2年目
第73話 もう一度あなたと 前編
朝起きると、なんだかとってもいい匂いがした。
何だろうと考えたけど、どうにも視界が安定しない。まだ起きたばかりでぼやけてるみたい。
目を凝らすと、そこには……
「アリスちゃん?」
いつも一緒に寝ている
疑問符なのは、スマートフォンが顔を遮っているからだ。
「おはよう、お姉ちゃん」
スマホの奥から顔を覗かせてニコリと笑うのは従妹のアリスちゃんだ。
宝石みたいに輝く金色の髪をした、とってもきれいな女の子。
アリスちゃんが家にホームステイに来て一年が経った。
この一年いろいろなことがあった。
いきなりキスされて、恋人になって、今は婚約者。
だから、こうして一緒に寝るのはいつものことで、それに当たり前のことなんだけど……
「もう、また撮ってたんでしょ……」
少し咎める口調で言うと、アリスちゃんは「えへへっ」と笑う。
「だってお姉ちゃんの寝顔が可愛すぎるんだもん」
アリスちゃんは悪びれもせずに満足そうにしている。
これもいつも通り……
そう、アリスちゃんは、(多分)毎朝私の寝顔を撮っている。
多分ていうのは、私が毎朝確認できているわけじゃないから。そういうときは、私のことをじーーっと見ている場合が多い。
さすがに恥ずかしいから、寝顔を撮るのはやめてほしいんだけどなあ……
「見て見て、これ今日のお姉ちゃんだよ。これが昨日ので、それでこっちが……」
「わ、分かった、分かったからっ!」
「それでこれが……あ、違う。これ見せられないやつだ」
「アリスちゃん!? 今なんか変な写真が見えたんだけど!? 見せて!」
「やぁだ。これは見せられないやつだもん」
「いいから見せてってば!」
「だめだよっ。いくらお姉ちゃんでも、無理やり見るなんてプライバシーの侵害だよ!」
「それは私のセリフだよ! 今の変な盗撮写真だったでしょ!」
「全然変じゃないもん! お姉ちゃんのかわいい写真だよっ!」
「もう、何でもいいから消して!」
ベッドの上でどったんばったんと動いていると、急に全身が浮遊感に包まれた。
そして次の瞬間、体に痛みが走る。
「いたたた……」
しまった、はしゃぎすぎた。
シングルベッドで動いていたから落ちちゃったらしい。
私は痛みに強張った体をほぐすように一つ息を吐き、
「……っ」
すぐに詰めた。
目の前に、アリスちゃんの顔がある。鼻先が触れ合いそうなくらい近くに。
雪みたいに真っ白な肌に、繊細なくらいにきめ細かな肌。けぶるように長く、上を向いたまつ毛。私を見下ろす、青く大きなサファイアの瞳……
宝石みたいに輝く金色の髪は、眉みたいに私を包み込んでいる。
きれい……
アリスちゃんは本当にきれいだ。
まるで、おとぎ話のお姫様みたいに。
こうしていると、おとぎの国に迷い込んだよう……
「んっ……」
唇に柔らかな感触が押し当てられた。
私からも押し当てると、アリスちゃんもまた返してくれる。
甘い……
甘くて、ちょっと酸っぱい、私の大好きな匂い。
それに、アリスちゃん自身の甘い香りにも包まれて、頭がボーッとしてきた。
私の内も、外も、全部がアリスちゃんで満たされていく。
心地いい……。ずっとこうしていたい。アリスちゃん……
「二人とも大丈夫っ!? なんだか大きな音がした……けど……」
ドアが開かれ、お母さんが入ってきた。
……久しぶりだなあ、このパターン。
話は変わるけど、私は大学では文系のゼミに所属している。
そこでは海外の作家の本を精読し、作品が書かれた当時の時代背景……社会的、文化的状況、作者の考えなどに目を向け作品の理解を深める……ということを目的にしてる。
してる、んだけど……
「はぁ~~あ」
新学期早々、ため息をつくやつが一人。
茶色く染めた長い髪をウェーブさせ、ばっちり化粧をしているくせに、その表情はとても気怠そうだ。
「休み終わっちゃったなぁ。また講義やらなにやらに追われるのかあ。うへぇ」
「うへぇって青山、あんた今までろくに講義出てなかったじゃない。ほんと、今年は地獄でしょうねー」
青山の対面の座った黒咲が呆れたようでもなく言った。
青山は小柄で、黒咲はすらっとしたモデル体型で、きれいな黒髪をしているから、こうしていると怠け者の妹としっかり者の姉って感じだ。
「こういうのは気持ちの問題なんだって! ね、宮野もそう思うでしょ?」
突然話を振られて、私は「うーん」とちょっと返答に迷って、
「ま、そうかもね」
結局適当に答えた。
「ほら宮野だってこう言ってるし。はあ……まじだる。お金ないし、バイトもしなきゃなー」
青山はまたため息をつき、でもそれで満足したのかスマホに視線を戻した。
今日は今学期最初のゼミがあった。
それが終わって、今は同じゼミの青山と黒咲と研究室に残って談笑中。
あともう一人、仲のいい奴がいるんだけど、今は大学内のコンビニにコーヒーを買いに行っている。
「適当なやつ……それよりも知ってる? 近くに猫カフェができたんだって。今度行ってみない?」
と黒咲。スマホの画面……お店のインスタを見せてくれる。
「ふーん……スイーツも美味しいみたいだね。あ、この子かわいい」
メニューやお店の内装だけでなく、猫の画像もアップされていた。
「でしょでしょ。行ってみようよ」
「いいね。行こう行こう」
乗り気な青山。けど対照的に、黒咲は渋い顔になった。
「行こうって青山、あんた単位は大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。何とかなるって」
あっはっは、と笑う青山。
相変わらず軽い奴だなー、なんて思いつつ、いつ行くかって予定を話し合う。
でも予定を決めるのは緑川もいるときにしたほうが……と思った時だった。
研究室の扉が開かれる。少し大きな音がしたので、私たちの目はそちらを向いた。
そこには、今まさに考えていた緑川の姿があった。
いつもはのほほんとしている彼女が、何やら驚いた顔をしている。
走ってきたのか、息もちょっと上がっていて、見れば買いに行ったはずのコーヒーすら持っていない。
「な、なんかすっごい美少女が宮野を呼んでるんだけど、どーいうことっ!?」
なんて言うのだった。
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