第91話 外はジメジメ心晴れやか
「――それでね、今日みたいに雨が降っちゃったから、結局お家で、旅行に来たっていう設定で過ごしたの」
「へぇ。そっか、そっかぁ……」
小岩井さんが女将で、遥香さんがお客さん。てことは――
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「だ、ダメです、お客様……こんなの困りますっ」
「どうして? あなたが言ったんじゃない。裸の付き合いだからって」
「い、言っていません! 私はただ、お背中をお流ししようと思って……そういう意味で言ったのでは……」
「そういう意味ってなに? ちゃんと教えて……」
「ぁ、んっ……お客さまぁ……っ」
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「きゃーーーーっ!! お風呂でそんなのって! お風呂でそんなのってぇっ!!」
「星野さん!? 大丈夫!?」
「うん。大丈夫だよ」
「ホントに!? 鼻血出てるけど!?」
「特技なの」
「特技なの!? 大丈夫!?」
おや? 小岩井さんがちょっと引いているぞ。どうしたんだろう。
私はコホンと咳払いをして、状況を整理することにした――
ある日の放課後。校舎から外へ出ると、思わぬ光景が広がっていた。といっても、雨が降っているだけなんだけれども。
だけなんだけど、それが大問題。なぜなら、私も小岩井さんも、今日に限って傘を持っていないからだ。
そんなわけで、私たちは学校で雨宿りをすることに。自動販売機でジュースを買って、教室に戻ってくる。
それで、雨が止むまでお話でもしていようとなって、私は普段二人がどんなことをしているのかが気になっていた。
もうほんと、毎日ふと想像して、寝るまえにも必ず想像して……ふへへっ!
コホン。
「ほかには? どんなことしてるの?」
「え? うーんと……あ、この間はね、制服デートしたんだ。制服着てたのはお姉ちゃんだけなんだけどね」
「ふむふむ」
遥香さんが高校生で、小岩井さんが大学生って設定かあ。遥香さんて、なんていうか可愛らしい顔立ちだし、制服は似合いそう。
きっと二人は――
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「ねえ、お姉ちゃん。ポッキー食べない? 私、お姉ちゃんと食べたくて買ってきたの」
「いいの? じゃあ、一本ちょうだい」
「うん。はいっ」
そう言って、遥香さんは口にくわえたポッキーを、そのまま小岩井さんに向けるの。
「えぇっ? で、でもそれ……」
「はやく。ほらっ」
遥香さんは小岩井さんを抱きしめて逃げられないようにして、すると、小岩井さんは顔を真っ赤にしながら、ポッキーを反対側から食べていって……
「……んっ」
二人の唇は、やがて重なるの。
「おね……遥香っ」
「言ったでしょ? お姉ちゃんと一緒に食べようと思って買ってきたって。でも……お姉ちゃんの唇のほうが甘いねっ」
「うぅっ」
小岩井さんは顔を真っ赤にしてしまって、でも遥香さんは、
「ね、もう一本食べようよ。まだいっぱいあるんだよ?」
きっと小岩井さんはさらに顔を真っ赤にしてしまって、それでも遥香さんと食べたくて、うつむきがちに「うんっ」て頷いちゃって、それでそれでそれでそれでぇええええええええええええっ!!
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「えへっ、えへっ、えへへっ、えへへへへへへへへへへへへへへ……っ!」
「今度はどうしたの!?」
「うぅん、なんでもないよ。小岩井さん、帰りにポッキー買っていこうねっ!」
「なんで!? いや、べつにいいけど……食べたいの?」
そんなふうに、私は幸せな時間を過ごしたのだった――
一時間くらい待ったけれど、雨は止んでくれなかった。
職員室で傘の貸し出しをしていることを思い出し、私たちはそれを借りて帰ることにした。
した、んだけれど……
「雨、止むどころかちょっと強くなってるね」
「う、うん」
「私、雨ちょっと苦手なんだよね。星野さんはどう?」
「ふ、普通、かな……」
さっきまでがうそのよう。私は、会話の内容なんてまるで身に入らない。
なぜなら、私と小岩井さんは、一本の傘を二人で使っているからだ。
職員室に行ったら、もう傘は一本しか残されていなかった。
相合傘! 小岩井さんと相合傘!! まさかこんな日が来るなんて!! ありがとう雨!!
「雨大好き!!」
「二秒前に普通って言ってなかった?」
思わぬ棚ぼたに、私の表情はどうしてもゆるんでしまうのだった。
「星野さん、ポッキー買っていく?」
「いいけど……小岩井さん食べたいの?」
「いや、私じゃなくて。さっき、星野さん言ってたでしょ? 帰りに買っていこうって」
……そうだっけ。全然覚えてないや。
私が「大丈夫」と言うと、小岩井さんは「そっか」と言った。……ちょっと不思議そうな顔をされました。
「……星野さん、大丈夫?」
「なにが?」
「傘の中にあんまり入ってないんじゃないかと思って」
ば、バレてる。
じつを言うと、私の体は傘からちょっとはみ出ている。だから肩がちょっと濡れちゃっているのだ。
だってだって! 小岩井さんと相合傘だなんて! こんなに近くにいるだなんて! 今でも昇天しそうなのにこれ以上近付いたら……あがががが。
「えいっ!」
「っっ!?」
あんまり急だったから、息が止まりそうなくらいに驚いた。
小岩井さんが、急に私にくっついてきた。しかも、腕まで絡めてきたから。
「ここっここっこ、小岩井さんっ!?」
「この傘あんまり大きくないし、もうちょっとくっついた方がいいよ。多分だけど、濡れてるでしょ?」
はい、濡れてます、はい。
「風邪ひいたら大変だもんね。それとも……こういうのイヤだった?」
「い、イヤじゃない! イヤなわけないよ! 小岩井さんこそ、いいの? 私なんかと……」
「当然じゃん。なんかなんて、そんなこと言わないで。大切な友達がそんなこと言ったら悲しいよ」
「ごめんなさい……」
「謝らないで。……じゃあ、今日はこうやって、くっついて帰ろうねっ」
そう言って、小岩井さんはまた私にくっついてくる。
不意に甘い匂いが香って、ドキリとする。
小岩井さん、やっぱりキレイだなあ。どうしてこんなにキレイなんだろう。ホント、私とは大違いだ。
キレイで優しくて、スタイルもよくていい匂いがするなんて、完璧すぎじゃん!
そんな子と相合傘ができるなんて……うぅ、あんまりにも幸せ過ぎる! 幸せ過ぎて……
「私、もう死んでもいい……!」
「星野さんてさ、ときどき私の話聞いてくれてないよね」
小岩井さんに呆れたように言われても、私は幸せな時間を過ごせたのだった――
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