第93話 かくれんぼでかくれない話
ある日のこと。クローゼットを整理していると、奥から懐かしいものを見つけた。
昔のアルバムだった。まだ、私とアリスちゃんがちいさかった頃のアルバム。アリスちゃんが、イギリスに行ってしまうまえのアルバムだ。
家に、それも私の部屋に、こんなのがあったなんて。懐かしいなあ……
「お姉ちゃん? 入ってもいい?」
一人で思い出に浸っていると、ドアをノックする音が聞こえた。
どうぞと言うと、アリスちゃんがドアの隙間から顔を覗かせる。私を見ると、顔をほころばせてやってきた。学校帰りらしく、制服姿だ。
「なに見てるの?」
「アルバムだよ。ほら」
アリスちゃんも見やすいようにアルバムを広げる。すると、アリスちゃんはアルバムの、私が持っているのとは反対側を持って覗き込んでくる。
その横顔を見ていると、アルバムの中のアリスちゃんと重なった。
今も昔も、相変わらずキレイで、それに可愛らしい……
「えへへへへっ。ちっちゃいお姉ちゃん、すっごいかわいい。食べたい。おいしそう……っ」
……なんか、今はすごく表情が緩んでらっしゃるけれど。ちょっと人様にはお見せできない顔だ。
私はまた写真に視線を戻す。写真の中の私とアリスちゃんは、ほとんど手を繋いでいたり、アリスちゃんが私の服の裾をつまんでいたりする。
そうだ。この頃は、アリスちゃんが私に懐いてくれたばっかりの頃だっけ――
この頃のアリスちゃんは、どこへ行くにも私の後をついて回っていた。
外に遊びに行くときはもちろんだけど、家の中でも、一緒にお風呂に入って一緒に寝て、ご飯を食べるときは必ず私の隣に座りたがって。トイレにまでついてこられそうになったときは焦ったけれど……
いや、ここらへんのは今もされてるけど。トイレにまでついてこられそうになるの本当に困る。時々ドアの外で待ってることあるけれど、大丈夫かな? 音とか聞かれてないよね? いちおう音が出る装置使ってるし、平気だとは思うんだけど……
いやいや、やめよう。あんまり考えないほうがよさそうだ。もう一度写真に集中。一枚の写真に目が留まった。
私たちだけじゃなくて、同い年くらいの子たちも一緒に映っている写真。
この写真は、たしか写っているみんなで、おじいちゃんの家でかくれんぼをしたときの写真だ。
私とアリスちゃんは、隠れる側だった。いつものように私の傍を離れようとしないアリスちゃんの手を引いて隠れ場所を探して、結局、私たちは押し入れに隠れたんだった。
「おねーちゃん、くらいよぅ……」
アリスちゃんは、私に抱き着いてきて離れなかったっけ。
「だいじょうぶだよ、アリスちゃん。おねえちゃんがついてるからね」
だから、私はアリスちゃんが不安にならないように、彼女をぎゅっと抱きしめていた。
「どこにもいかないでね。わたしといてね……」
「うん。アリスちゃんといるよ。だから安心してね」
その時。部屋の襖が開いて、だれかが入ってきた気配がした。
私が立てた人差し指を唇に当てて「しーっ」とやると、アリスちゃんも真似をして、同じことをしてきた。
足音は部屋の中を歩き回って、カーテンの裏なんかを調べているような物音が聞こえてくる。
出ていく途中で、まだ押入れを調べていないことを思い出したのか、急に部屋の中に取って返し、一気に襖が開け放たれた。
部屋の光が大きく差し込んで、その子の目にははっきりと私の姿が見えた。そう、私の姿だけが。
襖が開けられる直前、私は押し入れの中にあった毛布でアリスちゃんを隠したのだ。これで見つかるのは私だけ。アリスちゃんは見つからずに済む。
私的には、アリスちゃんは守れた……そう思ってたんだけど……
「お、おねえちゃぁあああああああああんっ! いかないでぇええええええええ! くらいよぉ……っ!」
私が押し入れを閉めて、二秒と経たないうちに鳴き声が聞こえてきた。
結局アリスちゃんも見つかってしまって、けれどアリスちゃんはそれを気にできないくらいに泣いて、普段以上に私にくっついて離れなくなった……
そこまでを思い出して、ちょっと笑ってしまう。かわいかったなー、あのときのアリスちゃん。いや、今もかわいいけれども。
「どうしたの? お姉ちゃん」
アリスちゃんが小首を傾げて、不思議そうな顔で訊いてくる。
「うん。じつはね……」
私はついさっき思い出した「かくれんぼ」の話をする。
「アリスちゃんは覚えてる? あのときのこと」
「もちろん! 覚えてるよ」
すると、アリスちゃんは目を細めて、当時を懐かしむみたいに続ける。
「あのとき、お姉ちゃんは暗いのが怖くておしっこ漏らしちゃったんだよね」
「漏らしてないよ!? 変なこと言わないで!」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん! だれにも言わないし、私、お姉ちゃんのおしっこなら飲めるから!」
「ほんっとに変なこと言わないで!!」
ていうか、なんか前にも言われたような気がするな、それ。
ほんと、時々、いきなり、突拍子もないことを言い出す子だ。
「アリスちゃんが泣いちゃったって話! あのとき、私ビックリしたんだからね」
どうしたことか、アリスちゃんはぷくっと頬を膨らませて、ちょっと怒ったような顔になった。
「だって、お姉ちゃん、私を置いて出て行っちゃったんだもん」
「へっ?」
あまりにも予想外な言葉に、思わず気の抜けた返事をしてしまう。
どういうことだろう、と思っていると、
「どこにも行かないって、私といるって言ってくれたのに、私を置いて出て行っちゃったじゃん!」
「そ、それは……アリスちゃんが見つからないようにと思って……」
「それでもイヤなの! 私とずっと一緒にいて! 私を置いて行かないでっ!」
……なんか、私がアリスちゃんを捨てようとしてるみたいな、そんなふうに聞こえなくもない。なぜか罪悪感が……
「大丈夫」
私は、アリスちゃんをぎゅっと抱きしめた。あのときと同じように。
「どこにもいかないよ。私たち、ずっと一緒だよ。アリスちゃん」
「……うん」
そうしたら、アリスちゃんは落ち着いてくれたらしい。
私のことも抱きしめてくれてるし。よかった、と思っていたら、
「ズルい……」
耳元で、そんな単語が聞こえた。
「なんか、私だけ恥ずかしいこと思い出されちゃった。ズルいよ」
「そんなこと言われても……」
困る。けれど、アリスちゃんは納得がいかないご様子。ちょっと頬を膨らませて、なにか考えているみたい。
と、なにか思いついた顔になった。
「今からお姉ちゃんに恥ずかしいことをします」
「は?」
「私だけ恥ずかしいのはズルいから、お姉ちゃんにも恥ずかしがってもらいます」
「はっ?」
「えいっ!」
「きゃっ!?」
急にアリスちゃんに抱き着かれたかと思うと、アリスちゃんの手が私の体をまさぐり始めた。
「やっ、ちょ、ちょっとアリスちゃん……! なんでスカートめくるのっ?」
「めくりたいからです。えいっ」
「ひゃあっ!?」
敏感なところを触られて、変な声が。うぅっ……も、もう!
「きゃっ!?」
すぐに変なことをするんだから。それなら私だって!
アリスちゃんの制服のスカートをめくって、体に触る。触る……さわ……うぅっ!
「ひゃ、ぁはは……っ! んっ、おねえちゃ、ぁん……触り方くすぐったい、よ……っ」
「だ、だって、なんか恥ずかしいんだもん……」
「え~? 自分から触ってきたくせに~~」
アリスちゃんが目にいたずらっぽい光を宿らせて、からかうみたいに言う。
「お姉ちゃん、触ってくれるなら、もっとちゃんと触って?」
「う、うん……」
「きゃーっ! お姉ちゃんのエッチー!」
「あ、アリスちゃんが触ってって言うから!」
「じゃあ、私も……えいっ!」
アリスちゃんは、さっきよりも勢いよく抱き着いてきた。受け止めようとしたけれど、結局私は、アリスちゃんと一緒に床に倒れこんでしまう。
目が合って、特に意味もなく笑い合う。
「お姉ちゃん……ずっと一緒だよ。私を置いて行ったら、イヤだからね」
「うん。行かないよ、どこにも。アリスちゃんと一緒にいるからね」
笑い合って、唇を合わせて、また笑って……
これからも、私たちはずっと一緒にいよう。
これからも、アルバムを増やしていこう。
二人で一緒に……
「さっきお姉ちゃんのパンツの写真撮ったから、これもアルバムに加えてね」
「いりませんっ! ていうか画像消してーーっ!」
こういうのは困るし、いらないけれど。
……いや、ほんっっっっとに困るから!!
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