第76話 どのウソホント?
※時系列では72話と73話の間の話となります。
「お姉ちゃん、私宝くじ当たっちゃった!」
春休みをダラダラと過ごしていたある日の昼間、突然アリスちゃんが言った。
「しかもね、百万円だよ! 百万円が当たったのっ!」
「そ、そうなんだ……」
うれしそうに言うアリスちゃんだけど、私はどういう反応をとったものかちょっと迷う。だって……
アリスちゃんのこの言葉は、ウソだから。
今朝からこんな調子なんだよね。曰く、
「実は私双子なの!」「昨日幽霊が出たんだよ!」「いま私、お姉ちゃんの下着付けてるの……」
そんな、すぐにウソと分かることばっかり。……いや、最後のはホントかも。
なぜそんなことをしているのかといえば、今日が四月一日、エイプリルフールだから。
星野さんからその話を聞いて興味を持ったらしく、アリスちゃんはウソをつきまくっているのだった。でも、
なんだか微笑ましいなあ。
アリスちゃんて、ウソがつけないいい子なんだなー。
迷った挙句、私は「ほんとっ?」とか「すごーい」と言って驚いたフリをしているんだけど、
ふとアリスちゃんを見ると、ちょっとむすっとした顔をしていた。
「どうしたの? アリスちゃん」
「だってお姉ちゃん、全然騙されてくれないんだもん! せっかくウソついてるのにぃ!」
「そ、そんなことないよ? すっかり騙されちゃったなあ……」
わざとらしいかなと思いつつ、ちょっと大げさな身振りで驚いて見せる。
すると、アリスちゃんは余計に頬を膨らませてしまう。……えいっ。
「んぅっ」
フグみたいに膨らんだアリスちゃんの頬が妙にかわいらしくて、ついつい、つついてしまう。
空気が抜ける音に笑ってしまうと、つられたのかアリスちゃんも笑ってくれた。けれどすぐに状況を思い出したらしく、
「もう、お姉ちゃんっ!」
また頬を膨らませて、私をぺちぺちと叩いてきた。
叩いてきたんだけど……
「ちょ、ちょっと、アリスちゃん……っ」
それは途中から指先で突くみたいになってきて、そのたびにピリピリとちいさな静電気みたいな刺激が体に走った。
「や、くすぐったぃ……っ」
体をよじって、くすぐったいところを隠そうとする。
けれど、その中途半端な抵抗がよくなかったのかもしれない。アリスちゃんの顔に、いつもの意地悪な笑みが浮かんだ。
「ここ? ここがくすぐったいの?」
後ろから私を抱きしめるみたいにして弱いところに触れてくる。
さっきよりも強い刺激が来るのは……多分、アリスちゃんの体温と香りを感じるからだ。
体をよじって逃げようとすると、アリスちゃんは自分の体を私に押し付けるみたいにして、力づくで私の動きを封じてくる。
「ぁ、アリスちゃんっ」
甘い香りに、柔らかで温かな体……
アリスちゃんに包まれて、私の体温は一気に上昇した。
「ん? なあに?」
「は、恥ずかしいよ……」
「うん、分かってるよ」
と、アリスちゃんはなぜか、どこかうれしそうな声で言う。
……? よく分からないけどよかった。分かってくれて……
「それもウソなんだよね? 大丈夫だよ、ちゃぁんと分かってるから」
「えぇっ!? いや、そういうわけじゃ……きゃぁっ!?」
全然分かってくれてなかった。
それに突然のことにビックリして悲鳴が出た。それにまたビックリして慌てて口を塞ぐ。
アリスちゃんの手が、私のワンピースの中に入ってきたからだ。
強引に捲りあげられて、左手で胸を揉み、右手でパンツの上から敏感な部分を触られる。
「ぁ、アリスちゃ……んっ、い、今はダメ……お母さんが、下にいるから……っ」
「そんなの今まで何度もあったでしょ? くんくん」
「ぁ……っ」
「ふふ。私、このお姉ちゃんの匂い大好き~~。甘くて優しくて、何だかお花みたい」
くんくんと匂いを嗅がれ、羞恥とくすぐったさから見悶えてしまい、それが余計に恥ずかしい……
「恥ずかしがるお姉ちゃんも、かわいいっ」
「~~~~~~っ。も、もうっ!」
「えへへ。お姉ちゃんだぁい好き~~」
スリスリと頬ずりしてくるアリスちゃんは、とってもうれしそう。
まるで私の心を見透かしたように……うぅん、事実アリスちゃんは分かってるんだ。私のことを。
今まで色々なことをしてきたから、私がうれしいことも、考えていることも……
「恥ずかしい顔、もっと見せて? っん」
「あっ!?」
急に耳を甘噛みされ、予想……違う、期待していたはずなのに、大きな声が出てしまった。
触られて体が敏感になってるのかな……何か、いつもより刺激が……っ!?
「ま、待ってっ。アリスちゃっ、ほ、ほんとに……だめぇえ……っ!」
耳を甘噛みされながら、両手では変わらず敏感なところを触られて……
だめ、頭真っ白で、何も考えられない。
……ていうか、なんで私、こんなことされてるんだっけ? あれ……?
――――
――――――――
「お姉ちゃん、紅茶入れたよ」
「……う、うん。ありがと……」
長く息を吐くと、ようやく気持ちが落ち着いた。頭にかかっていた靄も晴れて、何だか夢から覚めたみたいだった。
アリスちゃんは紅茶を私に手渡してくれる。
けれど、私の目はカップではなく、アリスちゃんの手に、指に向いてしまう。
否応なしに、さっきの出来事を思い出して……
「お姉ちゃん?」
気づけば、アリスちゃんの不思議そうな瞳が私を覗き込んでいる。
「何でもないよ。ありがとう」
カップを受け取り一口飲むと、今度こそ気持ちは落ち着いた……と思う。
ミルクとハチミツ入りの紅茶だ。ちなみに、茶葉はアリスちゃんのお父さんが送ってくれているらしい。だからか、最近アリスちゃんはよく私に紅茶を振る舞ってくれる。
「ねえ、お姉ちゃん」
「んー?」
「さっきのこと思い出してるでしょ?」
「えんっ!?」
思わず咽てしまうと、アリスちゃんが背中をさすってくれる。けれど、
「うひぃっ!?」
それでまたさっきのことを思い出して、今度はおかしな声が出てしまった。
「もう、ホントに大丈夫?」
大丈夫大丈夫、とジェスチャーする。
息を整えて、もう一度溜息を吐いた。
「きゃっ!?」
けど、すぐに詰めた。
アリスちゃんが、後ろから抱き着いてきたからだ。
それに、手がまた変なところに伸びてきて……
「やっ、だめ……アリスちゃん! 私……まだ体しびれてるから……だめぇええっ!!」
「え? きゃあ!?」
大きく体を動かす。すると、奇妙な浮遊感に襲われ、直後に何かに打ち付けたみたいな衝撃に襲われる……
うぅん、違う。大きな音がしたからそう思っちゃっただけだ。
私は何ともない。ない、けど……
「アリスちゃん……」
瞬間的に体が熱くなる。
いつの間にか、私はアリスちゃんを押し倒した格好になっていたから。
「お姉ちゃん」
じっと見つめると、アリスちゃんもまた私ををじっと見つめてきた。
――鏡だ。
今のアリスちゃんは、私を映す鏡。
だって、今の私も、アリスちゃんと同じように真っ赤な顔をしているはずだから。
一体どのくらい見つめ合っていたのか、私は唐突に我に返る。
「ご、ごめんねアリスちゃん! 大丈夫っ!?」
アリスちゃんはなかなか答えてくれなかった。
まさか打ちどころが悪かったんじゃ、そう嫌な予感が頭を過った時、
「きゃーーっ! お姉ちゃんに襲われちゃーうっ!」
両手で体を抱くようにすると、アリスちゃんはわざとらしく悲鳴を上げた。
何故か嬉しそうなアリスちゃんだけど、逆に私は力が抜けてしまい、同時にため息が出た。
「もう、心配させないでよ」
すると、今度はアリスちゃんはガッカリした顔になった。
「お姉ちゃん、襲ってくれないの?」
「ぅえっ!? そりゃまあ……」
「やだやだ! 襲ってよ! たまにはお姉ちゃんに襲われたいのーっ!」
「そ、そんなこと言ったって……」
珍しく駄々っ子みたいなアリスちゃんに、私は困惑してしまう。
「私……お、襲ったりなんてしたことないし、どうしたらいいのか分からないよ……」
クスリ、というアリスちゃんの笑い声は、どことなくいたずらっぽかった。
「いつも私がしてるみたいにしてほしいな」
「い、いつも……」
私の脳裏に、さっきの出来事がフラッシュバックする。
アリスちゃんにされた色々なことが、浮かんでは消え、浮かんでは消え……
「無理だよ……さ、さっきの今だし、その……夜まで……」
「! 夜になったら襲ってくれるの!?」
「えぇ!? わ、私そんなこと言ってないよ!?」
「ウソ! 言ったもん!」
なんか、すっごい自信だなあ。
そこまで言い切られると、一瞬、そうだったかもって思っちゃう……って、いやいや!
「なーんちゃって」
一人で焦っていると、下からからかうみたいな声が。
「ウソだよ。お姉ちゃん恥ずかしがり屋さんだもんね。ちょっとイジワルしちゃった」
ペロッと舌を出すアリスちゃん。
ここにきて、ようやくエイプリルフールのウソだと気づいた私は、「もうっ!」と怒ったふりで抗議する。
アリスちゃんは「ごめんなさーい」と謝ると、なにかを思い出したような顔になった。
「紅茶のお茶うけにしようと思って、ケーキ買っておいたんだった。持ってくるね」
と言って立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
すると、ふわりとアリスちゃんのスカートがめくれ上がり、その先の下着が見えて……
「アリスちゃんっ!?」
「え? ……きゃぁああああああっ!?」
ソレを見て、反射的にスカートを捲ってしまった。
すると、妙にかわいらしい悲鳴が。
「あ、アリスちゃん?」
スカートの裾を叩き落とすみたいな仕草で抑えたアリスちゃんは、顔を真っ赤にして私を見てきた。
「び、ビックリした……お姉ちゃんがそんなことしてくるなんて」
「ご、ごめん。でもその……アリスちゃん、見間違いだったらごめんだけど、今その……私のパンツ穿いてる?」
すると、アリスちゃんはキョトンとした顔になる。
そして、さっきみたいに顔を赤くして、照れたみたいに、
「えへへっ」
と笑って……いやいやいやいやっ!
「なんで私のパンツ穿いてるのさ!」
「穿きたかったんだもん。さっき言ったじゃん」
確かに。てっきりエイプリルフールのウソかと思ってたけど。
あるいはとは思ったけど、まさかホントに着けているなんて……
まったく、相変わらず突拍子もないことをする子だ。でも……
「えいっ」
「きゃっ!?」
さっきの珍しい反応が見たくて、また捲ってしまう。
すると、アリスちゃんは顔を真っ赤にしつつも、今度は抑えることはせずに、羞恥を誤魔化すみたいに髪をいじりつつ、
「な、なんか……スカート捲られるって恥ずかしいね……」
「そ、そうだよ! とっても恥ずかしいんだからねっ!?」
いつも色々されている身としては、どうしても声が大きくなっちゃったけど、
「お、お姉ちゃん。あの、そろそろ……」
手を放してほしいんだろう。
隠すようなことはしていないけど、せめてもの抵抗って感じに身をよじるアリスちゃん。
その仕草が、妙にいやらしい。
私、こんなにきれいな子のスカートを捲ってるんだ。
本当はこんなことしちゃだめなのに、でもアリスちゃんは許してくれてる。
すっごく恥ずかしいはずなのに、アリスちゃんは私のために我慢してくれていて……
「アリスちゃんっ!」
「え? きゃっ!?」
ほとんど無意識のうちに、私はアリスちゃんを押し倒していた。
「おねえちゃ……んむっ!?」
なにかを言おうとした唇を塞ぎ、唇を、体を押し付け、必死にアリスちゃんを求める。
唇が離れたとき、私は苦しいくらいに息が上がっていることに気づいた。それに、アリスちゃんも。
互いの吐息が混ざり合って、風邪でも引いたみたいに、どんどん体温が上がっていく。
「お、襲っちゃった……」
自分がなにをしていたのか今更ながら気づき、誤魔化すように出た言葉は震えていた。
「襲われちゃった」
最初、自分の言葉なんじゃないかと思った。
だって、その言葉も、震えてしまっていたから。
やっぱり、今のアリスちゃんは私を映す鏡だ。
初めてのことに、心臓が張り裂けちゃいそうなくらいにドキドキしてる。
それなのに、もっともっとドキドキしたいって思っていて。
それはアリスちゃんもおんなじで。
私たちは、またお互いを求めあった。
嘘偽りのない気持ちを、確かめ合うみたいに――
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