第48話 女子会(Side:高校生)

「それでお姉ちゃんがね……」


「へー、そうなんだー」


「そしたらお姉ちゃんが……」


「あはは、すごいねー」


 そこで、小岩井さんはハッとした顔になった。



「なんかごめんね? 私、一人で話してた」


 週末。


 小岩井さんが私の家にお泊りに来てくれた。


 なのでいいチャンスだと思い、小岩井さんに普段遥香さんと何をしているのか詳しく話を聞くことにした。


 だって、私が見守るのにも限界があるし。流石に二人が部屋で何してるかまでは見れないもんね。



「うぅん、気にしないで!」


 私は慌てて胸の前で両手を振った。


「私のことはいいから、もっと遥香さんとのこと教えて欲しいな」


「いいけど……なんか星野さん元気だね?」



 もりゃ勿論テンション上がるよ!


 小岩井さんが……あの小岩井さんが私の部屋にいるなんて!


 しかもただ遊びに来てくれたんじゃなくてお泊り! つまり一晩中小岩井さんと遥香さんの話を聞ける!




「あ、星野さんが食べてるやつ、新作の味だね」


「え? うん」


 私が食べているのはパッキーのカレー味だ。すごく不思議な味がします。


「一本ちょうだい?」


「いいよ」



 二人で持ち寄ったお菓子を食べている途中、小岩井さんにどうぞと袋を渡す。


 本当はね、私が今咥えているやつを「どーぞっ」ってやりたいんだけどね。でもやらない。



 私は自分がやるよりも、小岩井さんと遥香さんがしてるところを見たい!


 いや、そうだよ! 私は二人がイチャイチャしてるところが見たいのに! これじゃ何も意味ないじゃん!


 でも小岩井さんと過ごせてうれしい! なんてジレンマ! 私どーしたらいいんだろうっ!?



「ほ、星野さん……?」


「ごめんごめんっ。何でもないから!」


 危ない危ない、ちょっとどーよーしちゃってた。落ち着かなきゃ。


 ひっひっふー、ひっひっふー……



「あ、もしよかったら、お返しにこれどーぞ」


「ふひっ!?」


 奇妙な声に、小岩井さんより私自身のほうがビックリしてしまった。


 いやだって、でもしょうがない。小岩井さんは、口に咥えたパッキーを私に向けてきたから。




 それってつまり……そういうこと、だよね。


 えぇえええええええええええええっ!? いぃ、いいのっ!? だってだって……いいのぉっ!?



 いや、待って落ち着いて。いいのもなにも、ダメに決まってるじゃん! 私はあくまで観測者でいたいの! 自分がやっちゃ意味ないの!


 で、でもでも、せっかく小岩井さんがしてくれてるんだし? 断るのも失礼っていうか?



 いやいや、だからダメだってば! 私は観測者なんだってば! されるんじゃなくて見てたいの!


 ……ホントだよ? 迷ったりなんかしてないんだからね! 勘違いしないでよね!




「星野さん?」


 いつの間にか、小岩井さんの顔が間近にあった。


 突然のことに、私は身を引くことさえできずに完全に固まってしまう。



 すごい……小岩井さん、すごくいい匂いする。


 それに、肌も白くて、きめ細かくて、まつ毛はけぶるみたいに長い。くるって上を向いてる。


 すごいなあ……この子、どうしてこんなにキレイなんだろう……?



「星野さん、大丈夫?」


「っ! う、うん。大丈夫大丈夫……っ」


「ならよかったけど……ごめんね? こういうの気にする人だった? ついお姉ちゃんといるつもりになっちゃって。お姉ちゃんとはよくするから……」


「そうなんだ……え、そうなのっ!?」


 何だかものすっごく気になるワードが出たんですけど!?



「うん。よくご飯食べさせてあげたりもするよ。お姉ちゃんてすぐ照れるから、それがかわいいんだー」


「そっ、その話もっと詳しく! 私がいろいろ想像できるくらいに事細かに詳細にっ!」


「いいけど……」


 すこし怪訝な表情にはなったけど、小岩井さんは遥香さんとのことを色々と教えてくれた。


 その後で、小岩井さんは急にクスクスと笑いだした。



「星野さんてさ、ちょっとだけ変わってるよね」


「え、そう? 普通だと思うけど……」


「うぅん、変わってるよ。だって、クラスの人は、こんなふうに話してくれないもん」


「それは……」


 そうかも。


 小岩井さんはとってもキレイで、聡明で、面倒見がよくて、先生たちからも信頼されてる。


 一見して、この人は完璧だ。弱点がない。だから、近寄りがたい……とまでは言わないけれども、周りの人たちは自然と一線を引いてしまっている。



「だからね、今日も誘ってくれて、すごく嬉しかったんだ。お友達のお家にお泊りするって、ちょっと憧れてたから」


 照れているんだろうか、小岩井さんの肌には朱が差している。肌が白いからか、それが一層際立って見える。


 それでも、小岩井さんは私をじっと見てくれていた。だから私も、小岩井さんから目を逸らすことができなくて……



「私、すっごく楽しいよ。本当にありがとう、星野さん。大好きだよ……って、改まって言うとやっぱり恥ずかしいね」


 …………



「星野さん? あの、聞いてる……?」



 …………………………………………



「星野さん? 星野さ……き、気絶してる」




 一人になった部屋で、私はふぅとため息をつく。


 それにしても、さっきはビックリしたなあ。星野さんが急に気絶するなんて。


 本人は最近寝不足だからって言ってたけど……



 あれ? てことは、私のあの告白は聞いてなかったのかな!?


 結構勇気振り絞ったんだけどなあ……



 その星野さんは、現在入浴中だ。


 ちなみに、私は先に済ませた。せっかくだし、一緒に入りたいなーと思ったんだけど拒否されてしまった。


 なんか、「私の命が危ないからー」とかよく分からないこと言ってたけど……恥ずかしいってことだよね、多分。



 さて、どうしようかな。


 星野さんがお風呂から上がるまで、暇になってしまった。


 本でも読ませてもらおうかなあと思ったけど、許可も取らずに勝手に読むのは気が引ける。



 ……うーん、暇だ。


 お姉ちゃん、今何してるのかなあ? 確か、井上さんがレポートをやりに来るって言ってたっけ?


 電話してみようかな? でも、お邪魔だよね、多分。レポートもそうだけど、井上さんとお話とかしているだろうし。



 でも……でもだよ?


 もしも、その……二人が変な空気になってたら!?


 だってだって! 二人はもう二十歳なわけで、お酒が飲めるわけで、つまり酔った勢いでそのままなんてことが無きにしも非ずかもしれないわけでぇ!



 ああ、もうっ! 気になりだしたら止まらなくなっちゃった。


 やっぱり、こうなったら電話するしか……


 と、そう思った時だった。



「わっ!?」


 急にスマホのバイブレーションが鳴って、ビックリして落としそうになってしまう。


「わっとっと……っ」


 スマホを抱きかかえるみたいに持って「ふぅ」と息を吐く。それから画面を確認すると、お姉ちゃんからメッセージが来ていた。



 おお……


 私の体が震えているのは、今度はビックリしたからじゃない。


 お姉ちゃんのことを考えているときにお姉ちゃんから連絡が来るなんて! すごい! これって運命だよ! 私たち分かり合ってる!



 きっとお姉ちゃんも私のことを考えてくれてたんだなあ。えへへ、嬉しいなあ……


 スマホのロックを外してメッセージを確認する。して、固まる。



 それが、あまりに予想外な内容だったから。


 写真だった。二枚の写真。


 パーカーとキャミソールの裾を口で咥えてめくりあげて、胸を強調するみたいな恰好をした写真と、目を瞑って上を向き、ちょっと唇を突き出した写真。まるで、キスでもしているみたいな……



 ……え、えぇっ!? なっ、何この写真! 何事!? 一体どうしちゃったの!?


 い、井上さんと何があったんだろう? ま、まさかっ!?


 そっか、そうだったんだ……



 お姉ちゃん、欲求不満なんだ……!



 私とキスできないから、それで我慢できなくてこんな写真を送ってきたんだ!


 もう、しょうがないなあお姉ちゃんは! ホントにエッチなんだから!



 よし、とりあえず保存しよう。あとパソコンにも転送しなきゃ。


 と操作していると、またスマホが震える。今度は電話だ。相手は……



「お姉ちゃん!?」


 慌てて電話に出ると、『あ、アリスちゃん!?』と私以上に焦った声が聞こえてきた。


『ごめんね? さっき変な写真送っちゃったでしょ。あれはその……井上がふざけて撮って送ったやつだから、その……気にしないでね? ていうか、その……消してくれる?』


「うん、分かった。消しとくね」


 嘘です。もう保存したし転送しました。


 でも嘘つきはお姉ちゃんもだよ! 欲求不満なのを隠して井上さんのせいにするなんて!



『ごめんね、ビックリさせちゃって……』


「ホントにビックリしたよ!」


 あんまり予想外だったから、素直な感想が口から出てしまう。


「いくら欲求不満だからって、あんな写真送ってくるなんて思わないもん」



『えっ?』


「えっ?」



「「ゑ?」」



 おや……?



『よ、欲求……?』


「うん。だって欲求不満だから、私にエッチな写真送ってきたんでしょ?」


『違うよ!? 何でそんな話になってるの!?』


 なんか怒られた。理不尽!



『さっきも言ったでしょ? 井上が送っちゃっただけ。別に変な意味はないから。当の本人は眠っちゃうし、まったく……」


「そ、そうなんだ」


 それはそれで、ちょっと寂しいかも。


「私は、てっきり私がいないのを寂しがってくれてると思ったのに……」


 お姉ちゃんはすぐには返答してくれなかった。


 何やら躊躇うような息遣いが聞こえて、それから、



『寂しいよ』


 ポツリと、声が聞こえた。


『前にも言ったけど、もう家にアリスちゃんがいるのは自然になってるし。だからいないと、その……寂しいよ……』



 ……うぅ、うぅううううううううううううっ!!


 抱きしめたい! 今すぐお姉ちゃんを抱きしめてキスしたいっ!!



 でもそれはできないし……


 どうしよう? どうやったら、今のこの気持ちを、お姉ちゃんに伝えられるかな?



「ちゅっ」



 自分でも驚いたけど、答えはすぐに出てくれた。一度して、そしてその後で、もう一度。



『アリスちゃん? 何してるの? 何の音?』


 それなのに、お姉ちゃんは分かってくれなかった。



「お姉ちゃんにキスした音、だよ……」


 いつもと違うし方だからか、何だか妙に恥ずかしい。


 だからだろうか、自分の声とは思えないくらいに小さくなってしまった。


 大丈夫かな? ちゃんと聞こえたかな? どんどん不安になっていく。沈黙が妙に長い時間に思えて……



『ちゅっ』



 それは唐突に破られた。



「お姉ちゃん……?」


 すると、返答の代わりに「ちゅっ」と同じ音が。



 そこでようやく、お姉ちゃんが応えてくれているんだって分かった。


 だから私ももう一度する。そうしたら、お姉ちゃんはまた応えてくれた。



「好き……大好きだよ、お姉ちゃん……ちゅっ」


『うん。私も……ちゅっ……大好き』


 なんだろう……なんか、不思議な感じ。


 いつもと同じなのに、いつもと違う……離れているのに、体の奥まで温かくなっていく……



「おやすみなさい、お姉ちゃん」


『うん。お休み、アリスちゃん」




 その後、星野さんがなかなかお風呂から帰ってこないのでドアを開けてみると、そこには星野さんが倒れていた。鼻血を流して。


 ……本人はのぼせただけって言ってたけど、大丈夫なのかなあ……?

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