第41話 お酒は二十歳になってから

「はぁ~~……」


 バックヤードに引っ込んだ私の口からは、大きなため息が漏れてしまう。



 今日は日曜日。そしてついさっきまでランチタイムだった。


『ルエ・パウゼ』は大盛況で、目の回るような忙しさ。


 休憩に入ったことで、どうも気が抜けちゃったらしい。




「お疲れさまーおねえちゃん」


 休憩室に入ると、アリスちゃんが出迎えてくれた。



「ねえ、一緒に紅茶飲もうよ。私、淹れるから」


「ありがとー。お願いしていいかな?」


 アリスちゃんは「はあい」と答えて、準備をしてくれる。


 手伝おうかと言ったら、大丈夫と言われたのでお言葉に甘えて座って一息つく。


 そこでテーブルの上にチョコレートが置かれていることに気づいた。どうやら、オーナーのお土産らしい。



 やっぱり疲れたときには甘いものだよなー。


 なんて思いながら包装をといて、チョコレートを口に放り込んで……



「けほっ、こほ……っ」


 思いっきり咽てしまった。というのも……


「これ、ウイスキーボンボンじゃん……」


 しかも結構キツイ。これ、お酒に弱い人は食べられなさそう。



「お待たせ、おねえちゃん」


 ありがとーと言って紅茶を一口飲む。


 ……ふぅ、おいしい。



「大丈夫? なんだかお疲れみたい」


「うん、なんか今日忙しくって。アリスちゃんは疲れてないの?」


「私は大丈夫だよ」


 アリスちゃんはそう言っているけど……気のせいかな? なんか、顔がちょっと赤いような……



「んむっ!?」



 突然、キスをされた。


 アリスちゃんは手を私の両肩に、片膝をイスの上に置いて、私に覆いかぶさるみたいな格好で唇を塞いできた。



「ちょ……んっ……アリ、ちゃっ……どうし……っ……んんっ……」



 どうしたんだろ? なにかイヤなことでもあったのかな?


 と思っていると、



「愛してるよぉおねえちゃん。だぁい好き」


 甘い言葉を囁かれて、またすぐに唇を塞がれる。


 アリスちゃん、様子がちょっと変だ。それに……そう、味だ。私が大好きなこの味も、いつもと違う。


 なんか、苦くて、まるでお酒みたいな……お酒っ!?



 そこでようやく気づいた。ま、まさか……


「……っは」


 アリスちゃんの唇が私から離れる。


 肌は赤く染まっている。アリスちゃんは肌が白いから、余計にそう見えた。それに息も荒い。キスをしたから、ではなくて……



「アリスちゃん。もしかして、食べた? そのチョコ……」


「うん。一つ貰ったよ」


 うん、間違いなく食べてる。


 だって、アリスちゃんの息、ちょっとお酒臭いし!



「可哀そうなお姉ちゃん」


 耳元で、吐息みたいな声で囁かれる。


「安心して、私が疲れを取ってあげるからね」



 突然、アリスちゃんに服を脱がされた。


 私の肩に置かれていた手はメイド服をはだけさせ、上半身裸に……っ!?



「ちょっ、アリスちゃん……!?」


「大丈夫だから、全部私に任せて。ね?」


「ま、任せてって……」


 何するつもり、と私が訊くよりも早く、アリスちゃんにブラを捲り上げられた。



 ほ、ほんとに何するつもり……っ!?



「んんぅ……っ!?」


 敏感なところに吸い付かれて、声をあげそうになる。寸前で堪えて、必死に息を整えつつ、



「ちょっ、ちょっと……あ、アリスちゃっ……やっ、だめぇ……っ!」



 つつかれて、引っ張られて、舐められて。


 アリスちゃんにされるたびに、体がビクビクと震える。まるで、強い静電気を流されているみたいに。



「ああっ!?」


 一層強い力でされた時、私は勢い余ってイスから落ちてしまった。


 いつもなら、アリスちゃんも一度止めてくれるんだけど……



「だめ、逃げないでよ」


 止めてくれるどころか、私の体を押さえつけて、強引に動きを封じてきた。



「ね、ねえ、アリスちゃ……んむっ!?」


 また唇を塞がれる。


 お互いの舌が絡まって、唾液が交じり合って、誰のものとも分からなくなって唇の端から溢れていく……


 口では「だめ」なんて言っちゃったけど……だめ。


 もっと、もっとしたい。もっとアリスちゃんと触れ合いたい。


 だめっ、これ……力抜けちゃ……っ!



「…………んぅっ!?」



 ビックリして声を上げそうになったけど、唇を塞がれているから、結局声にはならない。


 アリスちゃんの手が下に伸びてきたかと思うと、躊躇いなくスカートをめくられたから。


 それだけならもうあんまりビックリしなかったと思うけど、それだけじゃ終わらなかった。


 アリスちゃんの指が私の下着の中に入ってきて、私の敏感なところをそっと撫でてくる。



 う、うそ……


 私、こんなところで、触られて……


 なにこれ……っ! ダメなのに、なんだか……頭がポーっとしてきて……自分でするのと全然違う……っ!



「だっ、だめ、やめて……っ」


 こんなところ誰かに見られたらマジでヤバい!


 アリスちゃん以外にこんなカッコ見られるなんて絶対ヤダ……あれ?


 ヤバいってそういうこと? こういうことしてるのはいいのかな? あれ? 何か訳分かんなくなってきた。



「おねえちゃんかわいい」


 アリスちゃんの声が、ふわふわと降ってくる。まるで、雪みたいに。


「やめてっ……ほんと、だめだよ……っ!」


「どうして?」


 キョトンとした顔で私を見てくるアリスちゃんは、本当に不思議そうだった。



「私ね、ほんとーにおねえちゃんのことが大好きなんだよ。だから全部分かるんだ。どこをどう触ったら気持ちよくなってくれるのかなーとか、どうされるのが好きなのかなー、とか」


「っっ!!」


 耳元で囁かれたあとで耳を甘噛みされて、私はもう訳が分からない。


 自分がどこにいて今何をしているのかも……



「ね? こえ好きえしょ? ここ、気持ちいいんえしょ?」


 耳を甘噛みしたままのアリスちゃんの言葉は、何故だか妙に遠くで聞こえる。



 ……たしかに、そうかも。


 私、耳を甘噛みされるの好きだし。それに……



「ぁぁんっ!」


 自分の声に自分でビックリして、両手を叩きつけるみたいな勢いで口を塞ぐ。


 な、なに今の声? 私? ていうか、何で声、出て……



 目を開けると、アリスちゃんのキレイな青い目が私を見下ろしていた。


「大丈夫だよ」


 私の意識の合間をすり抜けて、静かに私の耳に言葉が届く。


「安心して。ぜぇんぶ私に任せてね。私たち、女の子同士だもん。だから、大丈夫だよ」



 だいじょうぶ……? そっか、だいじょうぶなんだ。


 だいじょうぶなら、もう……いいよね。



「アリスちゃん……おねがぃ」


「はあい」


 アリスちゃんの声が、妙に甘く聞こえる。


 吐息からも、甘い香りが漂っているような気がした。



 ちがう……これ、私だ。アリスちゃんじゃなくて、私の吐息。


 アリスちゃんに敏感なところを触られて、それがすごく気持ちよくて、声が出ちゃうから口を手で塞いで、でも吐息は漏れちゃって……


 我慢しなきゃ、だけど……っ。



 声、出したい……もう、出しちゃいたいっ!


 出したら、どうなっちゃうんだろう? 皆に聞こえちゃうかな? バレちゃうかな? バレたらどうなっちゃうのかな?



 色々なものが溢れて、あっという間に私を飲み込む。


 私はもう、何も考えられなくなってしまった。


 私の中にあるのは、もう目の前の女の子だけ。


 アリスちゃんが私の中に入ったことで、それ以外のものが溢れちゃったんだ。でも……



 足りない……


 もっと、もっとアリスちゃんが欲しい……っ!



「いいよ」


 耳元で、吐息みたいな声が聞こえた。


「私のこと、ぜぇんぶ、おねえちゃんにあげる」



 アリスちゃんがまた激しくなった。


「……んんぅっ!!」


 こ、これ……やば……っ!


 アリスちゃんは、本当に全部知ってるんだ。私が好きなことも、私の気持ちいいところも……



 恥ずかしいカッコも、顔も見られて、声も聞かれちゃって。私の恥ずかしいところ、全部知られちゃった。


 この子を前にすると、私はもう何もできないんだ。ただされるがままで、従うしかなくって……



 もう、げんかい……っ! がまんできないっ!


 わたし、こんなところで、アリスちゃんに……


 っ……ッ……~~~~…………っ!



 …………



 ……………………



「あ、アリスちゃん?」


 急にアリスちゃんの動きが止まった。


 ど、どうしたんだろう?


「アリスちゃん? どうしたの? 私、まだ……」


 そこで、私の言葉を遮るみたいにして、アリスちゃんが私の上に覆いかぶさってきた。



「ちょ、ちょっと、ほんとどうしたの? ねえ……」



 そこで、私は気づいた。気づいてしまった。


「すー……すー……」


 アリスちゃんが、気持ちよさそうに眠っているのに。



 え、嘘でしょ?




 ――何だか、お姉ちゃんの様子がおかしい。


 あんまり私と目を合わせてくれないっていうか、妙に言葉遣いがぶっきらぼうっていうか……ちょっと怒ってる感じ?


 どうしてだろう? 私、何かしちゃったかな……



『ルエ・パウゼ』での休憩時間の記憶がないんだよね。


 ウイスキーボンボン食べちゃったせいで、何か記憶がはっきりしなくて……


 そう言ったら、何だか余計に機嫌を損ねちゃったし。うーん……




「お姉ちゃん、私、お姉ちゃんに何かしちゃった?」


 夜、お部屋にお邪魔して、思い切って訊いてみた。


 すると、お姉ちゃんはまたムッとした表情になる。



「本当に覚えてないの?」


「う、うん。ごめん……私、何しちゃったの?」


 すると、お姉ちゃんはまたまたムッとした表情になっちゃった。



「あ、あのさ、教えてくれない? 何かしちゃったなら謝りたいし……」


「べ、別に謝ってもらうことないんだけど……」


 お姉ちゃんはそこで口ごもっちゃった。視線をあっちこっちにさ迷わせて、言おうかどうかを迷っているみたい。



「何かしちゃったっていうか、されてないっていうか……最後までしてくれなかったから、ちょっとその……物足りないっていうか、ずっと変な気持ちになっちゃってて……」


「? どういうこと?」


「だ、だからっ!」


 お姉ちゃんは意を決したみたいに私を見てきた。



「アリスちゃん、休憩室で酔って、私にいろいろしてきたでしょ。その、キスしたり……触ったり……」


 顔を真っ赤にして、もじもじしながらお姉ちゃんが言う。



 えぇと、私が酔って休憩室で? お姉ちゃんにキスとかして?


 最後までしてくれないから変な気持ちに……? 触って……



 気づいたときには、私は身を乗り出して、お姉ちゃんの唇を塞いでいた。



「んぅっ……ちゅ……あむっ……」



 お姉ちゃんがビックリしたのは、ほんの一瞬だけ。いつもよりずっと簡単に私を受け入れてくれて、応えてくれた。


 気持ちいい……体がピリピリして、力が抜けていくみたい。


 でも、なんだろう? いつもと、ちょっと感じが違う。どうして……



 すぐに分かった。お姉ちゃんだ。


 お姉ちゃんが、いつもよりもずっと積極的なんだ。


 舌を絡ませて、唇が離れたらすぐにまた塞いできて……それに、私の腕を掴んでる。


 まるで、逃がさないっていうみたいに。



「ふふっ」


 唇が離れたとき、私の口からは吐息みたいな笑い声が出た。


「な、なにっ?」


「大丈夫だよ。私、どこにも行かないから」


 額を合わせると、ちょっと擦れるみたいな刺激が来た。お姉ちゃんが頷いたから。



「だから――」


 そっと、お姉ちゃんの耳元で囁く。


 耳を甘噛みすると、お姉ちゃんの体はビクッと震えた。



 かわいい。


 一生懸命声を我慢して、刺激を与えるたびに、私に触れる手の力も強くなっていく。


 私の手の中で震えるこの人が、堪らなく愛しい。


 そう思うと、私はもう止まれなかった――




 ちなみに翌日。


「大丈夫? アリスちゃん」


「うぅ、頭痛い……」


 見事に二日酔いになりました。



 やっぱり、お酒は二十歳になってからだなあ。

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