第127話 アリスちゃんとデート(●●編)

「あ、アリスちゃん、待ってっ。だめ……っ」


「ダメだよ」


 私の言葉を遮るようにして、アリスちゃんが言った。


 反射的に、私は口を手で覆う。



「手、外して? じゃないと……」


 いたずらっぽく笑って、アリスちゃんは続けるのだった。


「ご飯、食べさせられないでしょ?」


 ……大学の学食で。



 日曜日。


 私はアリスちゃんと一緒に大学に来ていた。


 アリスちゃんに学内を案内してほしいと頼まれたからだ。



「はい、あ~ん」


 アリスちゃんがご飯を食べさせてくれる。私が案内をする、そのお礼らしい。


「あ、あ~ん……」


 最初は抵抗してしまったけれど、そうしたら余計目立ってしまう。


 大人しく、食べさせてもらうことにしたんだけど……



「あ、お姉ちゃん。唇の端から垂れてるよ……ぺろっ」


「っ!!」


 アリスちゃんのきれいな顔が至近距離にあった。


 ピンク色の舌が、私の唇を舐めた。鼻先が触れ合って、くすぐったさから体が震える。



 甘い香りが漂って、胸がドキドキ高鳴るのが分かる……ハッ!?


 そこで気づく。食堂にいる人たちが、遠巻きに私たちを見ているのを。



「アリスちゃん、みんな見てるっ、見られてるから!」


「え~? だから?」


 私は離れようとしたけれど、アリスちゃんは離れるどころか私を抱きしめてきた。


 うぅ、恥ずかしい……けど、抵抗したら余計に変なことされそうだし、ここは受け入れるしか……



「っ!!」


 瞬間、アリスちゃんの体が震えた。そして、サファイアの瞳をキラキラさせながら言う。


「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが私を抱きしめてくれたっ! うれしい! なのでもっとぎゅ~~っとしちゃいます」


「むぎゅっ」


 私を包み込むのは、甘い香りと、やわらかな……そう、やわらかな感触。


 アリスちゃんの大きな二つのふくらみが、私の体に押し付けられている。



 ふ、ぉおおおおおおお……っ!


 必死に声が出るのを我慢した結果、まるで空気が抜けるみたいな、変な声が出てしまった。



「ねえ、お姉ちゃん。つぎはお姉ちゃんが食べさせてよ」


「え? いいけど……」


 これ以上恥ずかしいことされるよりは、私が食べさせたほうがいいよね。



「じゃあ、これから設定教えるね」


「うん……うん?」


 気のせいかな? いまなにか変な言葉が聞こえたような……



「お姉ちゃんはイジワルなお嬢様で、私はそれに仕えるメイド。しばらくご飯を食べさせてもらっていなくて、すっごく空腹なの。で、お姉ちゃんが仕方なく食べさせてくれるの。分かった?」


「ちっとも分からない」


「じゃあいまから始めるね」


「話聞いてたっ!?」


 聞いていないらしい。アリスちゃんは一度目を瞑って開くと、



「お嬢様ぁ。私、お腹がすいてしまって……ご飯、ご飯くださいぃ……」


「え、あの……アリスちゃん……?」


 阿るように言ってくるアリスちゃんに、私は混乱して目を瞬く。


「もう、ダメだよお姉ちゃんっ!」


 すると、アリスちゃんはなぜか怒ったようだった。



「ちゃんと演技してよ! 意地悪なお嬢様役!」


 そんなこと言われても。


 どうやったらいいのか分からないよ。でも……


 こうなったアリスちゃんは、絶対引き下がってくれないしなあ。


 仕方ない、がんばってやってみよう。えぇっと、意地悪なお嬢様……意地悪なお嬢様……



「くすっ。どうしたの? そんな顔して。そんなにこれが欲しいのかしら?」


「は、はい。欲しいです。ください、お嬢様ぁ……」


「仕方ないわねぇ。ちょっと待ちなさい」


「焦らさないでください……はやく、はやくくれないと、私……っ」


「冷まさないといけないでしょう? 火傷しても知らないわよ?」


 オムライスをフーフー冷まして、アリスちゃんに差し出す。


 ちいさな口を開けて……ぱくっ。モグモグと咀嚼している。



「お、おいしいです。もっと、もっとください……もっとぉ……」


 頬青赤く染め、上目遣いに言うアリスちゃんを見て、私は……


「ふ、ふふっ。もう、いやしんぼな子ねぇ」


 なんだか、自分の中の知らないスイッチが入ってしまった。



「そんなにこれが欲しいの? それなら、もっとちゃんとお願いしてごらんなさい」


「い、意地悪しないでくださいぃ……ください、いやしんぼのアリスに、もっとくださいぃ……」


 アリスちゃんもアリスちゃんで、気分が乗ってきているらしい。


 だから、私たちは気づかなかった。



 食堂にいる人たちから、すごい目で見られていることに――




 食事(?)を終え、主な場所を案内し終えた私は、最後に講義室にやってきた。


「なんだか懐かしい」


 とアリスちゃんが言う。


「まえにさ、私を大学に連れてきてくれたことあったよね。覚えてる?」


「うん。もちろん」


 あのときは目立っちゃって、ちょっと焦ったなあ。結局何事もなかったからよかったけど。



「ねえねえ、お姉ちゃん。ちょっと講義やってみてよ」


「へ?」


「私が生徒の役するから、お姉ちゃんは教授の役してよ」


「き、急にそんなこと言われても……」


 まあ、さっきみたいな変なお願いじゃないだけマシか。


 それっぽくやってみようっと。アリスちゃん、すでに椅子に座って、期待した目で私を見てるし。



「……ここまでで、なにか質問はありますか?」


「はいっ!」


 元気よく手を上げるアリスちゃん。


「はい、アリ……小岩井さん」



「どうして教授はそんなにかわいいんですか?」


「はいっ!?」


 おかしな質問が。いや、ある意味アリスちゃんはいつも通りかもだけど。


「もう、いまは講義中ですよ。おかしなことを言うのは……」


「おかしなことじゃありません!」


 バンと机を叩き、アリスちゃんが立ち上がる。


 と思うと、教壇を上がってきて私を後ろから抱きしめてきた。



「教授、本当にかわいいです! 素敵です! サイのコーですっ!」


「あ、アリスちゃんっ。あんまり大きな声出さないで。外に聞こえちゃうから……」


「ごめんなさい……」


 素直に謝ったかと思うと、


「でも、教授がいけないんですよ。こんなに素敵だから。講義に来ているのに、そんなに短いスカート穿いちゃって。私を誘ってるんですかぁ?」


「こ、このスカート選んだのアリスちゃんじゃん!」


 結局私まで大きな声を出してしまう。



 そのときだった。


 外からいくつかの話し声が聞こえてきて、それはだんだん大きくなってくる。


 そしてそれは、私たちがいる講義室のまえで止まった。



「アリスちゃん、こっち!」


 考えるよりもまえに体が動いていた。


 手を引いて、急いでベランダに逃げる。と同時に、扉の開いた音が聞こえた。



 二人してしゃがみ、中の様子を窺う。


 ……よかった、見つからなかったみたい。ふぅ、と息を吐く私。



「ねえ、お姉ちゃん」


「? どうしたの? もしかして、どこかぶつけちゃった?」


「うぅん、そうじゃなくって。どうして隠れるの?」


 思わずあっと声を上げてしまった。


 そうだ、べつに隠れる必要はないじゃん。変なことしてたわけじゃないし。


 いや、抱き着かれてはいたけれど、離れればよかったわけで。なんで隠れちゃったんだろ……



 ちゅっ



 いきなりキスをされた。ビックリして、危うく声を上げるところだった。


 反射的に口を押えて身を引くと、アリスちゃんはキョトンとした顔になった。


「あ、アリスちゃん! なんでいきなり……」


「だって、キスしたかったんじゃないの? 人が来て隠れたから、てっきりそういうつもりなんだと思ってた」


「そういうわけじゃ」


「じゃあ、キスしたくないの?」


 眉をハの字にして訊いてくるアリスちゃん。



 こういうこと言われると弱いんだよなぁ、私。


 ていうか、これいつものパターンじゃん! このままだと、きっと……



「したくないの?」


「……したい、けど」


「じゃあ、しよ?」


 ニコリと笑うアリスちゃん。


 私は目を瞑って、ゆっくりと顔を近づけていく。やがて、やわらかで、甘い感触に包み込まれた。



 目を瞑っているからか、ほかの感覚が敏感になっているみたい。


 匂いと、感触。それに背徳感。


 普段勉強してるところで、私キスしてるんだ。大好きな女の子と、エッチなことしてる……



「楽しいね、お姉ちゃん」


 アリスちゃんがうれしそうに言った。


「私、今日すっごく楽しいよ。お姉ちゃんと一緒に大学に通ってるみたいで。もっと年が近かったら、毎日こんなことができたのかぁ」


 うれしそうだけど、ちょっと寂しそうなアリスちゃん。


 そっか、アリスちゃんが入学する頃には、私はもう卒業してるもんね。



「大丈夫だよ」


 私はアリスちゃんの手をぎゅっと握って、大きなサファイアの瞳をまっすぐに見る。


「学校には一緒に行けなくても、私たちはこれからずっと一緒なんだから。ね?」


「……うん」


 アリスちゃんは私の手を握り返して、自分の胸にそっとあてた。



「ずっと一緒だよ、お姉ちゃん」


「うん。一緒にいようね」


 二人で笑い合って、



 私たちはもう一度、唇を重ね合わせたのだった――

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