第103話 アリスの髪の毛には遥香も繋がる

「大丈夫? アリスちゃん、痛くない?」


「うん。平気だよ」


 寄りかかるみたいにして、私はそっとお姉ちゃんに身を任せる。



 夜。お風呂から上がったあと、お姉ちゃんのお部屋で、私はお姉ちゃんに髪をすいてもらっていた。


 もとはお姉ちゃんから申し出てくれたことで、今ではすっかり「いつものこと」になった。


 ちょっぴりくすぐったいけれど、そのくすぐったさも心地いい感覚だった。


 髪をすかれるたびに、大切にされているんだって実感できるから。


 私はこの時間が大好き。大好きなお姉ちゃんと寄り添って、聞こえるのはお互いの微かな息遣いと、時計が時を刻む音だけ……



「アリスちゃんの髪、やっぱりキレイだね」


「えっ。そうかな?」


 突然言われたので、ちょっとビックリする。でも……


 うれしい。えへへっ、お姉ちゃんに褒められちゃった。



「本当にキレイ。宝石みたい。私、大好きだよ」


 続けて言われた言葉に、私の胸はトクンと高鳴った。


 お姉ちゃんは何気なく言った言葉かもしれないけれど……



 私にとって、今の言葉は特別なもの。


 ずっと忘れられない、宝物にしている言葉だ――




 昔は、自分の髪が大嫌いだった。


 私がまだちいさかった頃、イギリスにお引越しをするまえ、私は周囲から浮いていた。


 今思えば、仕方がなかったんじゃないかと思う。青い目と金髪っていうのは、かなり目立っていたから。


 仲間外れにされて、どんどん暗い子になっちゃって……


 お姉ちゃんのおかげで明るくなることはできたけれど、それはお姉ちゃんのまえでだけ。


 ほかの場所では、相変わらず、私は暗い私のままだった。



 それがいけなかったんだと思う。私は幼稚園でいじめられるようになった。


 最初は無視されるとか、物を隠されるとかだったけれど……それはどんどん酷くなっていった。


 ――髪の色が変。


 そうやって、私は毎日のようにからかわれた。



 そんな日が続いて、あるとき、私の中でプツンとなにかが切れた。


 鏡のまえに立った私は、自分の髪にはさみを入れる。


 その間のことは、よく覚えていない。まるで頭に靄でもかかっているみたいで、夢を見ているかのようだった。


 長かった髪は、あっという間に肩にかからないくらいに短くなってしまった……



「な、なにしてるの……?」


 後ろからかけられた声に、私はハッとなった。


 鏡越しに振り替えると、お姉ちゃんが立っていた。呆然として、信じられないものを見た表情をしていたのを、よく覚えている。



 ――だれにも見られたくないところを見られてしまった。


 今思うと、あのときはそう考えていたんだろう。けれど、当時はもういっぱいいっぱいだったから、そんな余裕はなく、


 私は声を上げて、泣き出してしまったのだ。



 声が嗄れるくらいに泣く私。気づいたときにはお姉ちゃんに抱きしめられていて、それに気づくとだんだん落ち着いてきた。


 お姉ちゃんは「つらいことがあったんだね」と私を慰めてくれた。


 お姉ちゃんから訊かれたのか、それとも自分から話したのか、よく覚えていない。


 それでも、私はお姉ちゃんに全部事情を話して、お姉ちゃんはなにも言わずに、私の話を聞いてくれた。



「そんなことないよ」


 私が一息に話したあとの、お姉ちゃんの第一声はこの言葉だった。


「アリスちゃんの髪の毛、とってもきれいだよ。宝石みたいにキラキラしてて……わたし、大好きだよ」



 当時の私は、その言葉だけでどれだけ救われたことか。


 また泣いてしまって、お姉ちゃんを困らせてしまったけれど……



 お姉ちゃんのおかげで、私は自分に自信が持てるようになった。


 内向的な性格を改めたところで、いじめはすぐには無くならなかった。


 それでも、私はもう人との違いなんてどうでもよくなった。


 お姉ちゃんに褒めてもらえれば、好きって言ってもらえれば、それが全てだった――




「ありがとう、お姉ちゃん」


「? うん」


 突然お礼を言われて、お姉ちゃんはちょっと不思議そうだった。


 それでも、私はお礼を言った。


 だって、今の私があるのはお姉ちゃんのおかげだから。




 私は目を閉じて、髪をすいてくれるお姉ちゃんにそっと身を委ねる。


 きっと、もう私が髪を切ることはない。


 だって、私の髪の長さは、お姉ちゃんへの想いの証なんだから――

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