第132話 これからも、きっと……

「ふぃ~いいお湯だぜ~」


 間の抜けた声で言いながら、井上が温泉の中で体を伸ばす。


「ホントホント、来てよかったぁ」


 青山もリラックスした様子で言う。


「それもだけど~みんなで来れたってのがよかったよね~」


 緑川がいつもののんびりした口調で言った。


「そうね」


 と黒咲が相槌を打つ。


「せっかくの卒業旅行だもんね」



 そう。卒業旅行……なんだよね。


 なんだか不思議な感じだなー。ついこの間大学に入学したと思ってたのに。


 アリスちゃんが来てから、余計に時間が経つのが早かった気がする。


 アリスちゃん、いまなにしてるんだろう? 星野さんの家にお泊りするって言ってたけど……



「へい、姉御ぉ。なぁに考えてんスかぁ」


 するっ、と私の後ろからだれかの手が伸びてきて体を触ってきた。


「うひっ!?」


「ぐへっ!?」


 反射的に振り払おうとして、ゴン、と肘がなにかに当たった。


 振り返ると、痛そうにあごを抑えている井上がいた。



「ひどいよ、みゃーの。痛いじゃんか」


「急に変なことするからでしょ! あービックリした……」


「でもホント、なんか物憂げな表情だったね。なに考えてたの?」


 黒咲がちょっとからかうように訊いてくる。



「どーせアリスちゃんのことでも考えてたんでしょー?」


 青山がからかい半分、呆れ半分といったように訊いてくる。



「まあね。そんなとこ」


 隠すようなことでもないし、正直に言う。


 すると、きゃーと歓声が。



「なんか宮野変わったよね~。まえはそんなこと言う人じゃなかったのに~」


 これも恋人の影響かな~、とニマニマしながら緑川が言った。


「べつにそんなんじゃ……」


 ないこともない、かも。


 アリスちゃんが来るまえと比べて、前向きに慣れた気がするし。


 そういう意味でも、アリスちゃんには感謝だなー。




「やー。ありがとうみゃーの。君には感謝しかないよ」


 井上が妙に芝居がかった口調で言った。


「はいはい。どうも」


 適当に答えて、私は缶チューハイを一口飲む。


 温泉から出たあと、私たちは卓球で勝負をした。


 負けた人がおごるっていうルールだったんだけど……



「しっかし宮野ザコだったね」


「うっ」


 青山の言葉にも、なにも言い返せない。


「ホントによかったの? 私もだしたのに」


 黒咲の優しさが身に染みる。


「いやー、ごちそうさまでーす」


 緑川は相変わらずマイペースだ。でも……



 みんなで温泉に入って、体を動かして、お酒飲んで……


 なんか、こういうのっていいな。


 でも、卒業したらこういうことも……



「ぶへっ!?」


 突然、顔になにかがあたった。


 痛くはなかったけど、驚いておかしな声が出てしまう。見ると、それは枕だった。



「ふっ。油断大敵だぜ、みゃーの」


 ドヤ顔の井上。どうやら犯人はコイツらしい。


「常在戦場の心でいなければべっ!?」


 したり顔で意味不明のことを言っている井上の顔に枕を投げつけた。



「ちょっ、まだ私が喋ってるでしょーが!」


「うるさい。油断大敵」


「みゃーの。テメーは私を怒らせた。おらっ!」


 今度はさっと身をかわす。けどその代わりに、


「ぐふっ!?」


 青山の顔に当たってしまった。青山は無言で枕を手に取り、


「なにすんの!」


 枕を投げる。が、それは井上には当たらずに、


「にゃっ!?」


 緑川に当たってしまった。そうなると当然、


「うりゃあっ!」


 彼女も参戦することになった。



「ちょっとみんな、落ち着きなさい。いい年してみっともない”っ!?」


 止めに入ろうとした黒咲にも当たり、結局、


「おりゃあ!」


「甘いぞ青山さん! みゃーのガード!」


「ぷへっ!? ちょっと井上!」


「おのれ宮野の仇~!」


「緑川!? 私黒咲だけど! わざとやってない!?」


 全員を巻き込んでの大乱闘になるのだった――




「戦いっていうのは疲れるばかりで無益なものだなぁ」


「自分から始めたくせに……」


 しみじみ言う井上に、私は呆れるしかない。


 青山たちも疲れたように荒い息を吐いている。緑川に至っては寝てしまっていた。



「でも、どうしたの急に?」


 黒咲が訊くと、井上は「やー」と言った。


「なんだかみゃーのが辛気臭い顔してるからさー。元気づけたろと思って」


「それでなんで枕投げなの……」


 青山が荒い息の下で言う。


「なんとなく? 温泉来たならこれかなと思って」


 なんともな言葉に、私たちはそろって嘆息した。



「で、みゃーの。なに考えてたの。笑わないから、言ってみ」


 井上が顔をむけて訊いてくる。私は気恥しくなって顔を逸らした。


「べつに。卒業したら、こういうこともできなくなるのかなって考えてただけ」


「あっはっはっはっは!」


「おい! 約束が違うぞ!」


 井上の体を掴んでガクガク揺らしていると、黒咲が大丈夫よと言った。



「大人には大人の楽しいがたくさんあるだろうし、それをしていきましょうよ。私たちみんなで」


「……できるかな?」


 不安から、そんな言葉が出てしまう。すると、黒咲は私の頬を両手で挟んで、


「するの。ね?」


 子供に言い聞かせるみたいに言ってきた。


「そうだよ、みゃーの。今生の別れじゃあるまいし」


 井上は、すこし呆れた様子で。



 いつの間にか、私はコクリと頷いていて……


 そうだ、これからも、私たちで楽しい思い出をたくさん作っていけばいいんだ。


 四月からは一人暮らしが始まって、しばらくは忙しくて無理かもだけど……



 ……あれ? 一人暮らし?


 じゃあ、四月からは、私とアリスちゃんの生活はどうなるんだろう……?

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