第79話 にゃんにゃんにゃにゃ~~んっ!

「ん~。なぁんか暇だにゃ~」


 というのは、井上の言葉だ。


 別に普段ならいつも通りって感じだけど、一つ問題が。今はバイト中だ。つまり……



「なんかいつもよりお客さん少ないですよね」


 アリスちゃんも井上に同意。


 私は店内を見まわす。アリスちゃんの言う通り、今日は休日なのに、いつもよりガランとしてる。


「ていうか、最近いつもこんな感じですけど……」


「ほんとほんと。忙しすぎるのもヤだけど、暇なのもなんだかなーだよね……きゃっ!?」



 び、ビックリした。いきなりアリスちゃんに抱き着かれて、ついでに体を撫でられたから。


「わっ!? ……ど、どうしたの急に……」


「お姉ちゃんがかわいいから抱きしめてます」


「そ、そう……きゃっ!? な、なんでスカート捲るの……?」


「だってお姉ちゃんかわいいんだもん」


「意味分かんないよ……えいっ」


「きゃっ!? や~、お姉ちゃんがスカート捲った~」


「先に捲ってきたのアリスちゃんでしょっ!」



 なんて、いつもと同じようなやり取りをアリスちゃんと続けていると、


「……二人共さ、私がいること忘れてるでしょ」


 井上の呆れた声が聞こえてきたので、私たちは慌てて離れ……ない。


 私は離れようとしたんだけど、アリスちゃんは私を抱きしめたままなので身動きが取れない。



「あの、アリスちゃん? 離してほしいんだけど……」


「え? お姉ちゃん、私と離れたいの……?」


 うるうる、とアリスちゃんは潤んだ目で私を見てくる。


「そんなことない! ずっとアリスちゃんと一緒にいたいよ! 大好きだもんっ!」


「私も、大好きだよお姉ちゃん! ずぅっと一緒にいようねっ!」


「うん、アリスちゃん……」


「お姉ちゃん……」


 そして、私たちの顔は何かに引き寄せられるように近づいて行って……



「あーゴホンゴホン! 何だかあっついなあ! まだ春なのになあ!」


 井上のわざとらしい言葉でハッと我に返り……



「ちゅっ」


「にゃぷっ!?」


 アリスちゃんに、ペロリと唇を舐められた。


 まるで、この間デートしたときみたいに。ペロッて、ペロッて……


 うぅっ、ヤバ。これヤバいよ。体温がどんどん上がってく。顔が真っ赤になっていくのが自分で分かる……



「お姉ちゃんかわいい~~~~っ!」


「アリスちゃんっ! 恥ずかしいことしないでよ! もう……っ」


「どうして? お姉ちゃんの唇、とってもやわらかくて甘いのに」


「そういう問題じゃないよ……」


 何だか、私ばっかり恥ずかしい目に合ってる気がする。


 こうなったら、私もアリスちゃんの唇、舐めちゃおっかな。


 そう思って、アリスちゃんを見る。アリスちゃんの、薄くて、ピンク色のきれいな唇……



 ってムリムリ! そんなことできないって!


 結局勇気が出なくて、私はアリスちゃんに身を任せるしかなかった。



 ……気づいた時には、井上は無我の境地に達していた。




「近くの猫カフェにお客を取られてるみたいなの!」


 というのはオーナーの言葉だ。どうやら、それがお客が少なくなった理由らしい。


 そういえば、大学の近くに猫カフェができたって、ゼミで話したっけ。あの時は軽く流したけど、まさかこんなことになるなんて。


 とはいえ、どんなお店なのか気になるのも事実。そんなわけで、次の休日、私とアリスちゃんは敵情視察という名目で件の猫カフェにやってきた。



「わぁ~、みんなかわいいっ」


 お店に入るなり、猫たちが私たちのところにやってきた。


 アリスちゃんはその中の一匹を抱き上げて撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らした。



 私も同じように抱き上げて撫でてみる。すると「にゃ~」と鳴き声を上げて体を寄せてきた。


 ……かわいい。


「よしよし、いい子だね~……ん? ここが気持ちいいの? そう、よかったね~」


 なんか癒されるな~。来る人の気持ち分かるかも。


「みんなかわいいね、アリスちゃん」


「……うん。そうだね」



 ……あれ? なんか、アリスちゃんの言葉と態度があってないような。


 さっきまで楽しそうに、嬉しそうに猫を撫でていたのに、今はちょっとムスッとしてる。ていうか、


 さっきまでアリスちゃんに身を任せていた猫が、威嚇するみたいな鳴き声を上げて行ってしまった。



「あっ」


 残念そうな声を出すアリスちゃん。


 その後、アリスちゃんの様子が変わることもなく、その所為でだろうけど、猫もアリスちゃんに寄って来なくなってしまった……




 その日の夜。


 お店での様子が気になった私は、アリスちゃんの部屋に行った。


 理由を訊いてみると、



「だって、お姉ちゃん猫ちゃんばっかりかわいがってるんだもんっ!」


 とのことだった。


「せっかく一緒にいるのに、ちっとも私に構ってくれなかったじゃん! お姉ちゃんのイジワルっ!」


「そ、そう言われても……」


 猫カフェに行ったから猫を撫でたわけで、アリスちゃんだって最初は楽しんでたじゃん。そう言ったら、



「…………」


 アリスちゃんはムスッとした顔になった。


 それから、何かを思いついた顔になる。何を言うかと思えば、


「じゃあ、私猫になるっ!」


 ……………………へ?



 ネコ……ネコって、そういうこと!? 私のほうからシてほしいって。


 きゅ、急にそんなこと言われても困るよ……



「にゃ~~~~んっ」


 そ、そんな「にゃ~~~~んっ」だなんて。私……


 え? にゃ~ん?



「にゃんっ」


 見ると、そこにはアリスちゃんが。猫耳をつけた、アリスちゃんが。


 それはこの間のデートの時にお揃いで買った、もこもこの猫耳だ。


「にゃんにゃ~~ん」


 アリスちゃんは身を乗り出し、私の肩をそっと掴んできた。そして、



 ぺろっ



 私の首筋を舐めてきた。



「ひゃぁあっ!?」


 突然のことに、ビクンと体が震える。


 私の反応に、アリスちゃんもビックリしたみたい。だけど、すぐにその顔にはいつもと同じからかうみたいな笑みが浮かぶ。



「あ、アリスちゃん、くすぐった……ひゃあっ!? あっ、やっ……ダメッ……やめ、てぇ……っ!」


 アリスちゃんに体を舐められるたび、私の体はビクビク震える。


 絶え間なく静電気が流されているみたいな刺激に、私の体は震え続けて、どんどん体温が上がってくる。きっと、私は今顔どころか全身が真っ赤になってるに違いない。


 や、やば。頭が真っ白になって、変な気持ちになってきた。


 それが無性に恥ずかしくて、アリスちゃんから一度離れようと体を引く。するとアリスちゃんはついてくるので、結局私は押し倒されてしまった。



「アリスちゃっ……ま、待って……わたし……っ」


「にゃぁ~~ん」


 けれど、止めるどころかアリスちゃんはヒートアップ。体を擦りつけるみたいにしながら舐めてきた。


 も、もうっ! こうなったら……



「にゃっ!?」


 されてばっかりいられない。私は隙をついてアリスちゃんの頬を舐めた。


 すると、よっぽどビックリしたんだろう。アリスちゃんは私から離れそうになったので、私は慌てて恋人を抱きしめる。



「に、にゃぁ……」


 うぅ、これ超恥ずかしい。でも、ここまで来て、今さら後には引けない!


「にゃん、にゃぁ~んっ!」


 まだ驚いているアリスちゃんの頬を首筋を舐める、舐める、舐める、舐め……っ!?



 舐め返された。


 またアリスちゃんに色々なところを舐められて、私も舐め返して……


 それを繰り返していると、ふとアリスちゃんが、



「な、なんか、恥ずかしいね……これ」


「今さら? 自分からしてきたくせに……」


「だって、お姉ちゃんもしてくれるなんて思わなかったんだもん」


 なんか自分だけするならいいみたいな言い方。アリスちゃんの基準がよく分からない。


 ……なんて思っている間に、アリスちゃんは本当に止めちゃいそう。


 だから、私は慌てて、



「ま、待って!」


「……お姉ちゃん?」


 どうしよう、言うの恥ずかしい。するのと同じくらい。


 でも言わなきゃ。だって、私……



「あの、あのね。舐められると、すっごく恥ずかしいけど、体がピリピリってなって、キスとは違うピリピリで……気持ち、よくて……私、アリスちゃんに舐められるの好きみたい。だから、その……舐めっこ……舐めっこ、しよ……っ?」


 い、言っちゃった。


 舐められるのが好きって、私変態みたい。


 どうしよう……? アリスちゃん、引いちゃったかな……



「お姉ちゃんかわいい~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!!」


「ふぎゅっ!?」


 引くどころか抱きしめられた。


「かわいいかわいいかわいいかわいいっ! 顔真っ赤にして一生懸命おねだりするお姉ちゃんかわゆすぎ~~~~~~~~っ!!」


「ど、どうも……」


 恥ずかしすぎて、自分でもよく分からない返答をしてしまう。


「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんてどうしてそんなにかわいいの?」


「えっ? わ、分かんないです……」


 とはいえ……


 よかった。アリスちゃんが受け入れてくれて。



 でも、どうしてだろう。


 心の底では、きっと受け入れてくれるって、最初から分かってた気がする。




 予想外だったのは、


「あ、あのさ……これ、ほんとに私もつけなきゃダメ?」


「もちろんっ!」


 私も、もこもこの猫耳をつけることになったことだ。


「大丈夫っ! お姉ちゃんとってもかわいいもん!」


 そういう問題じゃないんだけどなあ……


 仕方ない。アリスちゃんがつけてるのに私だけ付けないって言うのも、ちょっとアレだもんね。



 もこもこ猫耳をつけて、指を絡めて手を繋いで、改めてアリスちゃんと向き合う。


 うぅ、すっごくドキドキしてきた。心臓の音がヤバい。アリスちゃんに聞こえてたりしないよね……?」



「お姉ちゃん」


「……う、うん」


 今、気づいた。


 アリスちゃん、顔真っ赤だ。そっか、アリスちゃんも恥ずかしいんだ。


 恥ずかしいけど、したいって、思ってくれてるんだ……



 ドキドキしながら、お互いに、ゆっくりと顔を近づけていって……


 ぺろ……ぺろ……っ


「んっ……あっ、はぅっ……っ……」


 くすぐったい……


 くすぐったくて、恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそうっ。


 アリスちゃん……



 不意に、アリスちゃんがクスリと笑った。


「え? な、なあに?」


「前から思ってたけど、お姉ちゃんて、舌、短いよね」


「そうかな……? 気にしたことないから分かんないけど」


「じゃあ、比べっこしてみよ?」


 そう言って、アリスちゃんはぺろっと舌を出す。


 そのまま、私をじっと見つめてきて……



 なんだろう。アリスちゃんのこの顔、すっごくドキドキする。なんていうか……ちょっといやらしい感じ。


「おねえひゃん?」


「ご、ごめんっ」


 私も舌を出して、比べられるくらいまで近づく。と、



「えいっ」


「っ!?」


 アリスちゃんが身を乗り出して、


 ぴとっ


 私たちの舌がくっついた。



「ほあね、わたしの舌のほおが長いえしょ?」


 楽しそうなアリスちゃん。一方の私は、状況について行けずに無言でコクリと頷くしかない。


 でも、



 ぺろっ



「っ!?」


 一瞬、何をされたのか分からなかった。けど、すぐに分かった。



 私、今舌を舌で舐められたんだ。



「お姉ちゃんのかわいい舌、とってもおいしいっ」


「も、もう! アリスちゃんっ!」


「えへへ。ごめんなさ~い」


 アリスちゃんは、多分反省してない。でもそれでいい。私も本当に怒ってるわけじゃないから。


 私はもっと……



 唇を重ねる。すると、アリスちゃんはすぐに答えてくれる。


 さっきまで舐め合って、重ねていた舌を、今度は絡ませる。



 甘い……


 アリスちゃんとの時間は、いつだって甘い。


 大好きな恋人と過ごす、この時間が私は大好きだ。



 アリスちゃんに舐められると体がピリピリして、その刺激がとっても好き。


 でも、やっぱり、


 一番刺激が強くて甘いのは、キス。


 そう思えるのは、アリスちゃんも同じことを考えてくれてるって、分かるからで……



 一度離れて顔を見合わせて、二人クスクスと笑い合う。


 そして私たちは、もう一度唇を重ねたのだった――




 ちなみに、お客さんが減ったことへの対抗策は、


 駅前でチラシ配りをしたり、お店の前でケーキを販売したり試食用の一口サイズのケーキを配るということになった。

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