第68話 世界で一番甘い日 前編
投稿し忘れていた話です。
時系列的には63話の前、62話として読んでいただければと思います。
誰にでも楽しみな日ってあると思う。
誕生日とか、クリスマスとか、友達と約束した日とか……
楽しみ過ぎて、あまり眠れないような夜だってあるだろう。
もちろん私だって例外じゃない。
私が楽しみにしていた日。それは――
「お姉ちゃん、ハッピーバレンタイン!」
そう、今日はバレンタインデーだ。
私は起きるや否や、用意しておいたプレゼントをお姉ちゃんに渡そうと思ったんだけれど、
「ごめんアリスちゃん! 私今日は朝からバイトなの! ヤバいヤバい、寝坊しちゃった……!」
お姉ちゃんは私を見る余裕もないらしい。
ベッドから降りると、今日はお姉ちゃんの部屋で一緒に寝たから、着替えを済ませると慌ただしく部屋を飛び出して行っちゃった。
…………
……………………Oh
その背中を見送ることしかできなかった私は、一人ため息をつく。
何か、嵐みたいだったなあ……
ていうか! 今さらながら、ムカムカしてきちゃったよ!
せっかくサプライズを用意しておいたのにそれはないんじゃないかなあ! 私と仕事とどっちが大事なの!
……なんて、それは冗談だけれど。
でもムカムカしてるのはホントだよ! まったく、お姉ちゃんてばおはようのキスもしないで行っちゃうなんて。いくらバイトに遅れちゃいそうだからって……
とその時、大きな足音が聞こえてきたかと思うと、勢いよくドアが開かれる。何かと思ったら、そこにはバイトに行ったはずのお姉ちゃんの姿が。
「お姉ちゃん、どうしたの? 忘れ物でも……」
そこで私はハッとなった。
そっか……お姉ちゃん、おはようのキスをするために戻ってきてくれたんだ!
もうもうっ! お姉ちゃんてば可愛いんだから!
そういうことなら、時間の許す限りじっくりと……
「アリスちゃん! すっかり忘れてたけど、今日アリスちゃんもシフト入ってなかったっけっ!?」
…………
……………………あっ。
今日は二月十四日。そして日曜日。
休日のバレンタインデーともなれば……
「小岩井さーん! これ二番テーブルに運んでくれる?」
「はーいっ!」
「それが終わったらコーヒーお願いできるっ?」
「分かりました!」
「小岩井さん、悪いけど……」
アルバイト中、私は店内を行ったり来たり、慌ただしく動く。
私だけじゃない。お姉ちゃんも、それ以外の人も、忙しくしている。
休日のバレンタイン。お昼時。限定メニューの宣伝も相まって、お店は大盛況だ。
お店的にはありがたいこと、なんだろうけれど……
私的には、ありがたくないっ!
だってだって! これじゃ全然お姉ちゃんと話せない!
普段なら少しは余裕があるのに、今日は全然だ。休憩時間も別々になっちゃったし……
どうしよう。
絶対今日中に渡したいものがあるのに。
ちゃんと渡せるか、不安になってきたかも。
「はぁああ~~~~」
ようやくイスに座れた時、大きなため息が出てしまう。
休日はいつも忙しいけれど、今日は特別忙しい。やっぱりバレンタインだからかなあ。
あと、カップルのお客さんばっかりだ。バレンタインだからかな。
「お疲れだねぇ」
一緒に休憩に入った井上が、一息つきつつ言った。
「お疲れだとも。今日マジでヤバいって」
「そうだねー。流石に私も疲れたよ」
なんて会話をしながら、二人で賄いを食べる。今日はナポリタンだ。
あと、バレンタインということで、デザートにチョコブラウニーを貰った。
普段は好きなメニューを作ってもらえるんだけど、今日は厨房もフロアも大忙しなので、手軽に作れるパスタに統一されたらしい。
「しかもカップルの客ばっかり! まったく、何で私が色ボケ野郎の為に店中走り回らなきゃいけないんだ!」
と、井上は珍しく映画のセリフを引用した。
ぷりぷりしている井上に、今日ばかりは素直に同意する。
バレンタインの限定メニュー目当てに、カップルばっかり来ている。
だから私たちフロアの人間は、あっちこっちのカップルに限定メニューを届けなくちゃいけない。
イチャイチャしてるところを見せつけられなくちゃいけない! 端的に言って超ムカつく!
「そういえばさー」
食後。
文句を言うだけ言って満足したらしい。クールダウンした井上は、コーヒーを飲んで言う。
「みゃーのとアリスちゃん、二人ともシフト入ってるみたいけど、予定とかなかったの?」
「もちろんあるよ!」
今度は私に火がついてしまった。
本当は、今日はアリスちゃんと過ごそうと思ってた。
でもオーナーに「忙しくなりそうだから出てくれない?」って頼まれちゃったんだよね。しかも私だけじゃなく、アリスちゃんも一緒に。
二人して断るのもなんかアレだし、どっちかだけOKしたら離れ離れになっちゃうし。それなら二人で入ろうってなったんだけど……
思った以上に忙しい! 息つく暇もない! せっかくアリスちゃんにチョコ作ったのに! このままじゃ渡せないかも!
てことを井上に愚痴る。
「お店終わったら渡せばいいじゃんよ」
「まあ、そうなんだけどさ……」
一日一緒に過ごして、いい雰囲気で渡したいんだよなあ。
と言うと、
「みゃーのはロマンチストだにゃー」
なんてからかうように言われた。その後で、妙に真面目な声で「でもさー」と続ける。
「アリスちゃんて、ずっとイギリスにいたんでしょ? 日本のバレンタインは初体験なわけだし、私たちとは感覚が違うかもよ」
……確かに。それはそうかも。
日本では、女から男にチョコ渡すけど、海外は男から女にプレゼント渡すんだっけ。
それもチョコじゃなくて、花とか指輪とか……
だから私も、アレを用意した訳だし。
そういえば、朝起きたとき、アリスちゃん言ってたっけ。ハッピーバレンタインって。それに、包装された小箱も持っていたような。
あれ、もしかして私へのプレゼントかな?
一瞬不安になったけど、アリスちゃんも、私と同じ気持ちでいてくれている。そう思うと、何だか無性にうれしくて胸があったかくなる。でも……
それと同時に、ちょっと……ちょっとだけ、不満に思うこともあった。
アリスちゃん、どうして最近は言ってくれないんだろう?
毎日のように言ってくれていた、あの言葉……
「おーーい、二人とも! そろそろ休憩後退してもらってもいいかいっ?」
私の思考を遮るように扉の外からオーナーの声が聞こえてきて、
思考と一緒に、休憩も切り上げることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます