第125話 チョコよりも甘いもの
~~ 遥香と井上の場合 ~~
「ほい、みゃーの。これを下賜して進ぜよう」
講義が始まるまえ、隣に座る井上から小箱を渡された。
なにコレ、と訊くまでもなく分かってる。私はバッグの中から取り出したものを井上に渡す。
「ありがと。じゃ、はいコレ」
「へへぇ~。ありがとうごぜーやす」
井上は妙に恭しくそれを受け取った。
おかしなやり取りをしてしまったけど、変なことをしてるわけじゃない。
今日は二月十四日。バレンタインだ。恒例の友チョコ交換である。
「おっ、これ結構高めのやつじゃん。いいの?」
「うん。それが一番おいしそうだったし」
「サンキュー。ご飯食べ損ねてたから、朝食にする」
言いながら包装を解いて、チョコを食べ始める井上。……マジで今食べるのか。自由なやつめ。
「ねえ、みゃーの。食べさせて?」
「は?」
小首を傾げながら言ってくる井上。
きゃる~ん、って感じの雰囲気だ。かわい子ぶってやがる。
「食べさせてほしいな~。せっかくのバレンタインだし。いいでしょ?」
甘い声で頼み込んでくる井上に、私は……
「ふがっ」
鼻をつまんでやった。
「ちょ、なにするのさみゃーの……っ」
「ふざけてないではやく食え」
「ちぇ。ケチ。ケチ野ケチ香」
むかむか。
「そんなこと言うなら返して」
「そんなご無体な! 私に朝ご飯を食うなと申すか!」
「いいから返せっ!」
「やだ! やんっ……みゃ~のがおっぱい触った~」
「さ、触ってない! 変なこと言うな!」
「みゃ~ののエッチ~。ムッツリ~」
「こ、この……」
いいチョコ買ったことに、ちょこっと後悔し始める私。
このあと、教室に入ってきた教授から静かにしなさいと叱られた。
~~ アリスと星野の場合 ~~
朝、私はいつもの待ち合わせ場所で人を待っていた。鞄の中をもう一度確かめる。うん、ちゃんと入ってる。
今日はバレンタイン。小岩井さんにチョコを渡さなくっちゃ!
小岩井さんには遥香さんがいるけど、これは友チョコなんだから。
この日のために一生懸命手作りしたチョコ……うぅ、ちゃんと渡せるかなぁ。ドキドキしてきた。
大丈夫大丈夫。自然に自然に……
「おはよう、星野さん。ごめんね、待たせちゃって」
「ウゥン、ヘイキダヨーコイワイサン」
「? うん……そう? じゃあ、行こっか」
「イコーイコー。オクレチャウ」
「……星野さん、どうかしたの? なんか変だけど」
「うぅん、大丈夫! 平気平気!」
慌てて手を振って誤魔化す。
ウソです。全然大丈夫じゃないし平気じゃないです。
緊張しすぎて、なに話そうとしてたのか分からなくなっちゃった。
チョコを渡さなきゃなんだけど……えぇと、どうしよう……
頭が真っ白になってきちゃった。せっかくがんばって作ったのに……
「はい、星野さん」
なぜか滲んできた視界に、キレイに包装された小箱が差し出された。
「えっ。な、なあに……?」
目じりをぬぐいながら訊く。
「バレンタインの友チョコだよ。あげるね」
「え……く、くれるのっ!?」
「うん。去年もあげたじゃん」
キョトンとした顔の小岩井さん。私は、私は……
「うぅっ、うぅ~~~~~~……っ」
「な、なんで泣くの!?」
「気にしないで! うれしいだけだから!」
「そ、そうなの? まあ、喜んでくれたならいいんだけど……」
あ、これ……まえに私が食べたいって言ったやつだ。
小岩井さん、覚えててくれたんだ……
そう思うと、なんだか胸が温かくなって、背中を押された気分になった。
「じゃあ……はいっ。私からもあげる!」
バックから取り出したチョコを、半ば押し付けるみたいにして渡す。
「ありがとう、星野さん。大切に食べるね」
微笑んだ小岩井さんは、とても輝いて見えて、
私は見惚れてしまったのだった……
~~ 遥香とアリスの場合 ~~
「むす~~~~~~~~っ」
夜。お姉ちゃんの部屋で一緒に過ごしているときのこと。
「アリスちゃん? どうしたの?」
「ぷいっ」
顔を覗きこまれたので逸らす。その後でポツリと言う。
「お姉ちゃんて、結構モテるよね」
「へっ?」
「だって、チョコ五個も貰ってる」
「え、これ友チョコだよ? 井上と、後はゼミの友達。アリスちゃんだって星野さんにあげたんでしょ?」
「むす~~~~~~~~~~っ」
そうだけど! そうだけど! そういうことじゃないんだもん! お姉ちゃんのバカ!
ついついムカッとなって、お姉ちゃんの肩を掴んで、そのまま押し倒す。
「きゃっ!?」
「分かってるよ。分かってるけど、イヤなものはイヤなんだもんっ!」
お姉ちゃんはビックリしていたけれど、私もビックリしていた。
だって、私の声は涙声だったから。
「あ、アリスちゃん……」
「いまからお姉ちゃんのおっぱいを見ます」
「お、おっぱ……ひゃぁんっ!?」
誤魔化すように言って、服を捲り上げ、ナイトブラをずらす。
キレイが膨らみが露出した。
私の、私だけが好きにできる、キレイな体。そう思うと、私の手は自然とそこへ伸びていく。
「やっ、アリスちゃん……ダメっ、乱暴にしちゃヤダよ……もっと、いつもみたいに、やさしく……っ」
私だって、乱暴になんてしたくない。けど……
どうしてだろう? いまは、お姉ちゃんをめちゃめちゃにしたい。
でも、お姉ちゃんの手を握ったとき、私の手はピタリと止まった。
「……アリスちゃん?」
ギュッと目を瞑っていたお姉ちゃんは、目を開くと、不思議そうに私を見てきた。
「ごめんね、お姉ちゃん。私、わがままで……」
「別にいいんだけど……」
お姉ちゃんの手を引っ張って起こすと、そのままぎゅっと抱きしめる。
……あんなこと、するつもりじゃなかったのに。
「これ、つけてくれてたんだね」
手をそっと撫でる。その指には、指輪がはめられていた。
去年のバレンタイン、私がお姉ちゃんに贈った指輪が。
「うん。だって、今日はバレンタインだから。でも……」
お姉ちゃんはちらっと私の指を見て、
「アリスちゃんはつけてくれてないね」
「うっ」
し、しまった。忘れちゃってた。
チョコをたくさん持って帰ってきたお姉ちゃんを見て、ついついイライラしちゃって……
「ち、ちょっと待ってて!」
一度お姉ちゃんから離れて、取って戻る。
「はめてくれる?」
「うん」
私の指には、去年のバレンタイン、お姉ちゃんから貰った指輪が。
照明の光を受けて、キラリと輝いている。
「重ね重ねごめんなさい」
申し訳なさからうつむいてしまう。けれど、お姉ちゃんは「いいよ」と言ってくれた。
「わーってなって、訳分かんなくなっちゃったんだよね? 私、べつに怒ってないよ」
今度はお姉ちゃんが、私を抱きしめてくれる。
そんなことをされて、私は……私は……
「お姉ちゃーーーーーーーーんっ!!」
抱きしめられたまま、お姉ちゃんを押し倒した。
「お姉ちゃーーん! 好き好き大好き! 本当に本当に好き! 愛してるからねぇ!!」
「うんうん、私も大好きだよ~」
「えへへへっ」
お姉ちゃんに頭を撫でられて、私はもっと幸せな気持ちになった。
チョコよりなにより、お姉ちゃんと過ごす時間が一番甘い。
大好きだよ、お姉ちゃん……
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