第11話

 それから数日後。



「あの、翔、鶫さん、どうしたのでしょうか」


 俺は放課後、二人に呼び出されて中庭に来た。


「いやあまさか二人がそんなことになっているとはねえ」


「涼真君……?」


 呑気に笑う翔と怒りの表情でこちらを見る鶫。


「何かあった?」


「何かあった?じゃないよね?」


 鶫さんの圧が一層強くなる。ここに居るのが翔じゃなくて委員長だったら既に5回は死んでいそうな目だ。


「これ、見覚えあるよね?」


 翔がその言葉と共に見せてきたのは一枚の写真。


 そこには笑顔で映る俺と椿さんの姿があった。


「えっと、これはですね……」


 バレないように入念な準備をしたはずなのに。


 別にこれは後ろめたい理由があるわけではないのだがが、言えないのだ。


 話は数日前に遡る。


 皆で海に行った日の夜、どこで知ったのか椿さんからRINEが来た。


『緊急のお願いがあります。とても困っているのです』


 何事かと思い返信をすると、事情の説明のために近所のファミレスに明日来るように言われた。


 目的地に着くと先に店内に入っているとのことで、そのまま中に入った。


「ごめん待たせて」


「いえいえ。こちらがお呼びしましたので。それに待ち合わせ時間には間に合っていますし」


 とりあえず席に付き、適当に注文をする。


 少し雑談した後、注文の品が届いたので本題に入る。


「で、何に困っているの?現状何か問題があるように見えないけど」


 非常に困っているとの連絡を受けたが、目の前に居るのはどう見ても平常運転の椿さん。正直大した問題じゃない気がする。


「実はですね、進級できるかどうか怪しいんです」


 非常に大した問題でした。


「えっと、どのくらい?」


「このままならほぼ確実に留年です」


「綺羅女だよね?」


 確か綺羅女学院は全国で見ても頭のいい高校だったはず。


 成績が下の方の生徒でもそこら辺の進学校なら余裕で合格できると評判だ。


 どれだけ落ちぶれたとしても赤点を取るとは思えないのだけど……


「綺羅女の進級条件はテストの平均が50点を超えることなんです。基本的には成績が良い方だったので何ら問題は無かったのですが、この学校は普通の仕組みだったので……」


 どうやら、致命的な科目が一種類あるらしく、それが原因で卒業できないかもしれないらしい。


「その教科は?」


「数学です。正直因数分解すら怪しいです」


 それ中学生の範囲!


「それなら皆にも相談すれば良いんじゃない?」


 別に周りから敵対視されているわけでもあるまいし、普通に助けてくれるだろう。


「綺羅女から来ているので、話しても信じてもらえないのです」


 確かに。冗談でしょで済まされても可笑しくなさそうだ。正直俺も半信半疑だし。


「丁度紙とペンを持ってきているようだし、試しに問題を出してみても良い?」


「はい」


「サイコロを4個転がして、1が出ない確率は?」


「1/1296です」


「じゃあ次。(2x+3)(3x+2)は?」


「25xです」


 堂々と言い切る椿さん。


「よく分かりました」


 かなりの重症らしい。どうしてこうなったのかは分かるが、どうしてこうなるのかは理解できない。


「どうにか出来ますか?」


「どうにかするしかないね」


 その日から二人三脚での勉強会が始まった。


 一応四則演算はばっちりだったので中学生の範囲から。テスト範囲に関係ある分野に絞って勉強を徹底的に教えることになった。


 他の教科に関しては逆に椿さんに教えてもらったお陰で効率よく学ぶことが出来た。


 その二週間後、テストを受けた結果恐らく赤点は回避できたとのこと。何事も無く夏休みを迎えられそうで一安心だった。


 そして現在に戻る。


 緊急性も相まってここ最近は鶫よりも椿さんの方を優先していたのだが、バレてしまった。


 理由が言えないので適当な理由で誤魔化していたのがより怒りを増幅させているようで。


 さて、ここからどうすれば生き残ることが出来るのでしょうか。


「何があったの?」


「鶫に悪いけどこれだけは言えない。やむを得ない事情があったとだけ」


 鶫が知ったのは最近だろうけれど、この写真は1週間以上前。勉強を開始したばかりの時期だ。


 あの高級ホテルでああ言った直後の密会だ。怒るのは非常に理解できる。


 俺は翔に目配せをする。事情を知っていることに賭けたのだ。けれどもよく分からないという顔をしている。駄目なのか。


「流石に浮気はいけないよねえ」


 椿さん関連だったから味方になってくれるかと思いきや、明確に敵に回ってきた。ここでか。


「それでも言えないってことはやましいことなんじゃないの?櫻田さん」


「違う!断じてそんなことは無い!」


 けれど信じてもらえるわけも無く。


「信じてたのに……」


 あっこれ死亡エンドなのでは?蘇生も無いよねこれ。


「あっ涼真様!」


 修羅場を見つけてやってきたのは被告人その二である椿さん。


「なんでここに来たの?」


 怨恨のこもった声で聞く鶫さん。


「皆さんと一緒に帰るためですけれど」


 何も知らない椿さんはさらっと答える。


「涼真君と二人っきりではなくて?」


「え、よろしいのですか?それではありがたく涼真様を頂戴して」


 鶫の皮肉たっぷりの言葉にカウンターを決める椿さん。


「それはダメ!」


 流石の鶫も慌てて俺の腕を掴んで引き寄せる。


「涼真君は私のなんだから」


 そして椿さんに向けて強く宣言する。


「ふふっ、可愛らしいですね」


 そんな鶫を見て余裕を見せる椿さん。それなら助けてくれませんかね。


「で、当の涼真さんは誰を選ぶんだい?」


 と、若干矛先が椿さん一直線になっていたところを元に戻してきた翔。


「と、当然鶫に決まっているじゃないか。馬鹿を言わないでよ」


「今日、私の家に来ようか」


 正直に伝えたけれども、鶫様の機嫌を直すことは叶わず、死亡ルート行きが決まってしまった。


 今回の死因は両腕を切られてしまったことによる出血多量だった。


 前はちゃんと止めをさしてくれたので痛みは直ぐに消え、意識も即飛んだんだけれど、今回は大声を出せないように猿ぐつわを付けられたうえで長時間放置されたので前回の比ではありませんでした。


 こんな状態でも諦めずに戦うことが出来ている漫画とかの登場人物は異常だよ。


 朝、蘇生された俺は鶫様と一緒に学校に向かった。


 テストの前日に勉強をする程真面目なタイプの人間では無いので、前日に拘束されたからといって問題は無いのだけれど、流石に死んだことによる疲労は堪えたようで、テストの結果は芳しいと言えるものでは無かった。


 が、そんなことはどうでもいい。


 今この瞬間、夏休みを迎えることが出来たのだ。


「終わったー!」


 思わずそう叫んでしまう位には浮かれていた。


 夏らしいイベントは土日とかに出来る。別に学校があってようが関係ない。夏休みの魅力はそこではない。


 人間に課されている全ての義務。それから完全に開放される非常に貴重な期間。それが30日以上舞い降りてくる。


 学生にとっては何でも出来る最高に幸せな時間だ。


 俺だけじゃない。クラスにいるほとんどの人たちが喜んでいる。


 いやあ本当に、楽しみだなあ!


「涼真君」


 そんなことを考えていると、背中をポンと叩かれる。


 誰かと思って振り返ると、そこには見目麗しい美少女が。


 おっと鶫じゃないか。私の最高の彼女だ。


「何?」


 そんな彼女が何の用だろうか。やっぱりデートのお誘いだろうか。


「今日も私の家に来てね」


「あっハイ」


 デスヨネー。


 現実逃避していたけれど、やっぱり問題は解決していなかった。


 だって今日登校している時も無言だったもん。


 やっぱり誤解はキチンと解かないとなあ。


「あのね、アレは誤解でね……」


 どうにか信じてもらおうと必死に弁明しようとする。


「いや、それは信じているよ。だって涼真君が私を裏切るわけないもん」


「え?」


 あれ、信じていらっしゃる。ならどうしてご立腹で?


「それでも、椿さんと二人っきりになるのはダメだよ。あの人、涼真君を虎視眈々と狙っているんだから。予め話しておくか、私も呼んでよ」


 と、少し悲しそうな顔をする鶫。確かに、最初に話しておくべきだったな。いくら死ぬのが嫌だとは言っても、本当に死ぬわけじゃないんだし。


「ごめん、考えが足りなくて」


「良いよ」


 鶫が笑顔になった。どうやら少し拗ねていただけらしい。


「涼真様~!」


 鶫の様子に安心していると、近くのご友人と話していたはずの椿さんが俺めがけて突っ込んできた。

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