第9話

 そんなことを考えて翌日がやってきた。


「涼真様!教科書を見せてくださいませんか?」


「涼真様、一緒に教室移動しましょう!」


「涼真様!ここが分からないのですが……」


「涼真様!ご飯を一緒にどうでしょう?」


「涼真様!恋人になるのです!」


「涼真様!登下校の際に来るまでお送りしたいのですがいいでしょうか?」


 昨日はある程度抑えめだったはずのアプローチが今日はあまりにも酷いことになっていた。


 一応断れば引き下がってくれはしたのだが、その度に非常に悲しそうな顔をするので非常に心が痛む。


 別に悪いことをしたわけでは無いのに……


 なんなら男子共に視線は痛いし、鶫様も鶫様で怒っていらっしゃる。


 こんな板挟みの状況に俺は精神をすり減らしていった。


「大丈夫?これでも飲んでゆっくりしなよ」


 渡されたのは飲むタイプのヨーグルト。なんとも微妙なチョイスだったがありがたくいただく。


「助けてくれ、翔」


 心配して声を掛けてくれたのは翔だったのだ。


 いつもは敵に回ったり事を大きくしたりする翔が、今回は唯一の味方として参戦してくれているのだ。


 色々疑問点などはあるが、俺はそんなことを気にしている余裕は無かった。


「助けてくれって言われてもねえ……」


 襲い掛かろうと待機している男子、椿さんの恋路を応援しようと盛り上がっている女子、それを受けて果敢にこちらにやってくる椿さん、そして遠くで怒りの視線を向けている鶫。


 こんな四面楚歌な状況には流石の万能型イケメンでも対応は不可能なようだった。


「まあ言えるだけ言ってみるよ」


 翔は椿さんを連れどこかへと去っていった。


 その間俺は男子に羽交い絞めにされたのだが、二人が戻ってくると同時に収まった。


 その後は、椿さんからの猛烈なアプローチは収まり、それによって男子共の怒りも収束の一途をたどった。


 これで無事解決した、のか?


 学校の授業はすべて終了し、放課後に。あれほど攻撃だった男子も部活動や帰宅のために教室から出て行った。


 そして俺はいつも通り鶫を誘い、帰宅しようと話しかけた。


 そのタイミングで、同様に教室に残っていた椿さんと翔がこちらに来て話しかけてきた。


「あの、鶫様、涼真様、ちょっといいですか?」


「良いよ」


 時間も経ちすっかり機嫌を直した鶫が返事をする。


「私たちと共に、海に行きませんか?」


 遊びの申し出だった。


「私たち?」


「ええ、ここに居る翔さんもお誘いしていまして」


「というわけだよ」


 先程のアレは海に行くって話をしていたのか。恐らくそれをダシにアプローチを抑えるように言ってくれたのだろう。


「俺は良いけど、鶫は?」


 俺は反対する理由がないので鶫に委ねることに。


「面白そうだね、行こう!」


「じゃあ決まりですね。来週の土曜とかどうでしょう?」


 というわけで出会って二日目の女子と海に行く約束をしてしまった彼女持ちとなってしまった。


 その後は猛烈なアピールは無く、程よい関係を保ってくれた。


 そして当日。


「海だああ!!!」


 砂浜から見える大海原に向かって叫んでいるのは委員長だった。


「何故ここに?」


「翔君に呼ばれたから」


 無断で呼んだらしい。一応中立に近い女子が居た方がいいという判断だろう。


 だがしかし、委員長は中立ではない。俺の味方だ。


「一緒に頑張ろう」


「翔君の弱みを握るために!」


 俺たちはこっそりと熱い握手を交わした。


 私服だったので海にあった更衣室で着替えを済ませる。


 俺と翔はすぐに着替え終わり、三人を待つ形に。


 と言ってもそんなに待つことは無く、すぐに出てきた。


「お待たせ!JKの水着大公開の時間です」


 委員長が自慢げに登場してきた。


「どうかな?」


「どうでしょう?」


 二人とも非常に魅力的だった。


 鶫は真っ白のフリルが付いているオフショルダービキニと呼ばれるものだった。見える素肌や大きな胸などから溢れでる女性らしさを前面に押し出しながらも、純白なフリルが若干幼さを演出し、清楚が漏れ出している。


 そして椿さんは、紐を首の前で交差させる黒のクロスホルタービキニだった。鶫と違って胸は控えめだが、ビキニの色とスタイル、整った顔が相まってセクシーさを前面に押し出していた。


「とてもいいと思うよ」


「それは良かったです」


「やったあ」


 そう言って二人が俺の腕にしがみついてきた。


 椿さんを避けようとした場合鶫も避けてしまい、傷つけてしまいかねないので、受け入れざるを得なかった。


 両腕に感じられる二人の女性の感触。今までは制服や私服などで遮られていたのだが、今回はそれが無い。


 肌のぬくもりや柔らかさが直に感じられる。


 それはつまり俺の思考が完全に止まるということを意味していた。


「私の彼氏に何をやっているのかなあ?」


「精一杯の私からのアピールですわ」


「人の彼氏をぶんどる気なの?」


「カップルは正式な男女関係ではありませんので」


 そのため目の前で繰り広げられていた喧嘩に気付くことが出来ず、


「はいはいそこ、喧嘩しない。涼真君も正気に戻って」


 委員長の手によって二人が引き剝がされ、声を掛けられることによって現実に戻ってくることが出来た。


「ありがとう。危うく生きた屍になるところだった」


「可愛いのは分かるけど、理性は保ってね」


「はい」


 とは言ったものの、無理な気がする。



 来たのが丁度昼間だったので、スイカ割りをすることに。


 現在は委員長に目隠しが施され、皆で誘導を始めた。


「右、右だよ」


「そこを直進ですわ」


「そこを左」


「ここかな?ここかな?」


 委員長は俺たちの指示を受け、スイカに真っ直ぐ…… ではなく何故か翔の方に向かっていた。


「あの、委員長さん、左だよ?」


「左かあ」


 指示を受けた委員長は左に向く。5度くらい。


「絶対分かってやってるよね!?」


 どうやっても翔の頭を叩こうとしてくる委員長に、焦ったように言う翔。


「よく分かんないけど、多分そこら辺に叩くべきものがある気がするんだよね」


「この人はもうだめだ。後は頑張って」


 翔が逃げた。


「スイカ動かした?どんどん離れてるんだけど」


 委員長はそう言いながらスイカを叩き割り、目隠しを付けたまま翔の方へ走っていった。


 委員長って透視能力持ってたっけ……?


 その後5分程翔の逃走劇が続き、委員長が翔の頭をコンと叩いた所で終了した。


「死ぬかと思った……」


「流石に殺すまではしないよ。やっても骨折かなあ」


 息も絶え絶えに恐怖を語る翔に対し、さらに追い打ちをかける委員長。


「まあまあ、それぐらいにしてあげてよ」


 流石に見かねた鶫が委員長を止めた。


「そうだね。怪我したら痛いもんね」


 この人たち人殺しても治せるせいで常人よりも攻撃に対するハードルが低いんだと思う。


 多分骨折の事をちょっと痛い擦り傷って認識しているよ。


「とりあえずぬるくなってしまう前にスイカを食べてしまいましょうか」


 その後スイカを食べ、海で遊んだ。


 陸地で見る水着姿は大層良いものだったけれど、海に入り水に濡れた水着はまた格別なものだった。


 水に濡れ、太陽に照らされることで光った肌と背景に映る真っ青な海が相まって。健全というか、健康的な女性として見えて、ドギマギするというよりは元気を与えられるものだった。


 そして十分に遊んだ後、椿さんの提案で近くのホテルで一旦休もうということになった。


「えっと、近くのホテルってもしかしてここのことですか?」


 一応椿さんに確認する。目の前に鎮座しているホテルがどう考えても一泊数万は下らないものだったから。


 多分ここに居る椿さん以外のメンバーの所持金を集めてどうにか一人入れるかどうかだと思う。


「はい。それがどうかしましたか?」


「非常に申し訳ないんだけど、高校生には高すぎて厳しいよ」


 俺たちの総意を代弁したのは委員長。皆万が一を備えてある程度余分にお金を持ってきてはいるが、このレベルはどうしようもない。


「別にお金等は問題ないですよ。ここは父の所有するホテルですし」


 当然のごとくサラっと言った。流石金持ち。スケールが違った。


「お金持ちってすごい」


 素直に感心する鶫。俺の事で椿さんの事を若干警戒していたようだったが、ここまで来ると他に感想が出てこないのだろう。


「ではお連れしますね」


 俺たちは人生初の超高級ホテルに入ることになった。

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