第82話 ご褒美メイドのご奉仕

「お、お嬢様。あ~んして下さい……っ」


「あ~~ん」


 パンケーキを一口サイズに切って、生クリームとハチミツを絡めてアリスちゃんの口元に運ぶ。


「ど、どうですか? お嬢様……」


「うん。とってもおいしい。ありがとう、メイドさん」


 嬉しそうに笑うアリスちゃん。私も笑顔で「よかったです」と返す。返す……かえ……



 うぅううううううううううううううううううううううううっっ!!



 何コレ何コレすっごい恥ずかしい! なるべく気にしないようにしてたけど、一度気になったらダメだ。


 土曜日。私は『ルエ・パウゼ』から持ってきたメイド服を着て、アリスちゃんに昼食のパンケーキを食べさせていた。




 先日、私はアリスちゃんからある頼みごとをされた。


 それは、テストでいい点を取ったらご褒美が欲しいというもので、それがモチベーションに繋がるならと思って私は「いいよ」と答えたんだけど、


 見事百点を取ったアリスちゃんが頼んできたのは、



「お姉ちゃん! メイド服着て私にご奉仕してっ!」



 だった。



 そんなわけで、今日私は朝からメイド服を着てアリスちゃんにご飯を作ってそれを食べさせている。


 なんかなあ。もっと、どこか遊びに連れて行ってとか、そういうことを頼まれると思ってたんだけどなあ。でも……



「どうかしたの?」


 気づけば、アリスちゃんは不思議そうに私を見ている。


 しまった、ちょっとボーッとしちゃってた。


「なんでもないです、お嬢様」


 すると、アリスちゃんは「ふーん」と気のない返事をした。


 でも、すぐに何かを閃いた顔になる。



 アリスちゃんは手を伸ばし、パンケーキのクリームを人差し指ですくうと、それを自分の頬につけて、


「んっ」


「え、なあに?」


 すると、アリスちゃんは今度はちょっと不満げな顔をした。



「分かってるくせに。メイドさん、舐めとって下さいな」


 うっ。


 やっぱそうきますか。


 これ恥ずかしいんだよなあ。でもイヤだとは言えないし。


 仕方ない……うぅ、えいっ。


 勢いに任せてペロッと舐めとる。



「な、舐めましたよ……」


「んーん、まだだよ」


 アリスちゃんは頬を差し出したまま言う。


「もっとちゃんと舐めてくれないと困るよ。べとべとしちゃうもん」



 アリスちゃんはからかうみたいな目で私を見てくる。


 私を恥ずかしがらせて楽しんでるんだ。いつもそうなんだから……よし、そっちがその気なら!



「はい、お嬢様。私……えと、せ、精一杯舐めさせていただきます……っ」


 私は舌を伸ばして、アリスちゃんの頬をぺろりと舐める。


 舐めて舐めて、唇をくっつけて、舐めまわして、吸ってもみる。いつもキスをしているときみたいに。唇を離したとき、私の舌からはだらしなく糸を引いていた……



 やば。これ恥ずかしすぎる。でも、これでアリスちゃんもちょっとは……


 恥ずかしがってるかな、と思いつつアリスちゃんを見ると、


「うへへへへへぇっ!」


 …………なんか、とっても嬉しそうに笑っていらっしゃる。



「ど、どうしたの?」


「だってさだってさ、お姉ちゃんからこんなことしてくれるなんて嬉しくって。お姉ちゃん好きぃ~~っ」


 ぎゅ~~っと私を抱きしめてくるアリスちゃん。


 見た目はすっごく大人っぽいのに、こういうところは甘えんぼっていうか、昔から変わらないんだよね。


 それがすごく嬉しくて、かわいくて、愛おしくて、自然と私も抱きしめ返す。



「メイドさん。お礼に私もぺろぺろしてあげるねっ」


「え、えっ? ちょ、ちょっと待っ……ぁっ……んんっ!」


 とはいえ、こういうのは困るけど。


 ……いや、ウソ。私、こういうの、好きになっちゃってる……



「えいっ」


 ボーッとしていた頭がちょっとクリアになる。


 アリスちゃんは指ですくったクリームを私の頬につけると、それをペロッと舐めてきたからだ。


「きゃっ」


 ちょっとビックリして短い悲鳴が漏れる。けれど当のアリスちゃんは、


「ふふっ、あまぁい。メイドさんかわいいから、もっとぺろぺろしちゃお」


 とっても嬉しそうだった。



 すごく恥ずかしいことをされているはずなのに、この笑顔を見ると「まあいっか」と思えてしまうのだから不思議だ。


 とはいえ……




「もう、お嬢様。やりすぎです」


「えへへっ。ごめんなさぁい」


 言葉では謝っているけれど、相変わらず全然悪いと思ってなさそう。


 まあ、いいんだけどね。私も本気で怒ってるわけじゃないし。



 あの後、アリスちゃんは私の頬だけじゃなく、色々なところをぺろぺろ舐めてきた。


 私も仕返しに……と思ったんだけど、さすがにそんな勇気はない。


 体がべとべとしてきたので、シャワーを浴びようということになって……



「きゃあっ!?」


 あまりにも突然のことにビックリした。アリスちゃんにメイド服を脱がされた。


「い、いきなり何するのっ!」


「何って……」


 両手で体を隠すようにしながら言う。


 すると、何故だかアリスちゃんはキョトンとした顔になった。


「お洋服脱がしただけだよ? シャワー浴びるなら脱がなきゃ」



 そ、それはそうだけど……


 脱がすなら脱がすって、一言言ってほしいなあ。



「さあさ、入ろ入ろっ」


 アリスちゃんは私の腕に自分の腕を絡めて、一緒に浴室に入る。


 うぅ、なんかドキドキする。素肌同士が密着しているからアリスちゃんの体温をじかに感じるし、それに匂いだって。


 アリスちゃんの匂い……



「メイドさんっ。もっとこっち来て、一緒に浴びよ?」


「うっ、うん……」


 やっぱり、こればっかりは慣れないなあ。ほとんど毎日一緒に入ってるのに。



「照れてるの?」


 横を見ると、アリスちゃんがからかうような目で私を見ている。


「そういうわけじゃないけど……」


 照れている顔を見られたくなくて、私は顔を逸らして否定しようとして、


「かわいい~~~~~~~~~~っっ!!」


 言い終わるよりも早く、アリスちゃんに抱きしめられて、さらに頬にキスされた。



「メイドさん。メイドさんてどうしてそんなにかわいいんですか?」


「えぇっ? わ、分かんないです……」


 うれしい。うれしいけど。


 私は余計に恥ずかしくなって、真っ赤な顔を見られたくなくて、下を向いてしまい……



「っ!? あり……お、お嬢様……っ?」


 反射的に、顔を上げる。


 アリスちゃんのサファイアの瞳が、静かに私を見下ろしている。


「なあに?」


「な、何でお尻触るんですか……?」


「メイドさんがかわいいからです」



 アリスちゃんは私の首筋を甘噛みして、おしりを触っていた手を前の方に移動させてきて……


「ま、待って待って!」


 慌てて止めようとするけれど、アリスちゃんがそれだけで止めるわけないし、どうしよう……そうだっ!



「お、お嬢様。今日は私がお嬢様のお体を洗いますっ!」



 すると、アリスちゃんの手がピタリと止まった。


 あ、あれ? 引かれちゃった? そんなわけないよね。だって、いつもはアリスちゃんの方から体洗ってくれるんだし。


 そんなことを考えていると「えへへっ」と嬉しそうな笑い声が。



「お姉ちゃんからそんなこと言ってくれるなんて。本当にメイドさんになってくれたんだね……」


 なんか、ちょっと感動していらっしゃる。


 とても「そういうわけじゃないんだけど」とは言えない雰囲気だ。


 代わりに、「お背中をお流しします」と言い直したのだった……



 スポンジにボディーソープをつけて背中を洗おうとすると、


「えいっ」


 アリスちゃんにスポンジを強奪された。


「あ、あの……?」


 どうして盗るのとアリスちゃんを見る。すると、アリスちゃんはにっこりと笑って、



「メイドさんの手で直接洗ってほしいなあ」


 うっ。やっぱりか。正直、言われるんじゃないかと思ってた。


 照れるけど……仕方ない。約束したもんね。何でも言うこと聞くって。アリスちゃんだって頑張って勉強したんだし、私も頑張らなきゃ。


「分かりました。お嬢様……」



 私は手のひらにボディーソープをつけて、両手を擦り合わせて泡立たせる。


「……えっと、じゃあ……いきます」


「は、はい。お願いします……」


 あれ? 気のせいかな。アリスちゃん、緊張してる……?


 鏡越しに見るアリスちゃんの顔は、心なしか朱に染まっている。


 うぅ、どうしよう。私も余計に緊張してきた……


 こうなったら一気に……えいっ!



「きゃっ!?」


「ひゃっ!?」


 突然アリスちゃんが悲鳴を上げて体を震わせたので、私までビックリしてしまった。


「ご、ごめんね。ちょっとビックリしちゃって……」


「うぅん、大丈夫」



 改めて、私はそっとアリスちゃんの体に触れる。


 今度は、アリスちゃんは小さく体を震わせただけ。


 私はゆっくりと手を上下に動かす。



 ……すごい。アリスちゃんの肌、すっごくすべすべする。


 白くて、きれいで、繊細で……


 こうして触っていることにも、罪悪感を覚えてしまいそう。


 私、今ひょっとしてすごくイケナイことをしてるのかも。


 ヤバ、なんか変な気持ちになってきた。も、もう止めなきゃ!



「……はい、お終いっ」


 けど、アリスちゃんは黙ったまま。


「あの、お嬢様? 終りましたよ?」


 言葉遣いがいけなかったのかなあと思ったけど、そうじゃなかったみたい。



「前も洗ってほしいなあ……」


 アリスちゃんは、ちょっと顔を俯けながら言う。


 私はと言えば……言葉に詰まってしまう。


 実を言うと、このお願いは今まで何度もされている。恥ずかしいからできずにいるけど……



「いいよ……」


 私は気づけばそう言っていた。


「ほ、ほんとっ?」


 アリスちゃんは振り返って、私を見る。


「うん。言うこと聞くって約束したから」


「えへへ。やったぁ」


 アリスちゃんは嬉しそうに笑って、私に体を摺り寄せて頬ずりしてきた。よかった、やるって言って。



「じゃあ、洗うね」


「うん……」


 えと、前を洗うんだから、こうしなきゃ、だよね……


 私はアリスちゃんの前にと手を回す。すると自然と、後ろから抱きしめるような形になった。


 し、しかもその……裸同士で抱きしめる形になってるから、体温を直に感じて……



 お腹に触る……


 ゆっくりと、丁寧に動かす。万が一にも、アリスちゃんの肌を傷付けたりしないように。


「ん……っ!」


 気を付けていたのに、私の指は滑ってなにかに触れた。


 アリスちゃんの口からは声が漏れて、体もビクッと震えたので、私は慌てて手を離す。


「ご、ごめんっ。痛かった?」


「うぅん、おへそ触られたから、ちょっとビックリしただけ」



 もう一度、今度は滑ったりしないように気を付けながら、アリスちゃんの体に触れる。


 お腹を洗って、それから足も……


 あとは……



「胸も、だよ……」


 ポツリ、とアリスちゃんの呟きが聞こえてくる。


「えっ?」


「胸も洗ってほしいな」


「そ、それは……」


 恥ずかしい。さすがに躊躇していると、



「いいじゃん。私の胸、もう何度も触ってるくせに」


「そ、それはアリスちゃんだって! 私の何度も触ってるでしょ」


「うん。だからね、これはフツーのことなんだよ。もう何度も触りっこしてるし、それに、私たちは婚約者なんだから。だから、ね? お願い……」


 ――ドクン。


 心臓が大きく跳ねた気がした。なんだろう? なんか、体がどんどん熱くなっていくみたい……



 ……そっか、そうだよね。


 もう何度も触ってるんだし、今さらだよ。恥ずかしがることなんて、ないじゃん……



 下から持ち上げるようにして、アリスちゃんの胸に触る。


 ……おお。なんか、すごい。自分の胸を触っている時とは全然違う。温かくて、やわらかくて……うん、重い。それに……


 またドキドキしてきた。でも、それは私だけじゃない。アリスちゃんもそうだ。だって、



「んっ……あっ、は……ぁっ……」



 アリスちゃんの口からは、吐息みたいな声が漏れている。


 甘い甘いその声は、私の心をとてもよく揺さぶった。そして、イケナイ感情が芽生える。


 もっと、もっとその声を聴きたい。どうやったら聞けるかな? そうだ、ここを触ったら、きっと……



「んんっ!?」


 アリスちゃんの体がビクンと震えた。


 それに、私が訊きたかった声も聞けた。今までのモノより大きなその声は、私の心まで震わせたように感じた。


 だからだろうか。私の頭は、一つのことしか考えられなくなっていく。



 アリスちゃん……アリスちゃんアリスちゃんアリスちゃんアリスちゃん……!



「お、お姉ちゃ……ま、待って……んっ! ふぁっ……や、ん……っ」


「ふふっ。お嬢様、これ、お好きなんですね?」


 いつもアリスちゃんにされているみたいに、耳元で囁く。


「お姉ちゃ……んっ、まってぇ……」


「ふふっ。お嬢様ってかわいいですね。どうしてそんなにかわいいんですか?」


 いつも言われていることも言ってみる。照れているのか、アリスちゃんはもぞもぞと動いている。


「動いちゃダメですよ。今洗っているところなんですから」



 アリスちゃんが体をよじったので、ぎゅっと抱きしめて逃げられないようにする。


 でも、


 私の腕の中で体の向きを変えたアリスちゃんは、こっちを向くと同時にキスをしてきた。



「んむっ!? んんっ、ぁ……っ……ちゅ……ふぁっ!?」


 体が震える。唇が離れて、おかしな声が出てしまった。


 あ、あれ? どういうこと? さっきまで私が触ってたのに、今は私が触られて……


「ふふっ。ご主人様にあんなことするなんて、いけないメイドさん」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたアリスちゃんが、私を見下ろしている。


 あ、これヤバい。またアリスちゃんに色々されちゃうパターンだ。



「メイドさんてぇ、エッチなことが大好きなんですね。じゃあ……一緒にシましょ?」


 つん、


 私とアリスちゃんの乳首が触れ合う。


 それがとてもいやらしいことに思えて、私は自分の顔が一気に真っ赤になるのが分かる。


 それを見たアリスちゃんはクスクスと笑って、


「メイドさんてとってもかわいいですね。どうしてそんなにかわいいんですか?」


 うぅ、やり返された。何も言えずにいると「かわいい~~~~~~~~っっ!!」と抱きしめられる。


 これじゃほんとにいつもと同じだ。こうなったら私だって!



「そんなことない! アリスちゃんの方がかわいいよっ!」


 負けじとぎゅ~~っと抱きしめる。


「うぅん、お姉ちゃんのほうがかわいいもん!」


「アリスちゃんだよっ!」


「お姉ちゃんっ!」


 何て言い合いながら抱きしめ合っていた私たちは……



 数分後、抱きしめ合ったままぐったりとしていた。お互いに体から力が抜けてしまい、壁に体重を預けている状態だ。


「えへへ~。お姉ちゃ~~んっ」


 訂正。疲れたのは私だけだったらしい。


 アリスちゃんは嬉しそうに私に頬ずりしてくる。



「アリスちゃんは元気だね……」


「当然じゃん! お姉ちゃんがあんな風にしてくれるなんて滅多にないもん」


 思い出すだけで恥ずかしいので、私は「あはは」と曖昧に笑う。


「私は疲れちゃったよ……」


「じゃあ、そろそろ上がろっか?」


「えっ」



 アリスちゃん的には何気ない、私を気遣ってくれての言葉なんだろうけれど、言葉に詰まってしまう。


 確かに上がりたい気持ちもあるけれど……



「もうちょっとこうしていたい、かも……」



 ボソッと、聞こえるか聞こえないかくらいの声で言ってみる。


 けれど、アリスちゃんはしっかりと訊いてくれていた。ちょっと笑って、


「じゃあ、もうちょっとこうしてよっか」


 ぎゅっ~と抱きしめてくれた。


 私も抱きしめ返すと、「幸せ~~」と言う呟きが聞こえてくる。


 それは、多分自然に出てきた言葉で、だからこそ私の耳にもはっきりと聞こえて、心にまで染み込んでいって……



「私も幸せ」


 と言う言葉は、口にはできないまま。


 だって、言ったらまたさっきの二の舞だと思うから。


 だから口には出さないまま、



 ――私も幸せだよ。



 心の中だけで答えたのだった――

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