第131話 してたのに……ひどいっ!

「ねえ、二人とも。いまちょっといい?」


 ある日、私とアリスちゃんがリビングでダラダラしていると、お母さんが話しかけてきた。


「なに、お母さん?」


「部屋を片付けてたらこんなのが出てきたんだけど、いる?」


 お母さんに渡されたのは、一枚の大きめの紙だった。



 なんだろう、これ?


 と思いつつ、アリスちゃんと紙を見ると……



 結婚届。



 そう書かれていた。


 見間違いかと思ってもう一度見ると、やっぱりそう書いてある。



「け、結婚届って……」


 アリスちゃんの震える声が隣から聞こえてきた。かと思ったら、


「ひどいよお姉ちゃん! 私と結婚してくれるって言ったくせに! どこのだれと結婚する気なの!」


 私の肩を掴んでガクガク体を揺らしてくる。



「お、落ち着いてアリスちゃん……っ」


「そうそう落ち着きなさい」


 お母さんの落ち着いた声が、


「それ、あなたたちの結婚届よ」


 衝撃の事実を告げられたのだった――




 言われて結婚届を見直す。


 すると、妻の名前のところには私の名前が、夫の名前のところにはアリスちゃんの名前が書かれていた。


 ただし、これはいまの私たちの字じゃない。


 不格好で、まるで子供が書いたみたいな……



「それ、昔あなたたちが書いたのよ。おじいちゃんの家で。覚えてない?」


 おじいちゃんの家で、私たちが……?


 そんなこと……あ、そういえば……



 昔、アリスちゃんと一緒におじいちゃんの家を探検してたときに、それを見つけた気がする……




「ねぇ、お母さん。これなぁに?」


 タンスの中からはみ出していたそれを渡すと、お母さんはすこし訝しげな顔になった。


「これはね、結婚届っていうの。どこにあったの?」


「あっち」


 と、私の服の裾を掴んでいたアリスちゃんが、見つけた部屋のほうを指さした。



「結婚届ってなぁに?」


「うーんとね、夫婦になってずっと一緒に暮らしましょうってことかな」


「じゃあ、わたしおねーちゃんとふーふになるっ!」


 アリスちゃんが急に大きな声を出したので、私はちょっとビックリした。



「どーすればなれるの?」


 お母さんに二人で名前を書けばいいんだよと教えられたアリスちゃんは、普段とは逆に私の手を引っ張って「かこうかこうっ!」と言い出した。


 それから、お母さんに教えてもらいながら名前を書いて、大きくなったら出そうねって、そう約束したんだっけ……



「そういえば、そんなこともあったような……」


「もう、ひどいよお姉ちゃんっ!」


 アリスちゃんがプリプリ怒っていた。


「こんなに大切なこと忘れちゃうなんて!」


「ご、ごめん……って、アリスちゃんだって忘れてたじゃん!」


「私は覚えてたもん」


「ホントにぃ~?」


「ホントだよ。いますぐだしに行こうって言ったら、まだ早いから大きくなったらねって言われたんだから」


 そうだったっけ……? 言われてみるとそんな気も……



「じゃあ、今度こそ出しに行こう!」


 言うが早いか、アリスちゃんは立ち上がる。私は慌てて止めた。


「待って待って! まだダメだよっ!」


「え? あ、そうだよね。このままじゃダメだよね」


 アリスちゃんはなにかに気づいたような顔になると、ペンで「夫」の字を消して「妻」に書き直した。



「よし、これで大丈夫!」


「そういうことではなくてねっ!?」


 予想外のことをされた。とりあえずアリスちゃんには落ち着いてもらう。



「アリスちゃん、まだ高校生でしょ? 学生結婚なんて大変だし、気がはやいよ」


「うぅ……」


 ショボンとなってしまうアリスちゃん。


 うぅ、私、この子のこういうところに弱いんだよなぁ。



「大丈夫だよ、アリスちゃん。私、絶対にアリスちゃんと結婚するから。十年も待ったんだもん。あと何年かなんて、あっという間だよ」


 抱きしめて、そっと髪を撫でる。


 するとアリスちゃんは、うれしそうに「えへへ」と笑った。



「やー、私もうお姉ちゃんと結婚してたんだぁ。そっかぁ……」


「う、うーん……」


 してはないと思うんだけど……


 うれしそうなアリスちゃんに、とてもそんなことは言えない。


 それに……



 結婚してるとかしてないとか、もうあんまり関係ないよね。


 だって私は、こんなにもアリスちゃんが大好きで、アリスちゃんも私を大好きでいてくれているんだから。



「アリスちゃん」


 名前を呼ぶと、それだけで意図を察してくれたらしい。


 目をつむって、顔をすこし上向きにしてくれる。



 ピンク色の薄い唇に、そっと自分のものを重ねた。


 やわらかくて、甘美な香りに、私の体が包まれていく……



「大好きだよ、アリスちゃん」


「私も。愛してるよお姉ちゃん」


 微笑みを交わす私たち……



「あんたたち、私がいること忘れてるでしょ」


 を、お母さんが呆れた顔で見ていたのだった――

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