第81話 ごめんね
「ごめんね、星野さん。急にお邪魔しちゃって」
「うぅん、気にしないで。小岩井さんが来てくれて、私嬉しいよ」
社交辞令に聞こえるかもしれないけど、これは私の本心だ。
小岩井さんが私の家にお泊りに来てくれた! これが嬉しくないわけがない! 滅多に見られないパジャマ姿は、しっかり瞼に焼き付けておかないと!
今日の五時過ぎ。アルバイトから帰っていると、制服姿の小岩井さんと会った。
そして彼女は言った。「お泊りに行ってもいい?」と。
断る理由もないし、来てくれるのは嬉しいからOKしたんだけど……急にどうしたんだろう?
ま、それはいっか。それよりも、パジャマ姿の小岩井さんだ!
今日の小岩井さんは、飛び込みで家に来たようなものだ。
つまり、今の小岩井さんは私のパジャマを着てる! 普段私が着てる服を小岩井さんが! わっほいっ!!
うへへぇ、なんか、アレだなあ。私と小岩井さんは、体型が違うから、ちょっと……アレだなあ。目立ってるとこがある。胸とか。
私の服を着ている小岩井さん……言葉にできない魅力だ。写真とかとっちゃ駄目かな。一枚くらいなら……
「星野さんてばっ」
「うひゃいっ!」
突然声を掛けられ、ビックリしておかしな声が出てしまう。
けれど、ビックリしたのは小岩井さんもだったみたい。少し驚いた顔をしている。
「ご、ごめんね。そんなに驚くと思わなくて……」
「う、うぅん! こっちこそ! どうかしたの? 小岩井さん」
「大したことじゃないんだけど……一緒にお風呂入りたかったなあって。星野さん、絶対に一緒に入ってくれないから」
「そ、そりゃそうだよ! だって、小岩井さんと一緒に入ったら私死んじゃうもんっ!!」
「死んじゃうの!? ほんとにっ!?」
さっきよりもビックリした様子の小岩井さんは、それからちょっと寂しそうな顔になった。
「そっか。そんなに嫌だったんだ……なんか、ごめんね」
「違う違う! そういうわけじゃないのっ!」
小岩井さんが誤解してしまっているので慌てて否定する。
嫌なわけじゃない。さっきのは言葉通りの意味だ。
小岩井さんと一緒にお風呂なんて、そんなの……そんなの幸せ過ぎて死んじゃう!
幸せ過ぎて、鼻血出過ぎて、浴槽が私の鼻血で一杯になってしまう!!
それにそれに! そんなことしたら、私絶対に小岩井さんを邪な目で見ちゃうし! それは絶対にダメ!!
「その……恥ずかしくてってことだよ。私、温泉とかも苦手だから……」
すると、小岩井さんは安心したような顔になる。
「そういうことだったんだ。温泉かあ……最初知ったときはビックリしたなあ。知らない人と一緒にお風呂入るなんて。イギリスにはそういうの無いから。……そういうことなら、仕方ないよね」
よかった。
何とか誤魔化せたみたい。
……ていうか、小岩井さんは平気なのかな?
海外の人って、温泉が苦手って話を時々聞くけど。……ハッ!? ま、まさか……
いつも遥香さんと一緒にお風呂に入ってるから慣れてるとか!?
いつも一緒に入って浴槽の中でくっついて体洗いっこしてえっちなところまで洗い合ったり舐め合ったりぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!??
「ぷしゅ~~~~~~~~……っ」
「星野さんっ!?」
倒れそうになった私を、小岩井さんが支えてくれる。
うへへっ。幸せぇ~~……
「小岩井しゃぁん……遥香さんと、いつまでもお幸せに……ね……」
「急にどうしたのっ!? 私、ときどき星野さんが分からないよ」
なぜか疲れたように言う小岩井さん。
薄れゆく意識の中で言葉を聞いていた私は……
「……無理だよ。私、お姉ちゃんとケンカしちゃったから……」
「えぇええええええええええっ!? なんでどうしてなにがあったのっ!?」
一瞬で意識を覚醒させた。
お姉ちゃんとケンカしちゃったの。
と、小岩井さんはもう一度言った。
「お姉ちゃんなんてもう知らないっ」
プイっと顔を逸らして、頬を膨らませる小岩井さん。……かわいい。
いやいや、そうじゃなくって!
「ケンカってどういうこと!? 一体何があったのっ!?」
思わず身を乗り出して尋ねる。
けれど、対照的に小岩井さんは不貞腐れたような顔で「もういいの」と言った。
「よくないよ! 小岩井さんは本当にいいのっ!? お姉さんとケンカしたままなんて!」
「ちっともよくないよ!」
!
こ、小岩井さんが……小岩井さんが私の肩を掴んで……っ!
「お願い星野さん! 仲直りに協力してっ!」
小岩井さんいい匂い。それにキレイだなあ。どうしてこんなにキレイなんだろう……
「うへへぇっ。小岩井さぁん……っ」
「って聞いてる!?」
……コホン。気を取り直して、
「勿論協力するけど、私何したらいいの?」
すると、小岩井さんはうーんと唸った。どうやら、何も考えていなかったらしい。けど「そうだっ!」と閃いた顔になると、
「星野さん、お姉ちゃんの役やってくれない?」
と言うのだった……
そんなわけで、私は遥香さんの役をすることになったんだけど、
「ごめんね、お姉ちゃん……」
「うふぇあえぇえっ!?」
奇声を上げてしまう私。
小岩井さんはビックリして「どうしたの!?」と訊いてくる。
でも、今のは仕方がないと思う。だって、小岩井さんは私を後ろから抱きしめて、今の言葉を囁いてきたんだからっ!!
「ご、ごめん。いきなりだったからビックリしちゃって……」
小岩井さんは「そっか」と言った後で「あのね」と続ける。
「あのね、お姉ちゃんて、こうやって後ろからぎゅってされるのが好きなの。いつもやってるから、つい……
「いつもやってるのっ!?」
そっか、そうなんだ……
いつも遥香さんを後ろから抱きしめてるんだ。
そのあとはどうしてるんだろう? やっぱり、その……その……
「へへへへへへへへへへへへへへっ!」
「今度はどうしたのっ!?」
「おっといけない。涎がへぇへへへへへへへへへっ」
なんでもないよ! 私は大丈夫だから!
「なんか喋ることと思ってる事逆じゃないっ!?」
私が遥香さんの役をするのは、ちょっと無理みたいだった……
翌日。
今日は平日なので、私たちは学校がある。
制服に着替えて、ご飯を食べて……いつもと同じ朝。違うのは、小岩井さんがいること。
そして、もう一つ違うのは……小岩井さんの元気がないことだ。
「うぅうううっ」
これは小岩井さんの唸り声だ。
「うぅうううううううう~~~~~~~~……っ」
登校中。小岩井さんは死にそうな顔をしていた。
「お姉ちゃんと仲直りできなかったらどうしよう……」
「大丈夫だよ、小岩井さんっ!」
見ていられず、私はその手を握る。
「きっと仲直りできるよ! だって、遥香さんはとっても優しい人だもん。小岩井さんが一番よく知ってるでしょ?」
ちょっとズルい言い方かな……と思ったんだけど、小岩井さんは「うん。そうだね」と頷いてくれた。
「仲直りできる……うぅん、して見せる! そうと決まればお姉ちゃんに会いに行かなきゃ!」
「今から!? 遅刻しちゃうよ!?」
相変わらず、遥香さんが絡むと周りが見えなくなるんだなあ……と思っていると、
「アリスちゃんっ」
私にも聞きなれた声が。
「っ!?」
……び、ビックリした。
今の小岩井さんの反応すごかった。磁石に引き寄せられるみたいに振り向いてた。
「お姉ちゃぁああああああああああああんっ!」
「アリスちゃ……むぷっ!?」
愛しの遥香さんの姿を見とめるなり駆け寄っていった小岩井さんは、その勢いのままに遥香さんをぎゅ~~っと抱きしめた。
「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃぁあああああああああああああんっ!!」
「なになになになにどうしたのっ!? ってひゃあ!? やっ、やだやだやめて! ここじゃだめだよ! まって……待ってってばぁ……っ!」
なになになになになにしてるのっ!? なんか私が笑顔になることしてるっぽい!?
私が見に行こうかどうか迷っている間にも、二人の絡みは続く――
「会いたかったよお姉ちゃぁああああああんっ!」
「だ、だから待ってってば……もうっ! 私怒ってるんだよ!」
「えぇ!? なんでなんでっ!?」
「なんでって……いきなりいなくなったりして、私心配したんだからね!?」
……そっか。
いきなり飛び出して行っちゃったからお姉ちゃんには言ってなかったんだ。おばさんには連絡しといたけど……
「ごめんね。お姉ちゃん……」
「いいよ。なんともなくてよかったよ」
「うん。でも、それだけじゃなくて……」
「それも。もういいの。ごめんね。私……」
「うぅん、違うよ! 私が悪いの! ごめんね、お姉ちゃん……」
謝り合って、顔を見合わせて……私たちは笑い合った。
それで、私はあることに気づく。
「お姉ちゃん。目の下黒くなってる……それ、どうしたの?」
「えっ? んーん、別に何でもないよ」
「もしかして、遅くまで私のこと探してくれてたの?」
私の言葉に、お姉ちゃんは何も答えずに顔を逸らす。
けれど、その顔は真っ赤に染まっていて……
「お姉ちゃ~~~~~~~~んっ! 好き好き好き好きだぁい好き! 私、もう一生お姉ちゃんの傍を離れないからねっ!」
「うん。私も大好きだよ」
「じゃあさ、お姉ちゃんも一緒に学校行こ? 制服着て!」
「なんでそうなるの!? 意味が分からないよ!」
「だってずっとお姉ちゃんと一緒にいたいんだもん。離れないためには一緒に来てもらわなきゃ。ね、いいでしょ?」
「ムリムリムリムリ! 高校生に交じって制服着るとかムリですほんと勘弁してっ!」
お姉ちゃんの制服姿、すっごくかわいいのになあ。
まあ、お姉ちゃんはなに着てもかわいいけど!
「じゃあ、チューしよ?」
「えぇっ!?」
なぜかお姉ちゃんはビックリしてる。
「だって、昨日はあんまりキスできなかったんだもん。だからしたいの。いっぱいしよ? ねえいいでしょ?」
照れながらも、お姉ちゃんはコクリと頷いてくれたので、
「んむぅっ!?」
ほとんど同時に、私はお姉ちゃんの唇を塞いだ。
ああ、お姉ちゃん。お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんっ。
なんだろう……なんだかいつもより刺激が強い。夜、お姉ちゃんと一緒に寝なかったからかなあ。
私、本当にお姉ちゃんがいなきゃダメなんだ。
「えへへへへっ」
「ど、どうしたの?」
急に笑った私を、お姉ちゃんは不思議そうな顔で見ていた。
「私ね、もうお姉ちゃんがいなきゃダメなんだなあって思って」
すると、お姉ちゃんはまたまた顔を真っ赤にして私から視線を逸らした。
どうしたんだろう? もしかして、エッチな意味にとったのかな? 照れてるお姉ちゃんってホントにかわいいなあ。
今なら変なことしても怒られないかも……と思っていると、
「私も……だよ」
それよりも早く、お姉ちゃんが言った。
その目は、いつの間にか私のことを見ている。
「寝不足なのはね、アリスちゃんを探してたからってだけじゃないの。探してる途中で、お母さんからどこに行ったのかは聞いたけど、でも、アリスちゃんはいなかったから。アリスちゃんと一緒に寝るのが普通になってるから、アリスちゃんがいないと、なんか私……」
「お姉ちゃ~~~~~~~~~~んっ!!」
お姉ちゃんを抱きしめる。ただひたすらに抱きしめた。
「かわいいかわいいかわいいかわいいっ! かわいすぎるよもう~~~~~~~~~~っ!!」
「ど、どうも……」
お姉ちゃんの控えめな返事もかわいい。
ああもう、ほんとーにかわいいなあ。お姉ちゃんの全部がかわいい! 大好き!
「お姉ちゃん、今日一緒に寝ようね」
「……うん」
「明日も明後日も、ずぅっと一緒だよ」
「うんっ」
そうして、私たちはまた唇を重ねた――
「ごめんね、星野さん。遅くなっちゃって。行こっ。…………星野さん? ほし……し、死んでる……っ」
いつの間にか、星野さんは血まみれで倒れていたのだった。
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