第105話 酔ったアリスに飲まれるな。

「お姉ちゃ~~ん。うへへ~~~~っ」


「アリスちゃん……もう、落ち着いてってば」


「落ち着いてるも~ん。バブ~~っ」


「え……きゃっ!?」


 顔を真っ赤にして、とろんとした目つきのアリスちゃん。さっきまでとは、全然様子が違う。


 落ち着いてるっていう言葉とは裏腹に、私は勢いに任せて押し倒されてしまった。



 ま、マズい。もう完全にアリスちゃんのペースだ。


 私は心の中で焦りつつ、どうしてこうなったのかを思い返していた――




 今日のお昼のこと。アリスちゃんが歩道でうずくまっているのを見つけた。


 慌てて駆けよると、躓いて転んでしまったのだと言う。おんぶしてって言うから、おぶって家まで帰ってきたんだけど……



 ウソだった。


 転んだんじゃなくて、本当はスマホを落としちゃって、それを拾っただけだった。


 それを聞いて、私はムッときた。だって、私は本当に心配したんだ。それなのに――



「ご、ごめんね? お姉ちゃん……」


 私が本気で怒っていることを察してか、アリスちゃんはちょっと焦った様子だった。


 本当に反省してるみたいだったし「いいよ」って言えば、すぐに仲直りできたと思う。


 私だって、すぐにでも仲直りがしたい。それで、アリスちゃんといつもみたいに……


 でも、このウソはちょっとひどいよ……




 そう思っている間に、一日が終わろうとしている。


 夜。お風呂から上がって部屋で一息ついていた。


 今日は久しぶりに一人でお風呂に入った。今だってそうだ。いつもならアリスちゃんと、夜のおやつにジュースとか飲んでいるのに。



 そこで、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。


 控えめなちいさな音で、私は危うく聞き逃すところだった。


 答えると「……入ってもいい?」とこれまた小さな声が聞こえる。でも、聞き違えるはずない。それはアリスちゃんの声だ。



「ど、どうぞ……」


 いつもと違って、おずおずとした様子で入ってくるアリスちゃん。


 遠慮がちな両手にトレイを持っていて、その上にはコップが二つとボトルがあった。



「あ、あのね、おばさんが職場の人から貰ったんだって。私たちで飲んでいいって言われたから……一緒に飲もう……?」


「そ、そうなんだ。なに貰ったの?」


「ブドウのジュースだよ」


「じゃあ、飲もうか……一緒に」


 お互いにどこかよそよそしい。


 うぅ、ヤダなあ。やっぱり、はやく仲直りしたい。



 ……んっ。


 おいしい。こういうのって、たまに飲むとよりそう感じる。でも……


 ジュースにしては、ちょっと変な感じがするような? パックじゃなくてビンに入ってるみたいだし、お高いやつだからかな……!?


 そう思いつつ、ビンに張られたラベルを見て、私は固まった。



 これ、ジュースじゃなくてワインだ。


 ちょっとお母さんっ!? 高校生になに渡してるのさ!


 なんて思っていられない。アリスちゃんに飲まないように言わなきゃ!



「アリスちゃん! これ飲んだらダメ、だから……ね……」


「ふぁ~~い。えへへへ~~っ」


 ……遅かったみたい。


 アリスちゃんはなんかもう、出来上がっちゃってた。


 ていうか早っ! アリスちゃんお酒弱すぎじゃない!? と思ったけれど……


 そういえば、まえにウィスキーボンボン食べたときにも、酔っぱらってたっけ。


 仕方ない。アリスちゃんがもう飲まないようにして、お水持ってこなきゃ……



「お姉ちゃ~~ん。うへへ~~~~っ」


 立ち上がりかけたところで、アリスちゃんに抱き着かれた。バランスを崩しかけたけど、なんとか立て直す。


「アリスちゃん……もう、落ち着いてってば」


「落ち着いてるも~ん。バブ~~っ」


「え……きゃっ!?」


 顔を真っ赤にして、とろんとした目つきのアリスちゃん。


 落ち着いてるっていう言葉とは裏腹に、私は勢いに任せて押し倒されてしまった。


 ていうか、バブーて。なぜに幼児退行してるんだろう? でも……



 なんかかわいい。


 普段が大人っぽいからかな。ギャップにドキッとする。



「おー、よしよし。アリスちゃんはいい子だねー」


 アリスちゃんをぎゅっと抱きしめて、赤ちゃんをあやすみたいに頭を撫でてみる。


 すると、アリスちゃんは私の胸に顔を埋めてきた。


 そして、



「ごめんね……」


 消え入りそうなくらいにちいさな声で、ポツリと言った。


 でも、届いた。私に耳には、ちゃんと。



「うん。いいよ」


「ほ、ほんとっ?」


 胸から顔を話して、私を見上げてくるアリスちゃん。


「もう怒ってない?」


「怒ってないよ。でも、あんなウソついたらダメだからね。ホントに心配したんだから」


「はぁ~~~~いっ!」


 さっきまでの様子がウソのように、アリスちゃんはうれしそうに笑って私に抱き着いてきた。



 私の体がテーブルにぶつかってしまい、その衝撃でボトルが倒れてしまう。


「きゃっ!?」


 中の液体が、もろに私にかかってしまった。


 うぅ、ベトベトする。またシャワー浴びなきゃ……


「だ、大丈夫、お姉ちゃんっ!?」


「うん。平気だよ」


 アリスちゃんは「ごめんね」とシュンとしてしまう。


 さっきの今だしなあ。ちょっと怒りにくいかも。



 ……て、あれ?


 ボトルのラベルを見た私は、はたと首をかしげる。


 このワイン、ノンアルコールだ。


 てっきりアルコールがあって、それでアリスちゃんは酔っちゃったんだと思ってたのに。



 アリスちゃんも気づいてなかったのかな?


 それとも、ワザと? 気づかないフリして、私に謝るために、酔ったふりして……



「お姉ちゃん、ブラ透けてる」


 私の思考は、アリスちゃんからの予想外過ぎる言葉で途切れる。


 ……いや、ある意味では予想内だけれども。



「あ、あんまり見ないで。ナイトブラだから、かわいくないでしょ……」


「そんなことないもん! お姉ちゃんとってもかわいいよっ!」


 微妙に論点がズレてる気するけど……褒められてるならいいか。


「でも、それなら……」


 アリスちゃんは、耳元で囁くように言う。



「一緒にシャワー浴びようよ。それで、今度はかわいい下着みせてほしいな」


「っっ!!」


 心臓がドキンと跳ねた。



 そ、それって、そういうことだよね。


 一緒にシャワー浴びて、それでそのあと……その、仲直りの……


 羞恥と期待とで、顔が真っ赤になるのが分かった。


 私は、なにか見えない力に操られるみたいにして、コクリと頷く。



 アリスちゃんが、どんどん近づいてくる。


 お互いに、想いはおんなじで。



 私たちは、そっと唇を触れ合わせた――

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