第47話 女子会(Side:大学生)
「――そしたらそいつ何してたと思うっ!?」
「さあ? 何してたの?」
「他の女と寝てたの! ひどくない!?」
「……へー。あ、そう」
金曜日。
週末を利用し一緒にレポートを仕上げようという話になって、井上は私の家に来ていた。
と言っても、それは理由の半分だ。もう半分……多分こっちが本番だ。
「二股とかマジ最悪でしょ!」
「……ねえ、いつだったか四股してたの誰だっけ?」
井上とのプチ女子会だ。
夜の十時過ぎ。レポートを早々に終わらせ、今はコンビニで調達した缶のお酒とつまみで井上の愚痴を聞かされている。
……ていうかマジかコイツ。面の皮が厚いというか、バカでクズなんだなあ……
なんて思いつつ、お酒を一口飲む。
「思い出したらまたムカついてきた。私も浮気したる! だからみゃーの、付き合っとくれ」
「はんっ、やだね」
「いいだろー。ほら、この手羽先あげるから」
「それ私が買ったやつじゃん……」
まあ食べるけど。……うん、おいしい。
「どうだ、うまいだろう?」
「……なにその嗄れ声」
「二人でたまに行く居酒屋の大将の物まね。どうだ、うまいだろう?」
「うーん……ま、雰囲気は出てるかな」
アリスちゃんが来る前は、よく井上と飲みに行ってたんだよね。
最近はなあ。アリスちゃんがいるからって思うと、あんまり行く気にならないけど……
そのアリスちゃんは、今日は星野さんの家にお泊りに行っている。家にアリスちゃんがいないって久しぶりだから、ちょっと変な感じだ。
井上は愚痴るだけ愚痴って満足したらしい。「さっきから言おうと思ってたんだけどさ」と言った。
……なんだろう、なんか……真剣な顔。コイツのこんな顔、初めて見たかも……
「みゃーの、パンツ見えてる」
「ちょっとっ」
やっぱり井上は井上だった。
ルームウェアのショートパンツだからかな。いちいち言わなくていいのに。
思いつつ、座り方を変える。通称、女の子座り。
「なんだよー。隠すなよー」
照れ隠しにお酒に口をつけていると、井上がくっついてきた。……う、鬱陶しい!
「酔ってるでしょ?」
「ちっとも酔ってない」
酔っぱらいは皆そう言うんだよ。
「そういえば、みゃーののパンツで思い出したんだけどさー」
「うん……うん?」
「セックスしたことある?」
「…………あん?」
いきなり何言ってるんだろうこの人。怖い。
「やっぱ酔ってるでしょ?」
「全然酔ってない」
絶対嘘だ。顔赤くなってきてるし。
「急になに。せっ……なに?」
「だからセックスだよ、セックス。エッチ、交尾」
セリフは頭悪そうなのに、顔は真面目腐っている。
いや、ていうか……いやいや、いやいやいやいやっ!
「マジで何っ。絶対酔ってるでしょ」
「ちょっと気になってさー。だってみゃーのって、全然恋人作んないじゃん。だからエッチなことに興味あったりしないのかなーって思ってさ。え、もしかして煩悩断ってるの? 僧なの? ビショップみゃーのって呼んだ方がいい?」
「いや、やめて。普通に呼んで……それにその……あるよ、興味。人並みには……」
「おおーっ!」
と、妙に井上のテンションが上がっている。
「仕方ない! そんじゃ私が一肌脱いでやろうじゃあないかね!」
いやな予感しかしない。
また何か下らないこと考えてるな。
「ねえ、まさか『私が相手をしてやる!』なんて言わないよね?」
「そんなの当然じゃん。おんやぁ? まさかみゃーのは期待してたのかにゃ~?」
「は!? 違うし! そんな訳ないじゃんっ!」
思わぬ反撃を食らった。まさかそう来るとは。でも……
「じゃあ、何する気?」
「そんなの決まってるじゃん」
そこで言葉を切って、神妙な顔つきになる井上。一体、何を企んでいるのか……
「こ、こんな感じ……?」
「違うよ。ほら、もっと体から力抜いて……」
「こ、こう?」
「そうそう。それでもっと視線を上に……おおっ、いいねー」
「……いや、てかさ、これマジで意味あるの?」
今さらともいえる疑問が出てしまう。
私は今、ベッドの上に座り、パーカーとキャミの裾を口でつまんでめくり上げている格好だ。
さらに両腕で胸を挟んで強調するみたいで……
「もちろん! ありありだっての! こういう色っぽいカッコが重要なんだから!」
言いながら、井上は写真を一枚撮る。
「ほら見てみ」
見せられた画面を見て、私は自分が顔を顰めたのが分かった。
写真に写った私は上半身を見せびらかす格好で、なんか……おぅ。
「変態みたいじゃん、私……」
「いやいやこんなの普通だって! こういうのがあった方が後々燃えるんだから!」
「ほんとかよ」
「トラストミー……」
巻き舌で言った井上は妙に真面目な表情。と思ったら、
「じゃ、次はキス顔ね」
「冗談でしょ?」
と思ったけど、井上はまた真面目な顔になってる。冗談じゃないっぽい。
キス顔……キス顔かあ……
アリスちゃんとキスしてるとき、私どんな顔してるんだろ?
うーん……こんな感じかな?
「おっ。みゃーのはキスするとき目を瞑る派なんだねぇ」
「う、うるさいっ!」
でも、確かにそうかも。アリスちゃんとキスする時、私いつも目を閉じてる。
だってなんか恥ずかしいし。だから漠然と、皆そうなんじゃないかなあ、なんて思ってたけど……
「井上は瞑んないの?」
「うーん……」
何気なく訊いてみると、井上は意味ありげに唸った。
「どっちだと思う?」
言いながら、井上は私の首に腕をまわしてきた。
そして、顔を近づけてくる。
「ちょ、ちょっとなにっ?」
突然のことで反射的に身を引く。それでも、井上はまだ近くにいて……
なんか、こんな近くでコイツの顔見るの、初めてだ。意外とまつ毛長いなコイツ。アリスちゃんほどじゃないけど。それに、そこそこ肌もきめ細かい。アリスちゃんほどじゃないけど。
「教えてあげようと思って。私がキスする時どうしてるのか」
言っている間にも、井上の顔はゆっくりと近づいてくる。
その目はじっと私を見ていて、放そうとしない……
そっか、井上は目を閉じないんだ。私とは反対に……って、いやいや!
それどころじゃないって! マジで何してんのコイツ!
「ちょ、ちょっと、やめてってば!」
「え~、いいじゃん。友達同士ならおふざけですることもあるって」
いやいやいやいや!
確かに高校生の頃、友達同士でのスキンシップ……手を繋いだり膝に座ったりくらいはあったけど、キスはしたことない!
「ほ、ホント待っててば! 私……っ」
アリスちゃん以外とは……
「大丈夫。将来みゃーのが恥かかないように、私が教えたげるから」
「だっ、だから……やめろってのこのアホ!」
本当にアレな流れになってきたので、井上の頬をひっぱたく。
「ったぁ!? ひ、ひどいよみゃーの! 叩くことないじゃんかぁ!」
頬を押さえた井上が、わざとらしい涙声で言う。
「うるさい。調子に乗りすぎ。まったく……」
はあ、危なかった。ていうか、不覚にもちょっとドキドキしちゃった。……井上のくせに。
「いいもん。みゃーのがその気なら。腹いせにさっきの写真、アリスちゃんに送っちゃる!」
「はっ……はっ!?」
今度は別の意味でドキッとする。
さっきの写真て、まさか……上半身裸の写真とキス顔の!? それは困る!
「ちょっと待って!」
「いやだねっ」
何故か不貞腐れた様子の井上からスマホを奪おうとするも、ひょいとかわされる。
「それ貸して!」
「やだね!」
ひょいひょい。
「貸せ!」
「やなこった!」
ひょいひょいひょい。
「よこせ!」
「じゃあキスさせろ!」
「ふざけん……きゃっ!?」
ひょいひょいひょいひょい……どさっ。
井上と攻防を続けていると、勢い余って倒れてしまった。……井上を押し倒すような恰好で。
また井上の顔が近くにある。見つめ合うこと数秒、私はハッと我に返った。
「ご、ごめん! 大丈夫っ?」
怪我はないかなと心配になったけど……
「やーん! みゃーのに犯される~、困るぅ~」
……うん、なんか大丈夫そう。心配して損した。
「あ、やべっ」
「え? なに!? まさかマジで写真送ったの!?」
また心配になってきた。コイツマジでそういうところあるからな。
「なーんて、冗談だよ冗談。ほんとに送ったりはしないって」
はあ、とため息が出てしまう。
立ち上がろうとして、ふらっとよろめく。
ヤバ、急に動いたから、一気に酔いが回ったのかも。
お酒のせいでなんか変なテンションになってるし、ちょっと夜風にあたろうかな……
「あっ」
「もう、今度は何?」
「ごめん、みゃーの」
井上は、普段とは打って変わった表情をしてる。
申し訳なさそうというか……〝やっちゃった〟、みたいな顔。
「写真、マジでアリスちゃんに送っちゃってたみたい」
…………
……………………
「……………………………………は?」
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