第87話 アリスちゃんと●●に旅行 後編
「いらっしゃいませ、お客様。ようこそお越しくださいました」
着物を着た女の人が、四つ指をついて出迎えてくれた。
金色の髪に、大きな青いサファイアの瞳。それにモデルみたいにきれいなスタイル……
服装は和服だけれど、見た目は日本人離れしている。当然だ、だって彼女はハーフだし。ていうか……アリスちゃんだし。
アリスちゃんの言った〝いい案〟というのは、家で旅行をしようって言うことだった。
最初は何を言っているんだろうこの子って思ったけれど、要するに、〝旅館に来た〟っていう設定で家で過ごすってことだった。
つまり、ここは旅館じゃなく家です。
「お客様。お荷物お持ちします」
「ありがとう……ございます」
いつものように答えそうになって、文字通りとってつけたような敬語になった。
渡した旅行鞄の中には、着替えが入っている。実際に旅行に来たって設定だから、ちゃんとかばんも用意した。
私にはちょっと重かったけど、アリスちゃんは軽々持ってしまう。
部屋に案内される……と言っても、アリスちゃんの部屋なんだけど。
「わあ、とってもいい部屋ですねっ。眺めもいいし」
「ふふっ、ありがとうございます」
アリスちゃんが上品に笑う。
「実はここ、私の部屋なんです」
「へー。そうなんです……か……」
あ、あれ?
「アリスちゃん?」
最初に決めた言葉を違うことを言われ、思わず戸惑う。
ひょっとして設定を忘れちゃってるのかな、と思っていると、
「申し訳ありません、お客様」
急に後ろから抱きしめられた。
「じつは、急な団体のお客様で、お部屋が満室になってしまったんです。ですから、お客様は私の部屋にお泊り下さい」
なるほど。どうやらアリスちゃんは、急に設定を思いついたらしい。
「その代わり、お客様は、私が精一杯おもてなしをします。特別なおもてなしをたくさんしますから、ゆっくりおくつろぎくださいね」
そう耳元で囁かれて、
ついつい、私は色々なことを考えてしまうのだった――
とはいえ、
「お客様って、いつもこんな下着つけているんですか?」
「今もこんな下着つけているんですか?」
「大学に行く時もこんな下着をつけているんですか?」
…………
お荷物を整理しますと言い出したアリスちゃん……もとい、女将さんが下着ばかり手に取るので、すぐに考えは霧散したけれど。
その後も私は……
「お客様、私が着替えさせて差し上げます」
と言われて無理矢理服を脱がされた。
「はい、お客様。あーんして下さい。おいしいですか? ふふ、よかったです」
アリスちゃんが夕食を食べさせてくれた。
……なんか、やってることはほとんどいつもと同じような?
でも、お互いに浴衣を着ているからかな。ちょっと特別な感じがするかも。
ちなみに、夕食はアリスちゃんが作ってくれた。
旅館の食事っぽいメニューに食器も使って、結構雰囲気が出てる。
それを、アリスちゃんはお母さんの分も作ってくれたらしい。お母さんはリビングで食べてるみたいだけれど、私はアリスちゃんの部屋で食べていた。
すこし違うだけで、いつもと同じことをしていても、やっぱり特別な感じがする。
今さらながら、私、アリスちゃんとほんとーーーーにいろんなことをしているんだなあと思った。
だから、
「お客様、お背中お流しします」
アリスちゃんが当然のようにお風呂に入ってきたときも、べつに驚かなかった。ていうか、正直予想通りだった。
だからと言って、
「はーい。お願いします……」
と言ってしまったのは、私の間違いだった。
アリスちゃんがクスリと笑う気配がして、その直後、私はふわりと甘い匂いに包まれた。
「お客様ぁ、ずいぶん素直なんですねっ」
鏡に映ったアリスちゃんの顔が、私を抱きしめつつ、からかうみたいに笑う。
「もしかして、期待してたんですかぁ?」
「えぇっ? や、べつにそういうわけじゃ……」
「本当に?」
アリスちゃんの指が、私の肌をなぞるように触れる。
うぅ、ダメだ。こうやって触られると、どんどん変な気持ちになって、私が私じゃないみたいになっていく。
それで、気づいた時には……
「だ、だって、私がお風呂に入ってると、アリスちゃんいつも入ってくるじゃん……」
「アリスちゃんてだれですか?」
「へっ?」
「アリスちゃんて、だれですか?」
鏡の中のアリスちゃんは、私をぎゅっと抱きしめて、いたずらっぽい笑みを浮かべて耳元で囁いてきた。
……なに言ってるんだろう? またなにかの遊びを思いついたのかな……
あ、そっか。今のアリスちゃんはアリスちゃんじゃなくて旅館の女将さんって設定だから、知らないフリしてるんだ。
もう一度質問を繰り返される。……うぅ、これ、自分が満足する答えが聞けるまで、質問を繰り返すつもりっぽいよ。
「……こ、恋人……です……」
鏡越しに顔を見る余裕はなく、私は俯きながら答える。
「アリスちゃんは、私の恋人で、世界一大好きな女の子、です……」
ど、どうだろう? 満足してくれたかな。
恐る恐る視線を上げる。すると、
にへら~~~~
って感じの顔のアリスちゃんが鏡に映っていた。
よかった。満足してくれたみたい。
と思っていたら、アリスちゃんは急に生真面目な顔になった。
「そうですか……お客様、恋人がいるんですね……そうですよね、こんなに素敵な方なんですから、いないはずがありません……」
え、なに? 急にどうしたんだろう?
「お客様、今日だけ……私の相手をしてくれませんか……?」
「え、なに!? 急にどうしたの!?」
ふざけてるのかなと思ったら、アリスちゃんは思いのほか真面目な……どこか悲しげな表情をしていた。
「私、じつは最初にお会いした時から、お客様を好きになってしまったんです。今夜一晩だけでいいんです、どうか……」
自分の体を押し付けるようにして抱きしめてくるアリスちゃん。
私は混乱し始める。こ、これってどういうこと? 一体なにを考えてるんだろう……
あ、そっか。そういうプレイってことかな。
そういう設定でシたいってことかも。それなら……
「は、はい。その……私でよければ……」
「もうっ! ひどいよお姉ちゃん! 私がいながら浮気するなんて!」
「えぇええええええええっ!? 理不尽過ぎない!?」
全然違った。
たまにアリスちゃんが分からない……
お風呂から上がって、私の部屋でくつろぐ。お風呂から上がったあと、アリスちゃんに案内されたのは私の部屋だった。なんか、すぐに準備しますのでとか言ってたけれど、なんだろう……?
ちなみに、さっきのお風呂でのことは、ちょっとふざけてみただけなので別段深い意味はないらしい。
まあ、怒らせたわけじゃないならよかったけど…………いや、あれで怒るっていうのはやっぱり理不尽だよなあ。もし怒ってたら、私が謝らなきゃなのかなあ。私が悪いのかなあ……
そんなことを考えつつ、アリスちゃんが入れてくれたココアを飲む。
コンコン
私の思考を途切れさせたのはノックの音。アリスちゃんが「入ってもいいですか?」と訊いてきたので「どうぞ」と答える。
「失礼します」
アリスちゃんが入ってくる。その姿を見て……私は釘付けになった。
アリスちゃんはキャミソールを着ていた。ナイトドレス仕様の、白のキャミソール……
レースの、薄いキャミソール。薄すぎて、下につけている下着が見えていた。キャミソールと同じ、純白の下着。足はやっぱり白のニーソックスに包まれていて、ガーターベルトで吊っていた。
長くキレイな金髪をセットして、お化粧もしているみたい。
まるでどこかの国のお姫様のような恋人の姿に、私は息をすることさえ忘れて見入ってしまう。
「キレイ……」
自分の言葉が、やけに遠くで聞こえる。ていうか、それが自分の言葉だってことにも、すぐには気づかなかった。
アリスちゃんはと言えば……あれ、どうしたんだろう? もしかして、照れてる?
顔に朱を散らして、ちょっと目を見開いているみたいだった。
「あ、アリスちゃん……?」
心配になって声をかけてみると、アリスちゃんはハッとした表情になった。
さっきまでの大人っぽい表情から、いつもの表情が見えてくる。
「ご、ごめんね。ちょっと予想外の反応だったから……えへへっ、そっか、きれい……がんばってよかったぁ……」
「?」
最後のほうはよく聞こえなかったけれど、喜んでるんだよね?
「お待たせいたしましたお客様。お部屋にご案内します」
アリスちゃんが近くに来ると、ふわりと甘い匂いが香る。
……これ、香水かな? いつものアリスちゃんの匂いとは、ちょっと違う。
ど、どうしよう。めちゃめちゃドキドキしてきた。これ、アリスちゃんに聞こえてないよね?
手を引かれて向かったのは、アリスちゃんの部屋。けれど、中の様子はいつもとは違っていた。
照明の明るさも調節されていて、芳香剤の香りもいつもと違うし、音楽もかかっている。それにベッドの上には花まで散りばめられていた。
「いかがですか? お客様の為に、一生懸命準備しました」
「ど、どうも……」
こ、これって、つまりそういうことですよね。
その、私とその、そのために……っ!?
一気に体が強張る。でも、それはほんの一瞬のことだ。
やわらかで温かい感触、それに甘い香り……唇から広まった温もりは、あっという間に私の体を包み込んでくれた。
ああ、ヤバい。これヤバい……
いつもとは比べ物にならないくらいドキドキする。
自分でも気づかないうちに、私は背伸びをしていた。分かったんだ、キスされるって。
だから、アリスちゃんがキスしやすいように、こうやって背伸びをして、いつの間にかアリスちゃんを抱きしめて、アリスちゃんも私を抱きしめてくれていて……
唇が離れる。アリスちゃんの顔は、真っ赤になっていた。多分、私の顔も。
もっと、もっとキスしたい。うぅん、キス以外のことも。もっと、アリスちゃんを感じたい。
アリスちゃん……アリスちゃん……っ!?
また、体が強張った。アリスちゃんに抱きかかえられたからだ。
それも、お姫様抱っこで。
「え、あのっ、アリ……女将さんっ!?」
どーよーして上擦った声が出る。
これはさすがに恥ずかしすぎる! 年下にお姫様抱っこされるなんて!
なんて思っている間に、私はベッドまで運ばれる。アリスちゃんはとてもやさしく、私をベッドに寝かせてくれた。
「大丈夫ですよ」
耳元で、そっと囁かれる。
「いつもと同じです。一緒に、シましょうね……」
唇が重なって、肌が重なって、お互いに身を任せる。
ドキドキしすぎて、おかしくなりそうだったけれど、それ以上に、とっても幸せだった――
――――
――――――――
――――――――――――
「……雨、止んだみたい」
カーテンの隙間から外を見て、アリスちゃんが言った。
たしかに、あんなに振っていた雨はすっかり止んでいた。
「ちょうど予定と重なっちゃって、なんだかなーだね」
私は「そうだね」と同意して、
「でも、たまにはこういうのもよかった、かも……」
ついつい、思ったことをそのまま口にしてしまった。
すると、アリスちゃんは「えへへ」と笑ってベッドに横になり、私にすり寄ってくる。
「お姉ちゃん、ほんとにこの下着気に入ってくれたんだね」
そう言って、何となく自分の下着を見せびらかすような仕草をしてくる。
そのせいで、私はまたドキッとした。
「う、うん」
照れ隠しに、私はそこから視線を外す。
「なんか、ごめんね? アリスちゃんは色々準備してくれたのに、私、あんまり……」
「そんなことないよ。お姉ちゃんだってちゃんと準備してくれてるじゃん。その下着、新しいやつだよね?」
そう言って、アリスちゃんは私のブラをつんと突いてきた。
ビクンと体が震えると、アリスちゃんが抱きしめてくれる。
「とってもよく似合ってるよ。バックがレースになってるから、お尻が丸見えでエッチだと思います」
「あ、ありがとうございます……?」
あれ? 何となくお礼言っちゃったけれど、この流れでお礼は変くない?
「っ!?」
またまた体が強張る。今度はアリスちゃんにお尻を触られたから。
「あ、あの……当たってるんですけど」
「触っています」
「なんで?」
「触りたいからです。とってもいい触り心地です」
「そ、そう……」
もうどう反応したらいいのかも分からない。けど……
「お姉ちゃん。だぁい好きっ!」
今度はぎゅ~~~~っと抱きしめられる。
もうそれだけで、私の胸はいっぱいになって、
「私も。大好きだよ、アリスちゃん」
私もアリスちゃんを抱きしめ返す。
旅行には行けなかったけれど……
今日の夜は、私には一生忘れられない思い出になった。
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