第102話 さいごのひ
――そして、辺りは暗闇に包まれた。
さっきまでまばゆいばかりに輝いていた火は消えて、
あとには、一つにくっついた線香花火だけが残っていた……
「突然ですが、今日で地球は滅びます」
お昼ご飯を絶え終えて、私の部屋で一息ついているとき、いきなりアリスちゃんが言った。
い、いきなりどうしたんだろう……?
思い当たることは……今日は八月三十一日、つまり夏休み最後の日だ。
だから滅ぶの? 宿題やってないとかかな? いや、最初の何日かで全部終わらせてたっけ。じゃあ……
「あのね、今日はそういう体で過ごそうと思うの」
私の疑問に答えるように、アリスちゃんは言った。
「もし地球最後の日だったら、いつもと違うことができるんじゃないかなーって思って。まだしてないこととか、秘密にしてることとか」
それは……そうかも。
今日が地球最後の日なら、どうせ明日死んじゃうんだったら、
まだ、してないこと……アリスちゃんと、してないこと……
「お姉ちゃん、なにかエッチなこと考えてる?」
「うぇっ!?」
気づけば、アリスちゃんがいたずらっぽい笑みを浮かべて私を見ていた。
「そ、そんなことない……よ?」
視線が泳いでしまう。
けれど、アリスちゃんの両手に頬を挟まれたことで、私の視線は一転に吸い寄せられる。
アリスちゃんの、キレイな顔に。
「本当に?」
「えと……その……」
なにも言えない。言えない、けれど……
アリスちゃんから目を離すことができない。なにか見えない力で、釘づけにされているみたいだった。
大きくてキレイな、サファイアの瞳。
まるで本物の宝石みたいで、吸い寄せられそうになる。
……あれ? なんか、さっきよりもアリスちゃんが近い。私、本当に吸い寄せられてるの?
うぅん、違う。私が背伸びをしているんだ。アリスちゃんを、もっと近くで感じるために。
唇が重なる。
私の行動が、アリスちゃんの質問への答えだった――
今日が地球最後の日っていう体で過ごす。
そうしたら、普段はできないことや言えることができるかもってアリスちゃんは言ったけれど……
いざとなると、なにをしたらいいのか分からないなあ……
それに、もし本当にそんな日が来たら、私はずっとアリスちゃんと過ごすと思う。
二人で寄り添って、他愛のない話をしたり、映画見たり、き、キスしたり……それに……
「あのね、お姉ちゃん。じつは私、お姉ちゃんに秘密にしてたことがあるの」
神妙な顔で言うアリスちゃん。私はハッと我に返る。
なにを言うつもりなんだろう?
こういうときって、大抵ろくなこと言わないんだよなあ……
「じつは私、今までお姉ちゃんのことたくさん隠し撮りしてるの」
……本当にろくなことじゃなかった。
ていうか、知ってるけどね、それは。
アリスちゃん、私の寝顔撮ってるみたいだし。あと映画見てるときとか、気づいたらアリスちゃんがスマホのカメラ向けてるときあるし。
でも……
それは、アリスちゃんも知ってるはず、だよね。
なのに言ってくるってことは……あるのかな? 私が知ってるもの以外にも、隠し撮りした写真が。
もっと変な、私に知られたら困る写真。いやらしいもの……とか……
「お姉ちゃん。またエッチなこと考えてるでしょ」
「うぇえええっ!?」
アリスちゃんは、またいたずらっぽい笑みを浮かべて私を見てくる。
や、ヤバい。これさっきとおなじ流れだ。なんとかしなきゃ。えぇと、えぇっと……そうだっ!
「アリスちゃん、映画見ようよ。なにがいい?」
「誤魔化してる」
「そ、そんなことないよ……?」
私は本棚のまえでしゃがみ込む。
下二段の棚には、映画のDVDを並べてある。
「どうしようかなー、なにがいいかなー」
「お姉ちゃん」
ちょっとアリスちゃんに見せつけるようにして選んでいると、アリスちゃんは私の隣にしゃがんでいた。
ようやくノッてきてくれたみたい。よかった。
「パンツ見えてる……」
「きゃっ!?」
おかしな指摘をされておかしな声が出た。
反射的にスカートの裾を引っ張って、下着を隠そうとする。
そこで、姿見に映る自分の姿が目に入った。足の間から、淡いピンク色の下着が見えちゃってる。
ミニスカを穿いているせいで、引っ張ったくらいじゃ隠せてない。恥ずかしくて立ち上がろうとしたけれど……やめる。
だって、それじゃあ普段とおんなじだ。
今日は普段とは違うことをしなくっちゃ。だから……
内股になっていた足を開いて、スカートの裾からも手を離して、アリスちゃんに見せつけるような姿勢になった。
「見せてるん、だよ……っ」
どもりながらも、なんとか口にできた。
姿見に映った私の顔は、見るまでもなく真っ赤になっている。
当然だよね。大好きな女の子相手とはいえ、自分から下着を見せつけるなんて。
アリスちゃん、見てる。ジッと、私のパンツを。
ドキドキしてる。アリスちゃんに聞こえちゃうんじゃないかってくらい、心臓の音が大きくなってる。
ドキドキして、それに……なんだか、体が変な感じに……
でもよかった、ちゃんとかわいいやつ着けてて……
って、そうじゃなくて!
ヤバいヤバい。なんか変になってた私。落ち着かなきゃ。
呼吸を整えて、立ち上がろうとすると、
「お姉ちゃん」
「え……きゃっ!?」
尻もちをついてしまった。アリスちゃんにいきなり足を掴まれて、バランスを崩してしまったから。
「もう、なにす……ひゃぁんっ!?」
足を大きく開く形で尻もちをついた私。
その間に、アリスちゃんの顔が潜り込んできたかと思うと……
ぺろっ
下着の上から敏感な個所を、舐められた。
「あ、アリスちゃ……ぁんっ、だ、だめぇ……っ!」
静電気みたいな刺激に、私は足を閉じて、太ももを擦り合わせてなんとか刺激に耐えようとする。
けれど、足の間にはアリスちゃんがいるままだから、結局、アリスちゃんの頭を挟み込む形になってしまった。
「んんっ、はぁっ……あんっ……はっ……や、やめ……んんぅっ……!」
アリスちゃんの頭を離そうとしても、全然動てくれない。姿見には、まるで私がアリスちゃんの頭を押さえて、私の……は、恥ずかしいところを、舐めさせているみたいな姿が映っている……
あ、あれ? 違うよね……? そもそも私たち、なにしてたんだっけ? あれ……?
なんか分からなくなってきた。アリスちゃんは相変わらず、舐めたり、突いたり、吸ったり、下着をずらしたり……
さらに刺激は強くなって、頭も真っ白になっていった――
――パチパチ……パチ――ッ
線香花火が消えると、私たちの周りは暗闇に包まれた。
「……消えちゃった。もう一本やろっか?」
「うん。そうだね」
残念そうに言ったアリスちゃんは、新しい線香花火を取り出す。
夜。
私たちは、浴衣を着て、お母さんが買ってきてくれた花火を庭で楽しんでいた。
私の線香花火はさきに消えちゃってたから、私にも一本渡してくれる。
火をつけると、またパチパチと、ちいさく音を立てて燃え始めた。
こういうのって風情があるなーと思っていると、アリスちゃんも「キレイだね」とうれしそうに言った。
こうしてると、昼間の出来事は夢なんじゃないかって思ってしまう。だって、あんなに……いやいやっ!
思い出しかけただけでも顔がサッと赤くなるのが分かる。首を振って思い出そうとする意識に蓋をした。
「そういえばさ、イギリスに花火ってあるの?」
誤魔化すように訊く。
「あるよ。でも、イギリスの花火は〝派手な演出〟って感じだから〝見て楽しむ〟日本のものとは、ちょっと違う感じかな」
こういう花火もないしね、と言って、線香花火を軽く振った。
「だからね、私うれしいんだ。こうやってお姉ちゃんと花火するの。すごく特別って感じ」
「っ!」
うぅっ。
……や、ヤバい。今すっごいドキッとした。
この子、臆面もなくこういうこと言うんだもんなあ……
好き。
無意識のうちに、そう思っていた。
好き。アリスちゃんのこういうところ、本当に好き。大好き。
「私も」
不意に、アリスちゃんの静かな言葉が、私の思考に割り込んできた。
とても静かな言葉なのに、なぜかよく聞こえる……
「大好きだよ。お姉ちゃん」
言われて、私はビックリしてしまった。
「こ、声に出てた?」
「見れば分かるよ。大好きな人のことだもん」
「っ!!」
「照れてるの? お姉ちゃんかわいいっ」
「~~~~~~~~~~っ!」
顔どころか、首まで真っ赤になってるのが分かる。
恥ずかしくてアリスちゃんを見ることができない。でも、アリスちゃんがうれしそうにしているのは分かった。
「あっ」
その声がちょっと曇る。
見ると、アリスちゃんの線香花火の火は、かなりちいさくなっていた。
今にも消えてしまいそう……
「もう終わりだね……」
その言葉を聞いたとき、私の胸は、キュッと締め付けられたように痛んだ。
もっと、もっとアリスちゃんとこうしていたい。すこしでも長く。でも、どうしたら……
「じゃあ、はい……っ」
私は自分の線香花火を、アリスちゃんの線香花火にぴとっとくっつけた。
消えかけていた火はすぐに輝きを取り戻して、私の火と合わせてまばゆいばかりになった。
「キレイ……」
ポツリと呟く。
「ありがとう。お姉ちゃん」
アリスちゃんの顔は、花火の光に照らされてキラキラと輝いて見えた。
うんと頷くと、アリスちゃんはうれしそうに笑って、私のほうに寄ってきて体をスリスリしてくる。
「ん……っ」
変な声が出そうになった。
昼間のせいで、まだ体が敏感になっているみたい。気をつけなきゃ。
普段なら、今のをアリスちゃんが見逃すはずはないと思うんだけど……
アリスちゃんは、ただジッと花火を見つめている。
だから私も、同じように花火を見つめて、
好きだよ。
心の中だけで呟いたのだった――
そして、辺りは暗闇に包まれた。
さっきまでまばゆいばかりに輝いていた火は消えて、
あとには、一つにくっついた線香花火だけが残っていた……
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