第57話 はるはこたつで丸くなる
「お姉ちゃん、一緒にお風呂入ろっ」
「うん。いいよ」
「やった! 背中流してあげるー」
「今日はいいよ」
「え~。遠慮しなくていいのに~」
「じゃなくて、今日は私が流す番だから」
「あれ、そうだっけ?」
アリスちゃんと手を繋いで浴室に向かいつつ、そんな会話をする。
アリスちゃんと恋人になれて早一週間。私たちは毎日一緒にお風呂に入っていた。
今まで何度も一緒に入った。小さいときだって、それに最近も。でも……
「じゃあさ、今日は洗いっこしようよ。いいでしょ?」
「うーん……じゃあ、そうしよっか」
脱衣所について、アリスちゃんは煌めく金色の長い髪を一つに纏める。
「お姉ちゃん、ばんざいして?」
「うん」
両手を上げると、アリスちゃんが服を脱がせてくれる。
布越しに触れる体温と布がこすれる感触が、何とも言えずくすぐったい。
「じゃあ、次はアリスちゃん」
「はあい」
今度は私がアリスちゃんの服を脱がせる。
今日は平日だから、アリスちゃんは制服を着てる。
ブレザーを脱がせて、カーディガンを脱がせて、ブラウスのボタンを外していく……
「スカートもだよ」
「う、うん……」
堂々としてるアリスちゃん。照れる私。
いつも思うけれど、これ反応逆だよね。
こればっかりは慣れないなあ。どうしても照れちゃう。
ホックを外してジッパーを下ろす。スカートが床に落ちると、私だけじゃなく、アリスちゃんも下着姿になった。
雪みたいに白い肌に張り付く黒いレースの下着は妙に扇情的で、私の視線はくぎ付けになった。
「気に入ってくれた?」
言いながら、アリスちゃんは下着を見せびらかすみたいな仕草をする。
「うん。とってもキレイだよ」
「よかったあ……」
うれしそうに笑うアリスちゃん。
私はうれしいやら恥ずかしいやら、羞恥から顔が赤くなっていくのが分かる。
……うぅ、だからさ、反応逆だってこれ……
それから私たちは、お互い抱きしめ合うみたいにして背中に手を回して、お互いのブラのホックを外した。
アリスちゃんを見ると、「今日はお姉ちゃんからやってほしいな」とのリクエスト。
うぅ……マジか。
私はその場にしゃがみ、震える手でアリスちゃんのパンツに手をかける。
ゴクリ、と喉を鳴らしてしまう。早くやらなきゃ。じゃなきゃ風邪ひいちゃうだろうし。
躊躇いつつ、私はひと思いにアリスちゃんのパンツを脱がせた。
ふぅ……
安堵か、疲労か、私の口からはため息が漏れる。
「お姉ちゃん」
アリスちゃんの口からは私の名前が。
と思ったら、アリスちゃんもその場にしゃがんで、私に視線を合わせてくる。
「よくできました」
今度は唇が合わさって、ため息は甘い香りの中に溶けて消えた。
と、これは最近の日課だ。
アリスちゃんと一緒にお風呂に入るときは、私たちはお互いに服や下着を脱がせ合っている。
最初は恥ずかしすぎて死ぬかと思ったけれど……
うん、なんかもう慣れてきた。
とはいえ、これを当たり前のことと思っている辺り、感覚が狂ってきただけなのかもしれないけれど……
日曜日。
シフトに入っていることが多いこの日も今日は休みだ。
というのもテストが近いから。うちの大学では、筆記試験の代わりにレポートの提出が求められる。だからレポートのために休んだんだけれど……
「はふぅ~~~~……」
コタツに寝転がった私は、長い長い息を吐いた。
レポートを、コタツでやったのが間違いだった。開始から十分ほどで私はコタツの魔力に負けてしまった。
はあ……
何でコタツって……こうなんだろう。ここにいると、本当に何にもする気がなくなっちゃう。
ダメだ。なんか頭ボーっとしてきた。
こんな頭じゃレポートなんてできそうにない。うん、ちょっと……ちょっとだけ眠ろう。
だって仕方ないし。うん、ちょっとだけ……
…………
……………………
「――おはよう、お姉ちゃん」
目を覚ますと、目の前に大好きな女の子の顔があった。
大きなサファイアの瞳が、じっと私を見つめている。
「おはよ。いつ帰ってたの?」
私と違い今日はシフトに入っていたアリスちゃん。私が居眠りしている間に帰ってきていたらしい。
「うーん、ちょっと前かな。そしたらお姉ちゃんが寝てたから、起きるまで寝顔見てようと思って」
「えぇ……起こしてくれればいいのに」
「見てたかったの。ほら、写真も撮ったんだ。かわいいでしょ?」
「み、見せなくていいから……」
自分の寝顔を見るってなんか変な感じだ。
アリスちゃんはスマホをしまうと、また私をじっと見てくる。
見つめいる、見つめている、見つめて……
私は視線を逸らしてしまった。
だって、こんなに間近で、ずっと見つめられると流石に照れる。
やっぱり、アリスちゃんはキレイだ。
肌はきめ細かくて、まつ毛はけぶるみたいに長い。マスカラをつけていないのに上を向いてる。
大きなサファイアの瞳は、ジッと私を見てくれていて……
「どうしたの?」
「えっ? な、なあに?」
「ずっと私のこと見てるから。顔になにかついてる?」
「うぅん、じゃなくて……アリスちゃん、キレイだなあって」
すると、アリスちゃんはキョトンとした顔になった。
嬉しそうにえへへと笑うと「ありがとう」と言って私に抱き着いてくる。
「もう、急にどうしたの?」
「なんでもなぁい……んっ、お姉ちゃんいい匂い」
密着した状態に匂いをかがれたので、恥ずかしいだけじゃなくてくすぐったい。
お返しのつまりで、それと羞恥を誤魔化す意味も兼ねて私もアリスちゃんの匂いを嗅ぐ。
「アリスちゃんもいい匂い……でも、ちょっと汗の匂いもする」
「お仕事してたからかなあ。……ひょっとして、臭い?」
「うぅん、全然。後で一緒にお風呂入ろうね。今日はアリスちゃんが私の背中流してくれる番だよ」
「ふふっ。はあい」
アリスちゃん嬉しそう。
そんなに喜んでくれると、私まで嬉しくなっちゃうなあ。
恋人同士になって、こういうやり取りができるようになって……それがなんだか嬉しくて、我慢しようとしても笑ってしまう。
……あれ? 何か忘れているような……
あ、そうだ。レポートやらなきゃ。やらなきゃ、なんだけど……
なんか、また、眠く……
「お姉ちゃん……お姉ちゃんってばっ。そろそろ起きてよ……ねえってば!」
しかし、お姉ちゃんは起きてくれない。ためしに体を揺すってみたけれど、それでも眠ったままだった。
だ、ダメだ。熟睡していらっしゃる。
自分から「一緒にお風呂入ろうね」って言ったくせに……
時間は経ってもう夜の七時。かれこれ四時間経つのに、お姉ちゃんは眠ったままだ。
もう! せっかく恋人になれたのにこれじゃ全然イチャイチャできないじゃん! 私全然物足りないっ!!
「どうだった? アリスちゃん。……あらあら」
様子を見に来たおばさんが苦笑いする。
「まったくこの子ったら、毎年こうなんだから。ほら遥香、起きなさい! 風邪ひくでしょ!」
なんて言いながら、お姉ちゃんの頬をバシンバシン叩くものだから私はビックリした。
「あ、あの、おばさんっ!?」
「大丈夫大丈夫。ここまでやらないと起きないんだから。ほら遥香!」
「う、うーん……」
バシーンバシーン! と音がつきそうなビンタに、ようやくお姉ちゃんの目が開いた。
「な、なに……?」
「コタツで寝るなって何回も言ってるでしょ。起きなさい」
「ん、ぅ……」
お姉ちゃんはまだ寝ボケているらしい。完全に生返事だ。
それでも一応は起きたと判断したのか、それとも諦めたのか、おばさんは私に「よろしくね」と言ってキッチンに戻っていった。
「お姉ちゃん、ほら起きてっ!」
「んー……」
「ねえってば! 一緒にお風呂入ろうよ!」
体を揺すってみるけど、お姉ちゃんは返事をしてくれなくなった。どうやらまた寝ちゃったらしい。
なんかなあ……なんかなあ……!
おばさんの時には起きたのに、私の時は全然だなんて! そりゃないよ!
こうなったら、何がなんでも起きてもらうんだから! おばさんにも「よろしくね」って言われたし!
どうしようかな。多分、普通に体揺すっただけじゃお姉ちゃん起きないだろうし。
うーーん……よしっ! いいこと思いついちゃった。
これなら、きっとお姉ちゃん起きてくれる……
「起きて、お姉ちゃん」
お姉ちゃんにキスしてみる。
頬に、首筋に、鎖骨に。でもお姉ちゃんは起きてくれない。
それなら……
今度はコタツの中に入って、足に、膝裏に、服をめくっておへそにも……
お姉ちゃんのおへそ、かわいい。ちょっと舐めてみよっと。
うーん、あともう一回だけ……あ、ちょっと体震えた。
けれど、お姉ちゃんは起きてくれない。それなら……
私は前にデートした時みたいに、お姉ちゃんの太ももをちゅうちゅう吸ってみる。
……ダメ、起きてくれない。じゃあ……
またお姉ちゃんの服をめくりあげて、今度はその中に潜り込む。
そしてブラをずらして、敏感なところを舌先でつついてみた。
「……っ!」
お姉ちゃんの体が急にビクンと大きく震えたので、私までビクッと震えてしまった。
「お姉ちゃん?」
起きたのかと思って呼んでみる。けれど、返事はなかった。
まだ寝てるのかな? それとも……
ためしに、また同じことをしてみる。今度は、もう少し強い力で。
すると……
「……んっ!」
やっぱり。
お姉ちゃん、起きてるんだ。
じゃあ、どうして返事してくれないんだろう……?
……あ。
ふと思い出したのは、お姉ちゃんの言葉。
恋人同士になって初めて迎えた朝。お姉ちゃんこう言ってた。
(――「アリスちゃん、お姫様みたいだなって思って。だから、キスしたら起きてくれるかもー、みたいな……」――)
それでお姉ちゃんは、私の唇にキスしてくれた。唇に……
なら、私も……
そうしたら、きっと……
「……ん、ぅ……っ」
じっと見守る。私の視線の先で、
「おはよう、お姫さま」
ようやく、目を開けてくれた。
「……うん。おはよう」
答えたお姉ちゃんは、心なしかちょっと嬉しそうに見える。
やっぱり、そうしてほしかったんだ。ふふっ、かわいいなあ。
「お姉ちゃん、途中から起きてたでしょ」
「う、うん。その……へそにキスされた辺りから」
「じゃあ、どうして寝たふりしてたの?」
「それは……」
お姉ちゃんは視線をさ迷わせて、ちょっと迷っていたみたいだったけれど、結局はまた私を見てくれた。
「このまま寝たふりしてたらどうなるのかなあって、気になって。それに……んっ」
触れ合うと、お姉ちゃんの体は一瞬強張って、けれどすぐにほぐれて、私を抱きしめてくれた。
だから私も、そっとお姉ちゃんを抱きしめる。
「……こうしてほしかったんでしょ?」
お姉ちゃんは答える代わりに、軽く顎を引くようにして頷いた。
それがなんだか可愛くて、私はクスクス笑ってしまう。
「どうしたの?」
「私ね、不満だったの。だってお姉ちゃん、コタツで寝てばっかりで、全然構ってくれないんだもん」
「え、そうかな?」
「そうだよ! 私もっともっとお姉ちゃんと色々なことがしたいのに!」
私は物足りないのに、お姉ちゃんはそうでもなさそう。なんかムカッとする!
「ごめんごめん。私寒いの苦手でさー。冬は毎年こうなんだー」
「やだ」
「え?」
「やだやだ! ずぅっと寝てばっかりじゃやだ! もっと私に構ってよ!」
駄々っ子みたいに言うと、お姉ちゃんはちょっと困ったような顔になった。
でもそれは一瞬のこと。つぎの瞬間には、照れた、少しだけイタズラっぽい笑みが浮かぶ。
「じゃあ、アリスちゃんが私に構って。ずっと傍にいてくれたら、私、寝ずにいられるかも……」
最初は冗談を言ってるんだと思った。からかってるんだって。でも……
ぎゅっと、握られた手から感じるお姉ちゃんの温もり。
その手はほんの少しだけ震えていて、だからこそ伝わってきたような気がした。
お姉ちゃんの、気持ちが。
「いっぱい構ってあげるね」
耳元で囁くと、お姉ちゃんが頷いた時、お互いの頬が少しだけ触れ合った。
それだけのことが、嬉しくて、くすぐったくて、恥ずかしくて、お互いに笑ってしまって……
お風呂に入ろうとしていたことを思い出したのは、もうちょっと後のことだ。
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