第43話 アリスちゃんとデート(プール編)

 アリスちゃんが、すぐ傍にいる。


 目を瞑っていても、それを感じる。でも……



「んんむぅ……っ!?」



 ついに我慢できず、私は水面から顔を出した。


 ケホケホ咽つつ息を整える。それからふうと息をはいた。



「急に何するのアリスちゃん……っ」


 が、何故かアリスちゃんは嬉しそうな顔をしてる。


「えへへ、お姉ちゃんに助けられちゃったぁ」


「た、助けられたって……」


 アリスちゃんが、水に潜ったまま全然出てこないから心配になって私も潜ったら……



「もう、プールの中でキスだなんて……」


「今のはキスじゃなくて人工呼吸。だから何も問題ないよ」


 またそういうことを……何が問題ないのか分からないよ。けど……



「それに、言ってくれたでしょ? ちょっとだけ変えてみようって」


 そう言ったアリスちゃんは本当にうれしそうで、私は何も言えなくなってしまう。


 まあ、いいんだけどね、別に。



「あの時のお姉ちゃん、すっごくかわいかったなあ。いつもより積極的で……」


「それ以上言わないでっ!」


 こういうのは、ちっともよくないけど。




 土曜日。


 私はアリスちゃんと一緒に温水プールに来ていた。


 お母さんが知り合いからペアチケットを貰ったらしくて、それを私たちにくれたから。


 水着は夏に来たのと同じものだ。普通に着れた。……まあ、まだ何ヶ月かしか経ってないし? 二十歳だからもう成長が止まっているとかそんなんかんけーないかもだし?



 そんなことを考えちゃうのも、アリスちゃんのスタイルのせいだ。


 肌は白いし、くびれはキレイだし。いいなあ……それになんか、また大きくなってない? どことは言わないけれども。着るときも、ちょっとキツそうにしてたし。



「お姉ちゃん、どうかしたの?」


 気づけば、アリスちゃんの青い目が私を見つめている。


 スタイルに劣等感があります、なんて、年下の子に言えるはずもない。それに、それよりも……



「何でもないよ。アリスちゃん、今日はたくさん楽しもうね。だって……」


 デートなんだし。


 最後の言葉、アリスちゃんに聞こえたかな。声が小さくなっちゃった。


 ちょっと心配だったけど……



「うん。デート、楽しもうね。お姉ちゃん」


 そんな必要、全然なかったみたい。




 この温水施設には、水着で入れるスパまであるらしい。


 その一つが〝足湯セラピー〟というもので、ドクターフィッシュに足の角質を食べてもらうというものだ。


 アリスちゃんが体験してみたいと言うので、まずはそこに行こうとしたんだけど……



 ど、どうしよう……


 私は頭を悩ませる。やっても、大丈夫かな? 大丈夫だよね? これはデートなんだし、それっぽいことしなきゃ!


 内心の焦りとは裏腹に、私の手はゆっくりとしか動いてくれない。それでも、少しづつ動いてくれて、



 ぎゅっ



 アリスちゃんの手を握った。


 握った……握っちゃった……っ!



 ど、どうしよう、大丈夫かな? 大丈夫だよね、前にも握ったことあるし。


 デートだし、っぽいことしなきゃって、焦っちゃったかもだけど……



 ――ぎゅっ



 手のひらに感じた温もりはあっという間に全身に広がって、私のつまらない不安を上書きしてくれた。


 ちら、と横目で見てみると、アリスちゃんは何だか嬉しそうだった。


 うん、やってよかった。




 足湯セラピーを受ける前に係の人から簡単な注意事項を説明されて、それから足湯に入って、


「おぉ、なんか、ちょっとくすぐったいね……」


「うん。足を入れたらすぐに寄ってきて、ちょっとかわいいかも」


 初ドクターフィッシュに、アリスちゃんがちょっと興奮している。まあ、かくいう私も初めてだけど。



「んっ……くすぐったいけど、気持ちいい……」


 それに、なんかこれ……


「キスされてるみたい」



 何気なく、そう言った。


 別に深い意味はない。ただ、思ったから言った。言ったら……



「ふーん」


 隣から、意味ありげな声が聞こえてきた。それは勿論アリスちゃんのもので、そして、


「ん……っ!」


 急に足に刺激が来た。


 それはドクターフィッシュのものじゃない。もっと、強い……


 下を見ると、アリスちゃんの頭があった。そして……



「んんぅ……っ!」


 さっきよりも強い刺激。


 なんか、何だろ、変な感じ……ちゅぅうううって……


 まるでアリスちゃんが、私の太ももを吸ってるみたい……!



「あ、アリスちゃんっ、何してるの……っ!」


「おねえひゃんの……」


「っ、待って、唇つけたまま喋っちゃヤダよ……っ」


 すると、アリスちゃんは顔を上げて、じっと私を見てくる。


 ニコッと笑ったかと思うと頭を下げて、



「おねえひゃんのふとももをふっていまふ」


 また足に刺激が来る。体がビクンと震えて、アリスちゃんはそれを抑えるように私の太ももを押さえつけてきた。


「アリスちゃん、何言ってるのか分かんないよ……!」


 すると、アリスちゃんはまた顔を上げて私を見てきた。


 そして、またニコッと笑って、



「お姉ちゃんの太ももを吸っています」


「……何で?」


「おいしそうだから」


「えー……なんか、変態っぽいよ、それ」


 すると、今度はアリスちゃんは「だって」と不満そうに唇を尖らせた。



「気持ちいいって言った。キスされてるみたいって」


「えっ? うん、確かに言ったけど……」


「だから、決めてもらおうと思って。私と、どっちが気持ちいいか……んむっ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべたと思った途端、足に刺激が走った。



「んぅ……っ!」


 それは、さっきまでよりも、ほんの少し強い刺激だった。


 でもどうした訳か私の体は大きく震えて、はずみで湯に入れた足を浮かせてしまう。


 それがいけなかった。



「は……ぁ……んっ!」


 今まで私の足をつついていた小魚が、足の裏に入り込んできた。


 つんつんと、今までと同じように、小魚たちは私の角質を食べてくれてるけど……



 く、くすぐったい……っ! 普段あんまり触らないところだから、なんか……


 ちょ、ちょっと一旦、足湯から出よう。


 と、思ったんだけど……



「あ、アリスちゃんっ!?」


 それを防ぐように、足を押さえつけられた。


「だめ、逃げちゃ。どっちが気持ちいいか、決めてもらうんだから……んっ」


 アリスちゃんは、また私の太ももにキスをした。



 いつも唇にしてくれるときみたいに、そっと、やさしく。けど、それは次第に激しくなっていく……


 アリスちゃんが息継ぎのために顔を上げたとき、アリスちゃんの口から私の太ももまでは糸を引いていて、朱色に染まっているのが見えた。


 初めて見る光景にドキッとして、



「っっ!!」



 息を詰める。



 ぺろっ



 と、アリスちゃんの舌が私の太ももを舐めたからだ。


「あ、アリスちゃん、なにしてるの……っ!」


 でも、アリスちゃんは何も答えてくれない。


 垂れてきた髪を耳にかけて、ペロペロと舐めてくる。



「だ、だめ……っ! くすぐったいよ……っ」


「だって、小魚たちも太ももまではつつけないでしょ? だから、ここは私がキレイにしてあげるね」


 有言実行とばかりに、アリスちゃんはまた舌を伸ばしてくる。


 こんなにキレイな子が、小さなピンク色の舌を伸ばして、私の足を舐めている。


 そう考えると、初めて抱いた感情に呑まれそうになった。けど……



「ん……っ!」


 今までとはまた違った刺激に、体が震えてしまう。


 つーー、と、まるで線でも引くみたいに、太ももから足の付け根までを舐められた。



「やっ、だめ……!」


 変なところまで舐められるんじゃって焦ったけど、幸い……なのかな……? アリスちゃんが舐めてくれるのは、太ももだけだ。


 時には舌先でつつくように、時には舌全体で、アリスちゃんは私の太ももを舐める。でも……


 私の体が震えてしまうのは、それだけが理由じゃない。



「んぁ……っ!」


 足裏からの刺激に、足を上げそうになると、まだアリスちゃんに押さえつけられる。


「らめ。がまんひて」


 舌足らずなのは、舐めながら喋っているから。


 そのことに背徳感みたいなものを覚えて、妙にゾクゾクした。私の感覚を、さらに敏感にしてるみたいな……



 アリスちゃんに太ももをつつかれて、吸われて、舐められて……


 湯の中では足と足裏を小魚につつかれて……



 最初は足裏の刺激が一番大きかった。けど、次第にアリスちゃんからの刺激がどんどん大きくなっていって、でもやっぱり足裏からの刺激も強い気がして……


 色々な刺激が混ざり合って、それはあっという間に静電気みたいにピリピリと、私の全身に広がっていく。



「ぁ、アリスちゃん、やめて……っ」


「じゃあ、教えて? どっちが気持ちいい?」


「わ、分かんないよ、そんなの……んんっ」


 アリスちゃんからの刺激がまた強くなる。


 それは小魚からの刺激だけじゃなく私までを飲み込んで、ついには……



「ぁ……ちゃん」


 口から、溢れてしまった。


「アリスちゃん……っ! アリスちゃんのほうが気持ちいいよっ、気持ちよくて、上手だから……だから、もぅ……やめ……っ」



「ほんとぉ?」


 下から、嬉しそうな声が聞こえてきた。


「よかった。じゃあ、もっと頑張るねっ」


 下から、予想外の言葉が聞こえてきた。



「え、えっ? アリスちゃん? 答えたらやめてくれるんじゃ……」


「私そんなこと言ってないもん」


 ……あれ? そうだっけ?


 やば、訳分かんなくなってきた。



「お姉ちゃん、私、頑張るからっ」


 純粋な笑顔で言うアリスちゃん。その笑顔が、一転してイタズラっぽいものになる。


「お姉ちゃんも頑張ってね? 声、我慢するの」


「えっ?」


 どういうこと?


 なんて、訊くまでもなかった。



 とりあえず、もうアリスちゃんとは足湯セラピーは受けないようにしようと心に誓った。

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