第10話

「なんだこれ。これがホテル?」


 入った部屋は、ホテルというにはあまりにも広すぎた。普通ホテルっていうのは広くても学校の教室と同等かその程度のはず。


「やっぱこういう所のソファはふかふかしてて気持ちいいね」


 俺たちがあまりのスケールに尻込みしている中、あまりにも自然な形で翔がくつろいでいた。


「翔ってこういう所に来たことあるの?」


 その様子を見て委員長が質問する。


「家族旅行の時とかに何度かね。両親がやたら気合入れて準備するもんだから慣れちゃった」


 当然のようにサラっと返す翔。


「翔の家って相当金持ちだよな?」


 流石にそんな一般家庭があったら怖すぎる。


「うーんどうだろ。家はどこにでもある普通の家だしなあ」


「確かに前聞いたときもそう言ってたな。そういや翔って小学校の頃に引っ越して来たんだよな。前の家ってどんなものだったんだ?」


「別に普通の家だったよ。今の家と大差ない気がする」


 つまるところ確実に金持ちだな。それも自覚していないタイプの。


 実際基本的なエピソードは普通だから親が敢えて収入を言っていないだけなのだろう。


『鶫、委員長、絶対に翔の家は金持ちだよな』


『『うん』』


『ただ、翔が認識すると話してくれなくなりそうだからしばらくは言わないで泳がせよう』


『『分かった』』


「3人でこっそり何話してるのかな」


「別になんでも無い」


「まあいいけど」


 スイートルームに滞在する、と言ってもするのはシャワーを浴びて海で付いた汚れを洗い流した後ソファやベッドでゴロゴロするだけだ。


 何故かこの部屋にはシャワールームが二つもあったので、先に鶫と委員長がシャワーを浴びることに。


 待っている間3人で話でもしようかと思っていたら、翔が電話で部屋を出て行った。


 その結果仕組まれたかのように二人っきりとなった。


 自然な流れでソファにいた俺の隣に座り、


「涼真様、この後一緒にシャワーとかどうですか?」


「それはダメ。なんてこと言っているの」


「別にやましい気持ちはありませんのに。ただお背中を流したいだけなのです」


「気持ちの問題じゃない」


 たとえやましい気持ちが無くても、その状態がやましいのだ。それに確実に死ぬ。


「あら残念」


 多分この人はやましい気持ちで言っているのだけれど。


「あのさ、椿さん」


「何でしょう」


 折角だったので思っていた疑問を直接聞いてみることにした。


「翔とはどういう関係なの?」


 どう見ても翔は椿さんに肩入れしすぎている。さっき電話が来たって理由で出て行ったが、多分嘘だと思う。


 このシャワーの順番も翔がある程度決めていたしな。


 男子は最後に浴びるということにして、二人をさっさとシャワールームに押し込んでいた。


「ただの友達ですが」


「友達なのはそうなんだろうけど、昔から関係があったように見えて」


 いくら翔の見た目や人当たりが良いとは言え、転校初日に男子とここまで仲良くなるだろうか。


「翔さんは敢えて言っていなかったようですが、正直それはバレますよね」


 はぐらかすのかと思いきやあっさりと認めた。翔の方を探るんじゃなくてさっさとこっちを問い詰めればよかった。


「私と翔は昔からの付き合いです。小学4年生の頃に彼が私の小学校に転校してきたことで知り合いました」


「そうなんだ」


「で私が最初に声を掛けました。仲良くなりましょうって。そこからが関係の始まりです」


「翔からじゃないんだね」


「ええ、まあ色々ありましたので」


「色々って?」


「はい、非常に申し訳ない話なんですけど、最初翔の事を女の子だと思っていまして。今も中性的ではあるんですが、あの頃はそれよりも中性的で。正直女子より女子の見た目をしていました」


 正直何となくわかる。あいつ女装似合いそうだとは常々思っていた。クラスの女子も女装見たさに文化祭の出し物で女装カフェを提案していた。男子の負担が酷いとのことで却下されていたが。


「それもあって仲良くなろうと声を掛けたのです」


 確かに女子が女子に声を掛けるのならハードルは高くないか。


「まあそのすぐ後に私が転校することになってお別れになったんですけどね」


「だけど一応連絡は続いていたって感じ?」


「その通りです。距離も遠いので会う機会はそんなにありませんでしたが、転校してくる直前も連絡を取り合っていました」


「なら何で真っ先に俺の方に来たの?」


 俺と翔が友達って話も知っているだろうし、先に翔に声を掛けても良かろうに。


「こうして涼真様に徹底的にアプローチをするためですわ」



 椿さんはより体を密着させてきた。それをどうにか元の位置に戻して、


「どうして俺なの?今まで連絡も取っていなかったし、何なら俺は椿さんと関わった記憶が無い」


「それは最初に言った通り、昔の出会いが忘れられずにずっと思い続けてきたからですわ」


「そうか……分かったけど俺には鶫がいるよ?」


 どれだけ魅力的であろうと、どれだけアプローチされようと俺には鶫という彼女がいる。


 俺の命を若干軽く見ている所はあるけれど、それでも大切な彼女だ。


「彼女は結婚のような正式な関係じゃないのですよ?」


「法律上の問題じゃなくてですね」


 道徳的な問題なんだ。


「他の国では一夫多妻制も認められていますし、過去の日本でもあったことです。現代の日本で考えるからダメなのです」


 確かにそうかもしれないけれど、


「鶫の事が好きなんだ。だから他に恋人を作る気は無い」


 道徳や倫理で説得しても無駄だと感じたので、正直に気持ちをぶつけることにした。


 少しでも鶫を裏切るような真似はしたくない。


「あら、意思が固いのですね」


 多分付き合っている男なら大体そうだと思うけれど。


 確かに椿さんは鶫に負けず劣らず美人だし、俺の事を慕ってくれている。それでも線引きというものはある。


「お待たせ、二人とも。使って大丈夫だよ」


 丁度いいタイミングで戻ってきてくれた。


「先に入ってきなよ」


「そうですね。お先に失礼します」


 椿さんは何事もなかったかのように立ち上がり、シャワールームに向かった。


「何を話していたの?」


 やっぱり聞かれるだろうとは思っていた。


「その鋭利な何かは何なんだい?」


 何故この人はシャワールームから真っすぐ来たのに包丁を持っているんだい。


「これ?包丁だけど」


「もしかしてそれもセットで蘇生能力かい?」


「いやいや、万が一の時を備えて常日頃持っているだけだよ」


 万が一の包丁ってなんだよ。いや蘇生するためにと言えば正しいんだけど。


「そんなことより、何を話していたの?」


 鶫は包丁を首元に突きつけて問い詰めてくる。


「椿さんと翔の関係についての話をした後、椿さんに付き合いませんかって言われた」


 こういう時は正直に話すに尽きる。別にやましいことをしているわけでは無いんだ。


「涼真君はどう返したの?」


「鶫が居るから付き合えないって正直に答えた」


「本当に?」


「本当だよ。たとえ二人同時に付き合うことが可能だったとしても、そうすることは無いよ」


 たとえそれが普通であったとしても。


「なら良かった。私も、君だけを愛しているからね」


 どうにか刃を納めてくれたようだ。


「二人っきりで何話していたの?」


「喋らなかったらもう少し先が見れたかもしれないのに」


 そんなことをしていると委員長と翔が戻ってきた。


「委員長、流石にここで何かはしないよ」


 居なかったらするんでしょうか、鶫先生。


「普通の世間話していただけだよ」


「とりあえず、どっちか入ってきなよ」


「涼真、先入っていいよ」


「おっけ」


 俺と翔がシャワーを浴びた後、丁度いい時間になったので帰ることにした。

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