしょう?存在しない記憶を高精度で作れるわけないわ」


「じゃあここに居る人たちは何者だ?」


「私のSPですよ」


「じゃああの腹は何なんだ」


 手がふさがっているので、顎でSPの一人を指した。その男は、スーツの外からも見えるくらいに綺麗にお腹が出ていた。


「バレてしまいましたか」


 乃絵はあっさりと白状した。


「まあそれがどうなるというのでしょうか」


 しかし乃絵は動じることは無い。優位であることには変わりないからだ。


「時間が稼げる」


 SPの一人が、大量の出血と共に倒れた。


「何者だ!」


 今まで一言も話さなかった黒服の一人が突然の出来事に声を上げる。


「涼真君救出隊、参上!」


 鶫と委員長の登場だ。


「どうしてここに?」


 乃絵は突然現れた二人に動揺する。


「GPS」


 そう、俺の体のどこかにGPSが付けられている。俺には分からないけれど。


 俺には分からないけれど。


 だからといって基本的には何もしないのだけれど、不審な場所に行った場合は連絡をしてくれる。


「そこまでやってるの……?」


 当然のように言い切った鶫にドン引きする乃絵。


 しかしそんな乃絵を容赦することは無く、周囲のSPはどんどん死に倒れていく。


「というか何でこんなに人を殺しまくっているのよ!犯罪って分かっている?」


「監禁をしている人に言われたくはないよ」


 委員長はそう言い返す。蘇生が出来るからそう答えているけど、監禁より罪は重いからね。


「とりあえず、涼真様を人質にとって!」


 俺の所にSPが一人やってきて、ナイフを首に突き立てた。

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