第97話 アリスの快眠方法

「眠れない……」


 私の隣でベッドに横になっているアリスちゃんがポツリと言った。


「眠れないよ~~~~~~~~」


 ぐりぐりと、アリスちゃんは自分の頭を私の胸に押し付けてきた。



「アリスちゃん、落ち着いて。目を瞑ってさ、眠る努力をしようよ」


 ある夏の日の夜。


 アリスちゃんはなかなか寝付けないらしく困っていた。


 クーラーもつけて、過ごしやすくしているはずなんだけれど……



「うぅうう~~~~~~~~~~っ」


「ち、ちょっと待って! ふく、服脱がさないでぇ……っ!」


 ……私も困っていた。




 そんなやり取りを経て、数分おきに訪れるアリスちゃんの落ち着きタイムが来た。


「ねえ、アリスちゃん。眠れないなら、羊を数えてみるっていうのはどうかな?」


 今なら聞いてくれるかもと思って言ってみる。


 すると、アリスちゃんは「羊?」と首を傾げた。



「うん。べつに羊じゃなくてもいいけど、なにか数を数えてみるの。数えている間は数以外は考えない。やってみたら?」


「……やってみる」


 コクリ、とちいさく頷くアリスちゃん。


 よかった、素直に聞いてくれて……



「お姉ちゃんが一人……お姉ちゃんが二人……お姉ちゃんが三人……お姉ちゃんが四人……」


「ん? あ、アリスちゃん?」


「水着姿のお姉ちゃんが五人……下着姿のお姉ちゃんが六人……裸のお姉ちゃんが七人……ベッドの上で八人のお姉ちゃんが……」


「待ってアリスちゃん! 待ってっ!」


 アリスちゃんの肩を掴んで体を揺する。


 それで妙な言葉を終わらせることはできたけれど、


「あ……もうっ! 数わからなくなっちゃったじゃん!」


 怒られた……じゃなくって!



「変なもの数えないでよ!」


「変なものじゃないもんお姉ちゃんだもんっ!」


「もう、とにかく私を数えるのはやめて!」


 アリスちゃんは不満そうに唇を尖らせたものの、最終的には「分かったよ」と言ってくれた。


 ああ、よかった。急に変なもの数えられてビックリしちゃった。


 ……ベッドの上の私、なにしようとしてたんだろう?



 そんなやり取りのあと、アリスちゃんはちいさくあくびをしていた。


 ちょっと疲れて眠くなったのかな。よかった……



 ゴロゴロゴロゴロ……



「きゃぁあああああああっ!? か、雷っ!?」


 と思ったとたん、アリスちゃんの目は一瞬で冷めてしまったみたい。


 叫び声と共に、アリスちゃんは、私にぎゅ~~っと抱き着いてくる。


「雷怖いぃいいいい……」


「お、落ち着いてアリスちゃんっ」



 震えだしてしまったアリスちゃんを宥める。


 ど、どうしよう。すごく怖がってる。……恥ずかしいけど、言うしかないよね。



「さっきのはね、雷じゃなくって……わ、私のお腹が鳴った音なの……」


「え……?」


 目をパチクリさせるアリスちゃん。私の言葉の意味を理解できていないみたいだった。


 一秒、二秒と経つにつれて、アリスちゃんの表情はすこしずつ変化し、そして――



「はむっ」


「ふぁんっ!?」


 突然、耳を甘噛みされた。


 あまりにも突然すぎて、いつもよりも体がビクンと震える。



「な、なに!? なんで!?」


「お姉ちゃんに驚かされちゃったから、仕返しだよ。あむっ」


「ひゃあっ!?」


 また声を上げてしまう。体が震えるよりもそのことのほうが恥ずかしくて、私は逃げようとする。けれど、アリスちゃんに抱きしめられて逃げ場をなくす。


「だーめ。逃がさない」


 耳元で囁かれたとたん、口から吐息のような声が漏れた。


「んっ……ぁ、やっ……アリスちゃん……だ、だめ……っ」


 妙に艶っぽい自分の声に、また自分でドキドキしてしまうのだった――




「全然眠れない……」


 私の耳を舐め終えたアリスちゃんは、一息ついた痕でそう言った。


 私はといえば、なんだか体から力が抜けてしまって、言葉を返すのも億劫だった。


「お姉ちゃん、まだ寝ちゃイヤだよ~~」


「うぅ、ん……」


 私の体を揺らすアリスちゃん。


 べつに寝てないし、ていうか、しばらく寝れそうにない。それどころか、ドキドキして目が冴えちゃってる。



 脱力した私は言葉を返せずにいて、それでも、なんとか返答しようと思った、その時だった。


 突然、アリスちゃんが、


「はむっ」


 また甘噛みしてきた。


 今度は、私の人差し指を。



「あ、アリスちゃん? どうしたの?」


「あのね、私思ったんだ」


 とアリスちゃんは言う。


「お姉ちゃんの指銜えたらよく眠れるんじゃないかって!」


 …………また、よく分からないことを。



「だってさ、赤ちゃんて、眠るときよく指を銜えてるでしょ? だから、お姉ちゃんの指を銜えたら眠れると思うの!」


 怪訝な顔をする私に説明してくれるアリスちゃん。だけど……


 いや、全然分からない。余計に混乱してきた。



「ちゅぱっ……ちゅ……」


 私の混乱をよそに、指を銜え続けるアリスちゃん。


 その様子は、言葉の通り、まるで赤ちゃんみたいで……


 かわいらしいけれど、なんだかイヤらしい……ていうか超恥ずかしい!



「すー……すー…………」


 なんて考えている間に、アリスちゃんは正体もなく眠っていた。


 私の指を、銜えたまま。



 あれ? これ、ひょっとして朝までこのままなの?


 指を口から出そうとしたけれど……ムリ。といって、起こすのも忍びない。


 仕方ない。今日はこのまま、私も眠るしかなさそうだ。


 一つ息を吐いて、愛しい女の子のきれいな髪をそっと撫でる。


 アリスちゃんの表情が、ちょっと緩んだ気がした。それを見たら、私の表情も緩んで……



 私は穏やかな気持ちで、目を閉じたのだった――




 翌朝。


「あれ、どしたんみゃーの。寝不足かい?」


「……まーね」


 私は結局ドキドキしちゃって、ほとんど眠れなかったのだった。

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