第108話 お菓子をくれなきゃ…… 前編
「こらっ。動くなってば」
「あ、ごめん」
ずっとジッとしてるって、結構疲れるんだなー。
「いや~やっぱり着飾るってのは楽しいねえ~」
緑川はいつもどおりののんびりした口調で言った。
「自分じゃなくて私のメイクでしょ?」
「そうだけど。むしろ他人を着飾らせる方が楽しいんだよね~」
言葉のとおり、緑川は楽しそうだ。
それはなによりなんだけど……
「なんか、長くない?」
なかなかメイクが終わらない。 メイクをし始めてもう結構経ったと思うんだけど、まだ終わらないのかな?
「当然でしょ~」
緑川はいつもとおなじ、のんびりした口調で言った。
「あのアリスちゃんて子とデートなんでしょ? だったら気合い入れなきゃでしょ~」
「それはそうなんだけどさ……」
こうも長いと不安になってきた。まさか、私で遊んでる……なんてことはないよね? 仕事中だし。
「ふっふっふ。私のメイクで、祭りに浮かれた連中を恐怖のどん底に陥れてやるぜ」
……邪悪な笑みを浮かべる緑川。
だ、大丈夫だよね? ほんとに遊んでるわけじゃないよね?
私は心中でそっとため息をつきつつ、自分がどうしてここにいるのかを思い返した――
十月三十一日――。
今日はハロウィンだ。アメリカやイギリスでは有名らしいけれど、何年かまえから、日本でも一気に知名度が上がった。
私が小学生のときには、ここまで知名度無かったと思うんだけどなー。
ハロウィンはアリスちゃんとデートしようって約束してた。
一緒に計画を立てて、お互いに仮装しようってことになったんだけど……
「う~ん、どうしよっかなぁ……」
「なにが?」
気づけば、緑川が不思議そうな顔で私を見ていた。
いつものゼミの教室。今いるのは私と緑川だけだ。
どうやら、考えていたことが言葉に出てしまったらしい。
私が事情を説明すると、緑川は自分から訊いたくせに「ふ~ん」とあまり興味なさそうに言った。
「アリスちゃんて、まえに大学に来た子だよね? あのときはビックリしたな~」
アリスちゃんの姿を思い浮かべているのだろうか、緑川はちょっと目を細めている。
そういえば、あのときアリスちゃんが来たことを知らせてきたのはコイツだったっけ。
「うんうん、なるほどね~」
緑川は一人で納得したように頷いて、
「じゃ、ここは私が一肌脱ごうかな~」
と言うのだった。
以前から、緑川は流行には敏感なやつだった。
ファッションなんかもそうだけれど、他のことでも。所謂ミーハーだ。
でも、だからこそセンスは信用できると思ってたんだけど……
「よし、出来たっ」
鏡に映った私の顔は……半分は女性的なメイクだったけど、もう半分は、なんというか男性的な顔つきだった。
「……なにこれ」
「アシュラ男爵。いいでしょ~」
……アシュラダンシャクって、なに? 時々分からないことを言うやつだ。
ていうか、やっぱ私で遊んでないかコイツ。
緑川は「いいと思ったんだけどな~」とか言いながら首をかしげている。
一肌脱ぐと言った緑川は、自分がアルバイトをしているという衣装メーカーに連れてきた。
そこではメイクや衣装の貸し出しのサービスをしていて、今は私のメイクをしてくれているという状況だ。
「ちゃんとやってよ。待ち合わせに遅れちゃうじゃん」
「大丈夫だよ~。まだ時間あるし、つぎはとっておきのメイクをするからさ~」
……本当かなあ。信用できない。
とはいえ、メイクをするまえに緑川が選んでくれた衣装は〝魔女〟をイメージしたもので、結構かわいい。
このセンスを信じるしかない、と思いながら、私は緑川に身を任せるしかなかった……
一時間後――。
私はアリスちゃんとの待ち合わせ場所に向かっていた。
約束通り、緑川は私が待ち合わせ場所に間に合うようにメイクを済ませてくれた。でも……
まだ私は、自分がどういうメイクをされたのかは知らない。「まだ秘密。アリスちゃんと一緒に驚いてね~」なんて言われた。
……一体、どんなメイクをされたんだろう?
自分のことだけじゃなくて、私はアリスちゃんがどんな仮装をしているかも知らない。
お互い秘密に準備して、待ち合わせ場所に見せ合いっこしようと約束したから。
アリスちゃん、どんな仮装してるんだろう? 楽しみ。
なんて考えている間に、待ち合わせ場所に到着した。
時間にはちょっとはやいけれど……アリスちゃん、もう来てるかな……あ、いた。
「ごめんね、アリスちゃん。お待たせ」
「うぅん、大丈夫だよ。私も今来たところ……だか、ら……」
お決まりのやり取りをする私たち。
違うのは、アリスちゃんの言葉がどんどんちいさくなっていって、顔色までどんどん悪くなっていく……
「キュウ……」
ちいさな悲鳴とともに、その場に倒れこんでしまった。
「あ、アリスちゃんっ!? 大丈夫!? どうしたの!?」
動揺する私に、アリスちゃんは弱弱しい手つきで鞄から手鏡を取り出して、それを私に見せてくれる。
そこに映っていたのは……
まるで生気を感じない青白い顔。大きく見開かれた眼は血走っていて、頬から首筋にかけては真っ赤な液体が付着している……
そんな自分の顔を見て、
「キュウ……」
私の意識も遠のきそうになった。
緑川を信じるんじゃなかった。
やはり私は間違っていなかった。……が……ま……
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