第128話 振り返ればそこに……
「あっ」
ある日の夜。私の部屋で泊まり込みで勉強会をしようっていう日。
おしゃべりはそろそろ終わりにして、勉強を始めようってときに、鞄を覗きこんでいた星野さんが困ったような声を出した。
「どうしたの?」
「わっ!?」
うしろからのぞき込むと、星野さんをビックリさせてしまった。
……ちょっと顔が赤くなってるような気がするけど、気のせいかな?
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど……」
「うぅん、平気だよ。えっと……ノート、学校に忘れちゃったみたいで」
星野さんはずーんと落ち込んだ顔をしている。
「せっかく一緒に勉強しようって約束したのに……ごめんね」
今度はシュンとした顔をする星野さん。
……よしっ!
「大丈夫だよ、星野さん! いっしょに学校に取りに行こうっ!」
とは言ったものの……
「先生、まだ残っててよかったね。教師って大変なんだね」
「う、うん」
答えつつ、私はおっかなびっくり周囲を見回す。
夜の校舎は、当然ながら真っ暗だ。
人気がまったくないし、物音もしない。
うぅ、怖い。私こういうの苦手なんだよなあ。でも、星野さんを一人で行かせるわけにもいかないし……
コツ、コツ……
!?
バッとうしろを振り返る。いま、なにか足音が聞こえたような?
き、気のせいだよね……?
「小岩井さん? どうかしたの?」
「……うぅん、なんでもない」
なんでもない、よね? うん、大丈夫大丈夫……
ってやっぱムリ!
「星野さん、手、繋ごう!」
「うぇえっ!?」
「きゃっ!?」
急に大声を出されたからビックリして飛び上がっちゃった。
「手、手ね! 手、繋いでいいの!? ホントにっ!?」
「う、うん。いいかな?」
「も、もちろんいいよ! どうもありがとう!」
星野さんは私の手を握って、ブンブン振ってくる。
なんか、握手してるみたいになってるけど……
私たちは手を繋ぎながら、教室にむかった。
星野さんが忘れたノートをとって、教室を出る。
「なんだか、夜の学校ってちょっと怖くてドキドキするね」
不意に、思い出したみたいに星野さんが言った。
「そ、そうだね! だから手は離さないようにしなきゃねっ!」
繋いだ手に力がこもる。すると、星野さんの体がビクンと跳ねた。
「う、うん! 私、この手しばらく洗わないからねっ!」
……なんか、話が噛み合っていないような? まあ、平気だよね。星野さんとは、たまにこういうことあるし……っ!?
あ、あれ? いま人の気配がしたような。なんとなくだけど……いや、気のせいだよね、うん。
帰ろっか、と言おうとした口が止まる。なぜなら、星野さんも驚いたような顔をしていたから。
「ねえ、気のせいかもだけど、足音しなかった……?」
不安そうに言う星野さん。
そのとき、
コツ……コツ……
夜の学校に、聞こえるはずのない音が木霊して……
ダッ
気づいたときには、私たちは走り出していた。
「星野さん、こっち! 絶対に手離しちゃダメだからね!」
「う、うん……っ!」
二人で夜の学校を全力疾走。
私たちの靴音の間を縫うようにして、べつの靴音が聞こえている気がする。
お、追ってきてる!? なんだか分からないけどなんか来てるっぽい!?
「あ~~……ちゃ……っ!」
な、なんか声まで聞こえるぅうううう! と、とにかくはやく逃げなきゃ!
とっさに、階段の下に隠れた。
「な、なんだろうなんだろう!? お化けじゃないよね違うよねそうだよね!?」
思わず星野さんに抱き着いてしまう。
「ふっ、ふへへ! ら、らいりょうぶらとおもうよっ!」
なんだかろれつの回っていない答えが返ってきた。
星野さんも怖がってるのかな……そうだよね、私も怖がってばかりいないでしっかりしなきゃ!
「大丈夫だよ星野さん! 怖くないからね! だからしっかり……」
言っている間にも、足音はどんどん近づいてきた。
そして――
「大丈夫!? 二人とも!」
急に走り出した二人にようやく追いついた。
なんだか焦っている様子だったけど、いったいどうしたんだろう?
階段の下で二人を見つける。懐中電灯の光に映し出されたのは、抱き合っている二人だった。
私を見たアリスちゃんの口が、金魚みたいにパクパク動いている。
「お、お姉ちゃんの……生き……霊…………」
ガクッ
え、えぇっ!?
気絶!? なんで!?
「星野さん! これどういう……」
目をむけると、
「ふへっ、ふへへへへっへへ! しゃ~わしぇ~~……ガクッ」
「また気絶!? 二人ともしっかりしてぇ!」
「もう、お姉ちゃん! ビックリさせないでよ!」
目を覚ましたアリスちゃんが、怒ったように言った。
「ごめんね、そんなつもりじゃなかったんだけど……」
忘れ物を取りに行くって聞いて、二人で大丈夫かなーと思ってこっそりついてきたんだけど……
「私、ホントに怖かったんだからねっ!」
アリスちゃんが私の腕にしがみつきながら言った。
「ごめんてば。星野さんもごめんね、驚かせちゃって」
「いえいえ、大丈夫です! ありがとうございます!」
「? そ、そう?」
なんだかすごく満足そうな星野さん。相変わらずよく分からない子だ。
「ねぇ、お姉ちゃん。私、なにかお詫びが欲しいな~」
「お詫びって……」
「私が喜びそうなこと! ねぇ、お願い。いいでしょ?」
「いいけど……」
後ろを歩いている星野さんを振り返る。
「い、いまはダメ! 二人きりのときに、ね?」
「えぇー」
アリスちゃんはいたずらっぽく笑った。
「二人きりのときにって、お姉ちゃん、私になにするつもりなの?」
「そ、それは……」
「それは?」
耳元で囁かれる言葉に、私はくすぐったさから答えそうになって、ギリギリで口をつぐむ。
「もう! 星野さんもいるんだから変なこと言わないで! ねぇ、星野さ……ん……?」
アリスちゃんと一緒に振り返ると、そこには……
「えへっ、えへへっ……そんな……そんなことまでぇ……!」
鼻血をたらし、廊下に倒れている星野さんが。
「ほ、星野さん!? しっかりして!」
慌ててアリスちゃんが駆け寄る。
「だいじょーぶ、私はへーきだから! お姉さんと、幸せに……ね……」
ガクッ
「星野さん!? 星野さーーんっ!」
夜の廊下に、アリスちゃんの声が空しく響くのだった――
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