第123話 私は幸せ!
「好きだよ、星野さん」
彼女が、そっと耳元で囁く。
私の体はくすぐったさから震えて、彼女はそんな私の髪をそっと撫でてくれる。
「好きだよ」
もう一度囁く。
彼女の顔が、どんどん私に近付いて……
――ピピピ、ピピピピピピピ――
なにか、音が聞こえる。
いやな音。電子音みたいな……
朦朧とした意識の中、手探りで音……スマホのアラームを止める。
画面に表示された時間を見ると、もう起きる時間だった。
それを見た私の顔は……にへら、と緩む。
映っているのは、小岩井さんだ。写真撮っていいって訊いたら撮らせてくれた。
ピースしてくれたんだよね。ふへへっ、かわいい。それにしても……
なんだか、すっごくいい夢を見た気がする!
するけど、ちょっぴり罪悪感。私はあの二人を見守らなきゃいけないっていうのに!
でもいい夢だったなあ……でもでも……おっと、そろそろ起きなきゃ。
小岩井さんを待たせるわけにはいかないもんね。
いつもの場所で小岩井さんを待つ。
身だしなみ……大丈夫かな? 手鏡で確認していると、
「星野さ~~~~んっ!」
手をブンブン振りながら、こっちにやってくる女の子が一人。小岩井さんだ。
「ごめんね、待たせちゃった」
「うぅん、私も今来たところだから」
この会話! なんだか恋人っぽい!
何度やっても頬が緩んじゃうなあ、ふぇへへっ!
「ほ、星野さん? どうかしたの?」
「うぅん、なんでも……」
ないよ、と言おうとして気づく。
「小岩井さん、その髪型とっても素敵っ」
カールさせた髪をポニーテールにしている姿は、大人っぽいけどかわいらしい。
本当に素敵。思わず見入ってしまうほどに。
「ほんとっ? ありがとう。お姉ちゃんにやってもらったんだ」
小岩井さんは、うれしそうに毛先を触っている。
「へー、そっか。お姉さんに……」
ていうことは、きっと……
「ほら、ここに座って。ジッとしていてね」
「はい、お姉さま……」
「ふふっ、アリスは髪の毛まできれいね」
「く、くすぐったいです……っ」
「かわいい。もっと見せて。あなたのかわいい顔」
「お、お姉さまぁ……っ」
「ふはっ、ふへっ、ふへへへへぇっ!」
「だ、大丈夫星野さんっ!? ほら、これで鼻血拭いて」
そう言いながら、小岩井さんはポケットティッシュで拭いてくれる。
本当にありがとう、小岩井さん! いろいろな意味で……
それにしても、本当に素敵だなあ。今日の小岩井さん。
もちろんいつも素敵だけど! 今日はいつも以上に素敵! こんなに小岩井さんの魅力を引き出すなんて、さすがお姉さんっ!
否応なしに、私は小岩井さんに見入ってしまって……
「星野さん? お~~いっ」
ハッとなった。目のまえでは、小岩井さんが心配そうに私を見ている。
どうも私は、お弁当を食べながらボーッとしていたみたい。
「大丈夫? 今日ちょっと変だよ……あ、もしかして」
つぎの瞬間、私の人生で最大級の出来事が起こった。
小岩井さんが……小岩井さんが自分のおでこを私のおでこにくっつけてぇえええええええええっ!!
「あわ、あわ、あわわわわわわ……っ!!」
「あれ、熱い。ひょっとして、熱あるんじゃ……」
「だだっ、だいじょーぶだいじょーぶっ!」
慌てて離れる。
危ない危ない、あのまま小岩井さんとくっついていたら、私は大変なことになっていた。
私、今顔真っ赤だろうなあ……
「え、でも……」
「ほんとにへーきだからっ! ただ小岩井さんに見惚れてただけだよっ! ほんとに素敵だからっ!」
「うぇっ!?」
今度は小岩井さんの顔がカァっと赤くなった。
「ありがとう……そんなふうに言ってくれると思わなかったから、ビックリしちゃった」
いつもとはちょっと違う反応。
またドキドキしてきた私に、小岩井さんは「そうだっ!」と手をパンと叩く。
「そうだ、そんなに気に入ってくれたなら、星野さんもおなじ髪型やってみようよ! お姉ちゃんからやり方聞いたから、私やってあげるっ!」
そう言った……
そんなわけで、私は小岩井さんのお家にお邪魔していた。
そこでお風呂に入っていた。
うぅ、どうしてこんなことに……
雨だ。全部雨が悪いんだ。
学校を出たときは晴れてたのに、いきなり土砂降りの雨が降ってきた。
それで近くの小岩井さんのお家に避難することになって、制服が濡れちゃって……
「星野さん、お風呂どーぞ。風邪ひいちゃったら大変だから」
私とおなじくずぶ濡れになった小岩井さんは、笑顔でそう言ってくれた。
優しいなあ。そんなところも素敵……
突然ハッとなった。
こ、これってお風呂イベントなんじゃ!?
だってだって、小岩井さんも濡れちゃってて、私たちは女の子同士だから恥ずかしくないよとかそんなぁああああああああああああっ!!
ダメダメ、小岩井さんには恋人がいるんだから! そんなのダメ!
……で、でもでも、小岩井さんがどうしてもっていうなら……いやいや……
「星野さーん」
「は、ひゃいっ!」
湯船の中で、私の体はビクンと震える。
こ、小岩井さんっ!? まさかまさか、本当に……!?
「着替え、置いておくね。制服は乾かしておくから」
「う、うんっ。ありがとう」
ビックリしたビックリした。そうだよね、知ってた。そういえば……
このお風呂に、小岩井さんは毎日入ってるんだよね。お姉さんと一緒に入ってたりするのかなあ。
…………おっといけない。落ち着かなきゃ。でも……
うへへへっ。しばらく無理かも……
その日の夜――
私はベッドに横になりながら、にへら、と頬を緩めてしまう。
スマホの画面に映っているのは、小岩井さんと……おなじ髪型をした私だ。
小岩井さんが用意してくれた小岩井さんのジャージを着ている。なんだかいい匂いがしました。
約束通り私の髪をセットしてくれた小岩井さん。
写真撮っていいと訊くと、一緒に撮ってくれた。この写真、宝物にしようっと。
雨に降られたときは運が悪いと思ったけど、なんだか役得だったなあ。
私、やっぱり小岩井さんが好き。でも……
思い出すのは、私の髪をセットしてくれているときの様子。
お姉さんの話をしているとき、すっごく楽しそうで、幸せそうだった。
彼女が一番輝くのは、やっぱり私と一緒にいるときじゃない。
だから私は、彼女の幸せを見守るのが、一番の幸せだ。
写真をもう一度見る。私と小岩井さんが、一緒に写った写真。
私には、これで十分だ。
私はちいさな幸せを胸に、深い眠りに落ちていった――
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