第100話 あなたは私、私はあなた

「お、お姉ちゃん。あーんして」


「あ~ん……うん、かわいいかわいいアリスちゃんに食べさせてもらえると、いつもよりもおいしいよ」


「っ。アリスちゃんこそかわいいよ! はい、あーん」


「あむ……やっぱり素敵なアリスちゃんに食べさせてもらうと、よりご飯が素敵になるね!」


「っ! お、お姉ちゃん! ソースついてるよ。ぺろっ」


「ありがとう、アリスちゃん。かわいいし気が利くなんて、君は本当に素敵だね、マイスウィートハニー……。お礼に、私もたくさんぺろぺろしちゃおう」


「っっ! あ、あの、その、えと……」


「照れてるのかい? かわいくて素敵でかわいいなんて、素敵すぎてめまいがするよ……」


 なんてやり取りをしながら、まかないのナポリタンをアリスちゃんと食べていると、



「あのさ、二人ともなにしてんの?」


 井上が不思議そうに、それでいてどうでもよさそうに訊いてきた。


「なにって、お姉ちゃんとお昼ご飯を食べているだけですよ?」


 アリスちゃんがキョトンとした顔で答えるも、井上は当惑顔のままだ。


 それも無理はないだろうなと思う。だって……



「じゃあ、なんで二人とも、お互いの真似してんのさ?」



 そう、井上の言う通り、


 私とアリスちゃんは、お互いの真似をしながらしゃべっているのだった――



 ――――



 ――――――――



「おはよう、アリスちゃん」


 今日の朝、目が覚めると、アリスちゃんに言われた。


「とても素敵な朝だね。まるでアリスちゃんみたいだよ」


 キリっとした顔で言われた。マンガなら、きっと周りにキラキラのトーンが貼ってあると思う。



「ど、どうしたの? アリスちゃん……」


 寝ぼけた頭じゃ、アリスちゃんがなにを考えているのか分からない。


 ……いや、寝ぼけてなくても結構分からないこと多いけども。



「今日はね、お姉ちゃんの真似をして過ごそうと思うの」


「うん」


「だから、お姉ちゃんは私の真似をして過ごしてね」


「……うん?」


 結局意味が分からない。


 とにかく、今日のアリスちゃんはそういう気分らしい。


 なので、私はそれに付き合うことにしたんだけど……



 ――――――――



 ――――



「あのさ、あり……お姉ちゃん」


「なんだい、私のお姫様」


「なんかさ、変じゃない?」


「なにがだい? 私の愛しい人」


「それがだよっ!」


 抱きしめられつつ、私は指摘する。


 アリスちゃんはキョトンとしている……え、なんでキョトン顔? つられて私もキョトンとなりそうになる。



「私さ、そんなキザなこと言ったことないよ。全然私とは違うけど……」


「そ、そうだよね……」


 今度は、アリスちゃんはショボンとしてしまった。……あ、あれ?


「お姉ちゃんはもっともっと素敵だもんね! 私じゃ、お姉ちゃんの素晴らしさを表現しきれなくて……ごめんね……」


「そういう意味じゃないよ!?」


 なんか言葉が通じてないっぽい!?


 アリスちゃんて、たまにこうなるよね……なんて思っていると、



「お姫様、つぎはカフェラテだよ。ちょっと待ってね……」


 アリスちゃんは、フーフーと息を吹きかけて冷ましてくれる。


「どーぞ」


「う、うん。ありがと、あり……お姉ちゃんっ」


 ダメだ。気を抜くと、アリスちゃんて呼びそうになる。



 飲ませてもらったし、今度は私が飲ませてあげよう。


 えぇと、今はアリスちゃんの真似をしているから……アリスちゃんならこういうとき……っ!?


 思い浮かんだ光景に、さっと顔が赤くなったのが分かる。ムリムリ! そんなことできるわけないっ!


 でも……今はアリスちゃんの真似をしてるんだし。がんばらなきゃだよね。……よしっ!



「お姉ちゃんにも、飲ませてあげるねっ」


 声がちょっと震えているのが分かる。


 ……迷ってても仕方ない。えいっ。



 羞恥を振り払うようにして、私は勢いよく、アリスちゃんの唇を塞いだ。



 アリスちゃんは最初はビックリしたみたいだったけれど、それは本当に最初だけで、すぐに私を受け入れてくれる。


 甘い香りと、それに甘い味……


 それはカフェオレのせいだけじゃなくて、きっと、大好きな女の子と繋がっているおかげで……



「ど、どう……? 美味しい……?」


 真っ赤になったままの顔で、吐息交じりに尋ねる。


 アリスちゃんはと言えば、


「す、すごいね……」


 顔を真っ赤にして、照れたようにそんなことを言った。



「いきなりキスするなんて、アリスちゃんて大胆なんだね……」


 よく分からないことを言った。


「えぇっ!?」


「こんなこと、私にはとても真似できないよ」


「いつもしてるじゃん!」


 私のツッコみが聞こえないかのように、アリスちゃんは私の背中に手を回して抱き寄せてくる。


 不意を突かれたせいでドキッとした。やわらかさと温もり、それに甘い香りに包まれる……



「アリスちゃんが勇気を出してくれたんだから、私もがんばらなきゃだよね……だ、ダメ、やっぱり恥ずかしいよ……きゃっ」


 急に私から離れて、そんなことを言うアリスちゃん。


 え、ていうか……え?


 アリスちゃんから見た私ってそんななの? なんか、ちょっとアレな感じなんだけど。


 ていうかそうじゃなくって!



「いつもはアリスちゃんからしてくるじゃん! なのになにその反応!」


 私がちょっと身を乗り出すと、アリスちゃんはちょっと身を引く。


「だ、ダメだよアリスちゃん……ここでそんな……恥ずかしい、よ……」


「だっ、だから! もうっ!」


 まだ言うか! こうなったら抱きしめちゃうんだから!


 アリスちゃんの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。



「お姉ちゃんかわいい~~~~~~っ! 好き好き好き好き~~~~~~~~っ!!」


「きゃっ!? あ、アリスちゃん、恥ずかしいよ……」


「だってだって、お姉ちゃんがかわいいんだもん」


「アリスちゃんのほうがかわいいよ!」


「うぅん、お姉ちゃんのほうが!」


「アリスちゃん!」


「お姉ちゃん!」


 ……あれ?


 私たちなにしてるんだろう?


 私ってアリスちゃんだっけ、お姉ちゃんだっけ……あれれ?


 なんだか混乱してきた……




 そんな私たちを見て、


「おはよーございまーす……て、なにしてんのあの二人?」


「さあ? いつも通り分からん」


 出勤した青山は不思議そうに訊いて、井上は我関せずとスマホをいじっているのだった――

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