第94話 ドキドキさせたいお姉ちゃん

「みゃーのってさ、Mだよね」


「はっ?」


 バイトの休憩中、井上に言われた。



「いきなりなに?」


「やー、だってさ、いっつもアリスちゃんに責められてうれしそうだし楽しそうだし、違うの?」


 なにを言い出すかと思えば。なんて失礼なやつ。


「ち、違うに決まってるでしょ。私はそういうのじゃないから」



 不意に、今までアリスちゃんにされたことが頭に浮かんできて、顔が赤くなっていくような気がした。


 ……いや、ほんと、べつに私はそういうのじゃない。ただアリスちゃんと……好きな人とするのが好きなだけで……



「お姉ちゃーーーーーーーーんっ!」


 急にドアが開かれたと思うと、まるで風みたいにアリスちゃんが入ってきた。


 そして、その勢いのまま私に抱き着いてくる。



「うっ!」


 突然のことにビックリして、一瞬体が強張った。けれど、それはすぐに解けて、アリスちゃんを抱きしめる。


「ど、どうしたの? アリスちゃん……」


 返事はなかった。あれ? と思っていると、アリスちゃんは私の胸に顔を埋めたまま、ウリウリと動かした。



「ホントどうしたの? なにかあったの?」


 頭を撫でていると、アリスちゃんはポツリと言う。


「さみしい……」


「えっ?」


「さみしいさみしいさみしいっ!」


 聞こえなかった……のではなく、意味が分からなくて訊き返した。すると、アリスちゃんは大きな声で繰り返してくる。



「だって、今日はお姉ちゃんと休憩時間バラバラだったから」


 そういうことか。


 たしかに、アリスちゃんが来たってことは、私と井上はもう戻らなきゃだ。


「なので、今のうちにお姉ちゃん成分を補給します。ぎゅ~~~~っ」


 アリスちゃんはうれしそうに私に抱き着いていた。


 今は井上もいるし、ちょっと恥ずかしいけれど……仕方ない。アリスちゃんが一度こうなったら、満足するまで止まらないし。


 私としても、好きな子に甘えられるのはうれしい。だからこのまま……っ!?



「あ、アリスちゃん?」


「なあに?」


「どうして胸を揉んでるの?」


 アリスちゃんは私を見上げ、じっと見つめて……


「えへへっ」


「いや、えへへじゃなくて!」


 恥ずかしいから揉まないでと言うと、アリスちゃんは意外なほどあっさりとやめてくれた。


 よかった。……いや、べつに残念とか思ってな……っ!?



「あ、アリスちゃんっ?」


「なあに?」


「どうしてスカートの中に手を入れるの?」


 アリスちゃんは私を見上げ、じっと見つめて……


「えへへっ」


「だからえへへじゃなくて!」


 全然分かってくれてなかった。それも恥ずかしいからやめてと言うと、


「もうっ! じゃあどこ触ればいいのさ!」


「えぇえええええええっ!? どうして怒るの!?」



 ……なんてやり取りを見つつ、


「やー、やっぱりみゃーのはMだにゃー」


 井上がニヤニヤ笑いながら言ってきた。


「ですよねですよね! お姉ちゃんかわいいですよねっ!」


「うんうん。アリスちゃんて時たま話が通じないよね」


「ていうかさ、私Mじゃないんだって! アリスちゃんに変なこと吹き込まないでよ!」



「えっ?」


 すると、なぜかアリスちゃんは驚いた顔になる。それから、


「お姉ちゃん、私にこうされるのキライなの?」


 不安そうな顔で私を見てきた。


 見ながらも、アリスちゃんの手はまた私のスカートの中に入ってきたので、慌てて裾を抑える。


「ち、違うよ! そういうことじゃなくって……」


「よかったぁ!」


 すぐに否定すると、アリスちゃんにすぐに笑顔が戻る。



「じゃあ、好きなこと、いっぱいしてあげるね。お姉ちゃん」


「う、うん……って、だからダメだってばーーっ!」


 そんなやり取りをする私たちを見て、井上はまた「みゃーののM~」なんて言っている。


 いや、だから、ほんっとに違うからっ!!




 なんだか、いつもいつも、私ばっかり恥ずかしいことをされている気がする。


 そのせいで、井上には妙な誤解をされてるし。


 私だって、たまにはアリスちゃんを恥ずかしがらせたい! アリスちゃんが恥ずかしがっているところを見たい!


 お姉ちゃんとしての威厳を取り戻さなきゃ! アリスちゃんを恥ずかしがらせてみせる!


 バイトが終わり、更衣室で着替えをしながら、私は決意を新たに――


「お姉ちゃん、着替えさせてあげるっ!」


「えっ? 自分でするからいいよ……待って待って服脱がさないでぇ!」


 決意を強めたのだった。




 と言って、なにをすればいいんだろう?


 考えてみたけれど、どうにもピンと来ない。仕方がないから、私は思いついたことをしてみることにした。


「あ、アリスちゃん、あ~んっ」


「あ~ん」


 夕食をアリスちゃんに食べさせる。


 お互いにさせ合って、慣れたかもって思ったけれど、やっぱりちょっと照れる……


 それなのに、アリスちゃんは普通に……ていうか、うれしそうにしていた。


 食べさせ合いっこじゃ、アリスちゃんを恥ずかしがらせることはできないみたい。


 それなら……



「えいっ」


「きゃっ!?」


 一緒にお風呂に入っているとき、アリスちゃんに後ろから抱き着いてみた。


 最初はビックリしていたアリスちゃんだけど、


「えいっ」


 私の腕の中でクルリと向きを変えたアリスちゃんは、私をぎゅっと抱きしめ返してきた。


「あ、アリスちゃん……?」


「えへへ~。お姉ちゃん好き~~っ」


「アリスちゃん!? どうしてお尻触るのっ!?」


「お姉ちゃんがハグしてくれたのがうれしいからです。そりゃっ」


「や、やだやだ! 広げるのはホントにだめぇっ!!」


 突然ハグでも、アリスちゃんは全然平気っぽかった。



 その後も私は、


「アリスちゃん、私が服着せてあげるっ!」


「私が歯磨きしてあげるっ!」


「ち、チューしよ、アリスちゃん!」


「アリスちゃん、大好きっ!」



 …………


 ……………………



 いろいろと試してみたけれど、結局、アリスちゃんを恥ずかしがらせることはできなかった。


 それどころか、逆に私が恥ずかしい目にあった気がする。このことがバレたら、今までよりももっと恥ずかしいことをされそうな気がする。


 それはそれで、想像するとドキドキしちゃうけれど……



 夜。アリスちゃんと一緒に寝ながら、思わずため息が出そうになる。


「えへへっ」


 それを止めたのは、アリスちゃんの笑い声だった。


「どうしたの?」


「だって、うれしいんだもん」


「うれしい?」


「うん。だって、今日はなんだか、お姉ちゃんがたくさんかまってくれるから。お姉ちゃんからあんなふうにいろいろしてくれることって、滅多にないから」


 ……そりゃあ、まあ。なんだか恥ずかしいし。



「でも、今日はたくさん色んなことしてくれたから、私、とってもうれしいし、幸せだよっ」


 ぴとっとくっついたアリスちゃんが、私を抱きしめてくる。


「そ、そっか……」


 な、なんだろう。ちょっぴり罪悪感。


 私はアリスちゃんを恥ずかしがらせようとしていたのに。


 なんだか、自分がすごくイケナイことをしていたように思えてきた。



「でも、ホントに珍しいよね。お姉ちゃんがあんなことしてくれるなんて。どうして?」


「べ、べつに深い意味はないよ。その……いつもアリスちゃんからだから、たまにはどうかなーみたいな……?」


 誤魔化すしかない。だって本当のことはとても言えないし。


 アリスちゃんは、大きなサファイアの瞳で私をじっと見つめていたけれど、やがて「そっか」と言ってちょっと笑った。



「今日ね、とってもうれしかったよ。できれば、これからもしてほしいなあ」


「う、うん。たまになら……」


 曖昧に笑う私。


 それでも、アリスちゃんはうれしそうに「やった」と言ってくれて。


 どうしよう、墓穴掘っちゃったかも。


 私は複雑な気持ちのまま、そっと目を瞑った……




 翌日。今日の講義は一限目からあったので、私は朝から大学へ行った。


「おはよー……」


 井上に挨拶をしつつ、ちいさく欠伸をしてしまう。


「おはよ、みゃーの。おや、お疲れだねぇ」


「まあね」



 そう、ちょっと寝不足だった。


 昨日、私はアリスちゃんにがんばってイタズラをしたから、寝ているときに変なことをされるんじゃって思っていたんだけど……


 予想に反して、アリスちゃんは何もしてこなかった。ドキドキしていた所為で、私はあんまり眠れなかったのだ。



「どうしてそんな……ああ、なぁるほど」


 怪訝そうな井上の表情は、すぐに納得したものになって、今度はニヤニヤとした笑みが浮かんだ。


「な、なに?」


 なんだかイヤな笑いだ。


 なんていうか……そう、下世話な感じの。



「いやいや、お疲れの理由が分かったからさ。ホント愛されてんねみゃーの」


「は? 一体なにを……」


 言ってるの、と言うよりも早く、井上は手鏡を出して私を映してきた。


 ? ホントなんなの……………………っ!!??



 気づいた。


 気づいて、反射的に首筋を抑える。


 そこには、ちいさな、痕があった。赤い、虫刺されみたいな痕。


 アリスちゃんの、キスマークが。


 う、ウソでしょ。全然気づかなかった……



「昨夜はお楽しみでしたね」


「うるさいっ! 昨日はなにもしてないから!」


「ほほう、昨日は……ねぇ」


 井上はニヤニヤと笑いながら私を見てくる。うぅ……



 前言撤回。


 アリスちゃんは、ちゃんと仕返しをしていたみたい。


 私にバレないように、私が寝た後に、こっそりキスマークを付けたんだ。


 結局、私はアリスちゃんに、恥ずかしいことをされてしまったらしい。



 叶わないなあ、なんて思いつつ、もう一つ思うことは……


 髪型変えて、キスマーク隠せるかな、ということだった。

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