第80話 どうしてほしいの?
「むむっ!?」
昼休み。星野さんから借りた雑誌を読んでいると、見逃せないページが目に入った。
そこにはこう書かれていた。
〝今週のB型は超ラッキー! 望んでいることが現実になるかもっ!?〟
私の望みは、もちろんお姉ちゃんとのこと! お姉ちゃんとデートしたいっ!!
この間したばっかりだけど! もっともっとしたい! 毎日でもしたいっ!!
なんて思っていると、お姉ちゃんからメッセージが来た。
今日、学校が終わったら私に付き合ってくれない?
その一文を見て、私は……私は……
「お姉ちゃーーーーーーーーんっ!!」
「わっぷっ!?」
待ち合わせ場所の駅前についた私は、お姉ちゃんを見つけると抱き着いた。
お姉ちゃんは驚きつつも、私を抱き留めてくれる。それが嬉しくて、私はさらにお姉ちゃんをぎゅ~~っと抱きしめる。
「ど、どうしたの、アリスちゃん……」
「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんてどうしてそんなにかわいいの?」
「うぇっ!? わ、分かんないです……」
お姉ちゃんは顔にさっと朱を散らして、私から目を逸らすとちょっと困ったみたいに、でも嬉しそうに言った。
……かわいい。
「かわいいかわいいお姉ちゃん。チューしてくださいな」
「え、ここで?」
お姉ちゃんは辺りを見回すと、ちょっと困った顔になった。
「それはちょっと……困るよ。人たくさんいるし……」
「そんなぁ。せっかくのデートなのにぃ」
唇を尖らせると、お姉ちゃんは、
「え? デート?」
「うん。デート」
「「…………ゑ?」」
私はまた唇を尖らせていた。さっきとは違う理由で。
お姉ちゃんは私をデートに誘ってくれたんじゃなかった! お夕食の買い物に付き合ってって意味だった!
「ひどいよお姉ちゃん! 私を弄ぶなんて! 大好きっ!!」
「ご、ごめん……え、えぇっ?」
どうして怒ってるのというお姉ちゃんの質問に、私は素直な気持ちを返す。
「あのね、怒ってるわけじゃないよ。ただ、学校終わったら付き合ってっていうメッセージを見て、デートに誘われたって思ったの。私が勘違いしちゃっただけだから……」
お姉ちゃんが罪悪感を持たないように言葉を選びつつ言う。実際にお姉ちゃんは悪くないわけだし。
けれど、私の言葉を聞いたお姉ちゃんは、混乱していた表情から何かを決心した表情に変わると「ちょっと待っててね」と言ってどこかに行ってしまった。
言われたとおりにジッとしていると、待つほどもなくお姉ちゃんは帰ってきた。
「はい、アリスちゃん」
「ありがとう……これ、スムージー?」
「うん。移動販売で売ってるやつなんだけど、結構おいしいんだ」
飲んでみると、すっきりした味で確かにおいしい。
言うと、お姉ちゃんはよかったと言って笑ってくれた。
「でも、急にどうしたの? 喉渇いたの?」
「そういうわけじゃないんだけど……こうしたら、ちょっとはデートっぽくなるかなと思って」
予想外のことを言われて、私はポカンとしてしまった。
「私たち恋人だし、婚約者だし、どこかに遊びに行くんじゃなくても、一緒に買い物するだけでも、デートって言えると思うんだ。だから、その……デート、しよっ?」
言っていて自分で恥ずかしくなってきたのか、お姉ちゃんは顔を真っ赤にしている。
それでも、目だけは逸らさずに私を見てくれていて。
そんなお姉ちゃんを見て、私は……私は……
「お姉ちゃーーーーーーーーーーんっ!!」
「むにゃっ!?」
またまたお姉ちゃんを抱きしめる。
「かわいいかわいいかわいいかわいいっ! 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き~~~~~~っ!!」
ほんとにかわいい! ほんとに好き! 大好き! 好きすぎてどうにかなっちゃいそう!!
おかしくなりそうな私を、お姉ちゃんは背中をバンバン叩いて引き戻してくれた。
ただ、それは私の為というよりも、どうも強く抱きしめすぎちゃったらしい。お姉ちゃんの息はちょっと荒かった。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんてどうしてそんなにかわいいの?」
「えぇっ? な、なんでだろ……?」
またまた混乱しているのか、目をパチパチしているお姉ちゃん。顔が真っ赤になっているから照れているみたい。
「かわいいかわいいお姉ちゃん。チューして下さいな」
「ま、またですか……」
今度は、お姉ちゃんはちょっと考えてくれたみたい。
けれど、小さく首を横に振ると、
「あ、後でね。ここ人いるし……」
恥ずかしそうに、言ってくれたのだった。
キスしてくれなかったのは残念だけど、でも……
「あれ? お醤油ってまだ残ってたっけ?」
「そろそろ無くなると思うよ」
「そっか。じゃあそれと、あとは……」
この会話、何か新婚っぽい!
まだ結婚してないのに! もしかして、私たちいつの間にか結婚してたのっ!?
そんなの……そんなの……
「お姉ちゃん、私、絶対にお姉ちゃんを幸せにするからね」
「えぇっ!? 今度は何事!?」
混乱しているお姉ちゃん。
私は、そんなお姉ちゃんをぎゅ~~っと抱きしめたのだった……
……おかしい。
アリスちゃんがおかしい。
アリスちゃんのテンションがおかしい。
買い物を終えた帰り道。二人でエコバッグの持ち手を片方ずつ持ちながら、私は内心首を傾げる。
いきなり抱きしめてきたり、チューしてって言ったり、さっきはいきなり「幸せにするからね」なんて言い出したし。
……あれ? やっぱりいつも通りかも。
でもなあ、なんかいつもと違う感じがするんだよなあ。
やっぱり、さっき言ってたことかな?
デートと勘違いしちゃったって。一応フォローはしたつもりなんだけど。それに、私としては二人で出かけるだけでデートって思ってるんだけどな……
気になったので訊いてみることにした。
いつもより元気な気がするけど、いいことでもあったの?
するとアリスちゃんは、星野さんから借りた雑誌に臨むことが叶うと書いてあったと教えてくれた。
それで私とデートがしたいと思ったら、私からのメッセージが来て勘違いしてしまったことも。
そっか。そういうことだったんだ……
「ねえ、アリスちゃん」
気づいた時には私は言っていた。
「私にしてほしいことって、ある? 私たちは婚約者同士なんだから、してほしいことがあるなら、私なんでもするよ。雑誌の占いとか、そういうの関係ないからね」
アリスちゃんは足を止めて、驚いたような顔で私を見た。
それからギリギリ聞こえるくらいの小声で「あの雑誌やっぱり当たったんだ」と言った。
「じゃあ、キスして」
アリスちゃんの要求は、今日何度も言われた言葉。
言われたけど、周りに人がいるのが恥ずかしくて「いいよ」って言えなかったこと。
でも……
周りを見る。
さっきまでと違って、今は周りには誰もいなかった。夕暮れの住宅街の中、私とアリスちゃんの二人きり……
「いいよ」
だって、今は二人きりなんだから。
誰もいないから、大丈夫だよね。
「キス、しよっ?」
背伸びをして、アリスちゃんとそっと唇を重ねる。
不意を突かれたらしいアリスちゃんは一瞬驚いていたけど、すぐに自分からしてくれた。
「……お姉ちゃん、私のこと好き?」
「うん。好き。大好きだよ」
「じゃあ、お願い。好きって言いながらキスして」
「……うん。分かった」
私たちは、もう一度唇を重ねる。
「あ、アリスちゃんっ。好き……んっ、好き、大好きだよ……!」
「私もっ。私も大好き! ちゅっ……好き、好き好き好き好きっ! お姉ちゃん、好きぃ……っ!」
……何だろう。今日のキス、いつもより気持ちいい。
ピリピリと強い刺激に襲われて、つま先立ちになっている私は、最終的にアリスちゃんに寄りかかるような体制になった。
重いかなって思ったけど、アリスちゃんはその感触すら心地よさそうな顔をして、私の唇の端から垂れたよだれをペロッと舐めて笑う。
「お姉ちゃんかわいいっ」
妙に気恥しくて、私は視線を逸らしてしまう。
けれど、アリスちゃんはクスリと笑った。その反応もかわいいって言うみたいに。
「そのまま私に寄りかかっててね。私、お姉ちゃんのことなら全部受け止めるから」
「う、うん……」
真っ直ぐな言葉に、私の視線はアリスちゃんに戻る。
アリスちゃんは、私をじっと見つめてくれていて、
私たちは、また唇を重ねたのだった――
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