第58話 あなたを満たしてくれますように
うぅ、寒い。
冬っていうのは、どうしてこう寒いんだろう。
暑いっていうのはまだ我慢できるけれど、寒いってのはマジ無理!
何でこんなに寒いの信じらんない! と叫びたい気分だけど、当然といえば当然だ。だって、雪が積もっているんだから。
でも、もっと信じられないのは、
「お姉ちゃーーん! いつもでも立ってないで、ほら、こっち来て手伝ってよ!」
こんな日に、外に出ているっていうことだ。
うぅううっ。いやいや! 寒い寒い!
私はブルブル震えてしまっているのに、アリスちゃんは元気そうだなあ。
白いため息をつきつつ、私はどうしてこうなったのかを思い返していた……
「起きてお姉ちゃん! 雪が積もってるよ!」
今日の私の一日は、その一言とともに始まった。
「んー……」
ただ、その時の私は「寒い」としか考えられなくて、ろくに口を開くことさえできなかった。
ほとんど無意識のうちに掛布団を頭まで被って、
「お姉ちゃんてば! 起きてよっ!」
すぐにひっぺがされた。
「勘弁してよ。寒いし眠いんだよー……」
負けじと布団をかぶる。外からアリスちゃんの不満気な声が聞こえてきた気がしたけれど、今はいいや……はあ、布団の中は温かい……っ!?
「ん……ぅん……っ……っはぁ……」
布団の中に入ってきたアリスちゃんに、いきなり唇を塞がれた。
「あ、あの……んっ、ちょっと……ふむっ、待って……んんっ!?」
いつの間にか上に覆いかぶされて、いきなり敏感なところを触られたので一気に目が覚めた。
「ま、待ってアリスちゃん! こ、困るよ。朝からなんて……」
「だって全然起きてくれないんだもん。私に構ってくれないお姉ちゃんには、お仕置きだよ」
「っ!? わ、分かった分かった! 起きるっ、もう起きるから! 起きるから待って。ねっ?」
「うん。分かった」
はあ……よかった。分かってくれて……っ!?
「アリスちゃんっ!?」
な、なんで……分かったって言ったのに……
「分かったけど、いいの? 止めちゃって。消化不良で困るのは、お姉ちゃんじゃないかなあ」
「そっ、それは……」
そうかも。
「だから、ね? これはお姉ちゃんの為。だから全部、私に任せてくれていいんだよ」
そっか。そういうことなら、
仕方ない、よね……
「うん。アリスちゃん……」
頷いて、
あとはもう、アリスちゃんに身を任せるしかなかった……
そんなことがあって、半ば強引に外に連れ出された。
うぅ、寒い。寒いし、起きて間もないのに色々あって、なんか早くも疲れちゃった。
「お姉ちゃーん! 早くこっち来てよっ!」
「はーぃ……」
寒さのせいで、頭も体も眠ってしまっているらしい。寒いよぅ。
私はのろのろとアリスちゃんのもとへと向かう。
「それで何するの?」
「あのね、かまくら作ろ!」
相変わらずアリスちゃんのテンションは高い。
かまくら。かまくらかあ。
そういえば、もう何年も作ってないなあ。
「よしっ。じゃあ、作ろっか」
そんなわけで、雪かきしつつかまくらを作ることに。
まずは家の前の雪かきから始めたんだけれど……
お、重いっ! 雪って意外に重いよなあ……
もうちょっと力入れなきゃ無理かも。
……んんっ、えいっ!
「ヴえッ!?」
スコップを力いっぱい持ち上げると、何やら変な声が聞こえてきた。
でもどこかで聞いたことがあるような。今のって……
「アリスちゃん!?」
見ると、アリスちゃんは腰を押さえて蹲っていた。
も、もしかして……
「ごめんアリスちゃん! もしかしなくても私のせいだよね!?」
慌てて駆け寄ると、アリスちゃんは「大丈夫大丈夫」と笑う。
「気にしないで。当たったのが私でよかったよ」
うぅ、いい子や。
今度は気をつけなくっちゃ。
雪かき再開……
と思ったんだけれど、
「大丈夫だよお姉ちゃん! お姉ちゃんの分も私が頑張るからっ!」
言葉の通り、アリスちゃんが一人でやってくれている。
本当は怒ってるのかな? と思ったけれど、そういう訳じゃないっぽい。
……なんか、居づらい。年下の子に雪かきを任せて、自分は立ってるだけって……
とその時、
スコップを持ち上げたアリスちゃんの体がふらつくのが見えた。
「アリスちゃんっ!」
気づいた時には体が動いていた。
倒れかけているアリスちゃんの手を掴む。けれど、私の力じゃ支えることはできず、結局二人して倒れこんでしまった。
「大丈夫? アリスちゃん」
「うん。お姉ちゃんこそ……」
「大丈夫だよ。ごめんね、支えようとしたんだけど……」
我ながらカッコ悪い……あっ。
軽い自己嫌悪はすぐにどこかへ行ってしまった。
アリスちゃんの顔が、すぐ近くにある。
少し動けば、触れられるくらいに。今ならキスできるかも……
っていやいや! なんでそーなるのっ!
早く起きなきゃ。なんか変な気持ちになりそうだし……!?
「……んっ、あむ……っ」
唐突に、想像と現実とが重なった。
うぅん、正確には、全く同じって訳じゃない。想像では私からだったけれど、現実では、アリスちゃんから……
「ありがとう、お姉ちゃん。助けてくれて」
「うん……助けられなかったけど……」
すると、どうしたわけか、アリスちゃんはクスクス笑う。
「な、なに……っ?」
「うぅん。お姉ちゃんかわいいなーって」
「もう、からかわないでよ」
「じゃあ私の彼女ちょーかわいい」
「言い方の問題じゃ……」
でも……そっか。彼女……私、アリスちゃんの彼女なんだよね……
「? 何笑ってるの?」
いつの間にか、アリスちゃんはキョトンとした顔で私を見ていた。
「えっ。笑ってた? 私」
「うん。なんかニマニマしてた」
に、ニマニマ……
私、ちょっとだらしない顔をしてたっぽい。……ちょっとで済んでればいいけれど。
「その……アリスちゃんの彼女なの嬉しいなって思って」
あれ……なんか、私めっちゃ恥ずかしいこと言ってない!? ヤバいヤバい! なんか顔熱くなってきたかも……
「お姉ちゃーーーーんっ!!」
私の羞恥を上書きするように、アリスちゃんにギューーっと抱きしめられた。
「かわいいかわいい! 好き好き好き好きっ! ほんと大好き愛してるよお姉ちゃーーん!!」
「むぎゅっ!?」
ヤバい。アリスちゃんの二つの大きなふくらみに顔を押し付けられているから、息が……
苦しい……でも、やわらかくて気持ちいい。それにアリスちゃん、とってもいい匂い。
気づけば、私はアリスちゃんを抱きしめ返していた。そうしたら、私はもっともっと甘い匂いに包まれた。
なんだろう。なんか、すっごく幸せ。甘くて、やわらかくて、気持ちよくて、心地いい。
や、ヤバいかも。変な気持ちになってきた。
もっと、もっと触れ合いたい。キスしたい。触ってほしい……
好き。大好き。本当に……本当に大好き。
それを言葉にできないのは、ただ触れ合っているだけでとっても幸せだからで、ただただこうしていたくて……
それに、私の顔はアリスちゃんの大きな二つのふくらみに押し付けられているからで……
あ、これマジでヤバい。
い、意識が遠く……
「できたーーーーっ!」
いぇーーいっ!
と二人でハイタッチする。
しつつ、私は秘かにため息をつく。
一時はどうなることかと思ったけれど、二人で雪かきを終わらせて、かまくらを完成させることができた。
「お姉ちゃん! 入ってみようよっ!」
アリスちゃんに手を引かれ、一緒にかまくらの中に入る。
雪は冷たいけど、かまくらの中は結構温かいんだよね。
アリスちゃんと二人、手を繋いで、小さなかまくらの中に、寄り添うみたいに座る。
何だか既視感……そうだ、昔もこうしたことがあったっけ。
昔、冬休みにアリスちゃんと会った時、かまくらを見たことがないって言うから、二人で一緒に作ろうとしたんだ。
でも……
「あの時は、二人で最後までできなかったもんね」
アリスちゃんも同じことを考えていたみたい。
隣を見ると、ちょっと照れたみたいに、それでいて嬉しそうでもあった。
「私がクシャミしちゃったら、お姉ちゃんが『もうお家に帰ろう』って。私が『大丈夫』って言っても、全然聞いてくれなかったよね。『風邪ひいちゃうからもう帰ろう』って言ってさ」
当時を思い出すみたいに、アリスちゃんは目を伏せていた。
「うん。覚えてるよ」
まだアリスちゃんも小さかったし、体調が一番だって考えたんだ。実際、ちょっと寒そうにしてたしね。でも……
アリスちゃんの横顔が、当時のものと音もなく重なった。
あの時のアリスちゃんはすごく残念そうで、私は悲しくなってしまった。
だから、なんとかして笑顔になってもらいたくて……
「お姉ちゃん、私の為にかまくら作ってくれたよね」
そう。
一度一緒に帰って、そのあと私はこっそり外に出て、一人でかまくらを作ったんだ。
正直ちょっとだけ不安だった。「自分で作りたかったのにー」とか言われないかなあって。
喜んでくれるかなあって考えちゃったけれど……
「ありがとう、お姉ちゃん」
隣から聞こえる声が、昔のものと重なる。
私の心配なんてバカバカしくなるくらい、アリスちゃんは喜んでくれた。
私が見たかった笑顔を見せてくれて、今日みたいに手を引いて、二人でかまくらに入って……
「うん……でも、お礼なら昔も言われたよ?」
「昔のことだけじゃなくて、今日も。寒いのに付き合ってくれて」
どういたしましてと答えて、はあ、と息を吐くと、それは白い煙となって空気の中に溶けていった。
確かに寒い。それに疲れた。
けれど、アリスちゃんの為だって思うと、ちっとも苦じゃない。
それどころか、この疲れさえ心地よく思える……
「えいっ」
「きゃっ!?」
手袋を外した手で、いきなり頬に触れられたのでビックリした。
「どっ、どうしたの?」
「えっとね、私、よく手が温かいって言われるんだけど……どうかな?」
確かな感触は、やわらかくて、温かくて、それに心地いい……
ちょっとくすぐったくて恥ずかしいけれど、それも含めて心地よく思える。
それは、やっぱりアリスちゃんが好きだからだろう。
好きで好きで、本当に大好きだから。
この子と一緒にいるだけで、こんなにも安心できるんだ。
「お、お姉ちゃん……?」
気づけば、アリスちゃんが不安そうに私を見ていた。どうしたんだろう?
「あの、どう? 私の手……」
「うん。とってもあったかいよ」
すると、アリスちゃんの顔は緩んで安心したような笑顔になった。
「よかったあ。もうっ、お姉ちゃん、何も言ってくれないんだもん」
「ごめんごめん」
クスクス笑い合って、示し合わせてもいないのに、同時に口を噤む。
目のまえに、ビックリするくらいキレイな女の子の顔がある。
けぶるように長い上を向いたまつ毛。宝石よりもきれいに輝く黄金の髪。
雪に溶け込むように白いきめ細かな肌。そのせいか、ピンク色の唇は妙に目立つ……
キレイ……
この子、どうしてこんなにキレイなんだろう。
キレイで、かわいくて、それに……愛しい。
アリスちゃん……
温かい……
それに、やわらかくて甘い。
気持ちいいじゃなくて、心地いい。私の大好きな感覚。
ずっとこうしていたい。もっと触れ合いたい。もっともっと、あなたを感じたい。
「ありがとう、お姉ちゃん」
唇から零れた声は、すぐに雪に吸い込まれてしまう。
「大好き」
けれど、雪と違って溶けたりしない。
どんどん降り積もって、私を満たしてくれるんだ。
「私も」
だから私も、精一杯お返ししなきゃ。
「大好きだよ。アリスちゃん」
願わくば、私の言葉があなたを満たしてくれますように――
ちなみに、その日の夕方。
買い物から帰ってきたお母さんが、
「ねえ、なんか家の前に遥香の顔した大きな雪だるまがあったんだけど、あれ何?」
「えっ?」
「あ、それ私が作ったやつです」
「えっ!?」
「快心の出来だから星野さんと井上さんに写真送っちゃった」
「アリスちゃんっ!?」
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