第40話 アイドルデビュー!?

「アイドルにスカウトされた!?」


 夕食の席で今日あったことを話すと、お姉ちゃんはビックリした顔になった。



「うん。今日学校の帰りにね。名刺も貰っちゃった」


「あらあら、すごいじゃない。ま、アリスちゃんかわいいものねー」


 おばさんも驚いているみたいだけど、それ以上なのは私から名刺を受け取ったお姉ちゃんだ。



「これ、結構有名な芸能プロダクションじゃん……」


「そうなの? 私こういうのに詳しくないから分かんないや」


 でも、私と同じくそういうのにそれほど興味ないお姉ちゃんが知っているんだから、かなり有名なところなんだろうなあ。



「……それで、どうするの?」


「なにが?」


「スカウトされたんでしょ? 受けるの?」


「もちろんやらないよっ!」


 私が即答すると、お姉ちゃんはちょっと意外そうな顔をした。



「えっ、やらないの?」


「当たり前じゃん! だってそんなことしてたらお姉ちゃんと一緒にいる時間が減っちゃうじゃんっ! お姉ちゃんは私と一緒にいたくないのっ!?」


「えぇえええええっ!? 何で怒るの!?」


 そりゃ怒るよ! 私はずっとお姉ちゃんと一緒にいたいのにっ!



「でも、ちょっと勿体なくない? こういうチャンスって滅多にないよ、きっと」


「いいの! 私ほんとに興味ないんだから」


 念を押すと、お姉ちゃんは「そっか」と言って引き下がってくれた。



 ただでさえ学校にいるときはお姉ちゃんに会えないのに、これ以上時間が減るのはひっじょーーに困る。


 ……あれ? でも待って。


 お姉ちゃんさっきから「勿体ない」とか「チャンス」とか……ひょっとして、私にアイドルになってほしいってこと!?



 そっか、そうだったんだ……


 私がフリフリの衣装を着て、ステージで踊るところを見たいんだね!?


 そういうことなら話は別だ。お姉ちゃんにいいところ見せなくっちゃ!



 それに……これは願ってもない展開だ。


 だって、もし私が有名なアイドルになれたら……




「――お姉ちゃん、結婚して」


「トップアイドルのアリスちゃんに言われたら断れないよ……うん、結婚しよう」


「お姉ちゃん……」


「アリスちゃん……」




 なんてことになるのではっ!?


 これはお姉ちゃんからの遠回しなアプローチに違いない!


 それに…………おっと、いけない。色々と想像しちゃった。ほどほどにしておかないと。



「分かったよお姉ちゃん! 私、アイドルになるっ!」


「え、なるの?」


「うん! 任せてっ!」


「う、うん……?」


 喜んでくれているみたい。よし、がんばらなくっちゃ!


 華やかな未来に思いを馳せつつ、私は決意を新たにするのだった――




 それから、私の新しい生活が始まった。


 学校が終わったらアイドルのお仕事や練習をして、カフェのアルバイトは辞めなくちゃいけなくなって……


 そうこうしているうちに、あっという間に時間は経って、私はアイドルでいることのほうが多くなっていた。



 アイドルのお仕事は、思っていたよりも楽しい。


 かわいい衣装にも正直興味はあったし。でも……



 お姉ちゃんと……お姉ちゃんと過ごす時間がないっ!



 ここ最近、全然お姉ちゃんとキスできてない! それどころかお話しすらできてない! これじゃ私生きてる意味がないっ!


 なんか、最初に心配したとおりの状況になっちゃったなあ……


 はあ……


 ライブ前の楽屋で、思わずため息をついてしまう。



 コンコン



 突然扉をノックされて、今度は息を詰める。



「は、はいっ」


「アリスちゃん? 私だけど……入ってもいい?」


「お姉ちゃん!? ちょ、ちょっと待ってね!」


 慌ててドアを開けると、そこにはお姉ちゃんの姿があった。



「どうしたの? なんでここに……」


「これを渡そうと思って」


 キレイな花束を渡されて、私は感動のあまり泣きそうになってしまった。


 のを、辛うじて耐える。


 うぅ……っ。でもお姉ちゃんが、お姉ちゃんが私にお花をプレゼントしてくれるなんて……っ!


「ありがとう、お姉ちゃん」



 そう口にしたら、急に何かが溢れてきて、気がついたときには……



「んむっ……ちゅ……ぅっ……」



 私はお姉ちゃんの唇を塞いでいた。


 この感じ……なんだか随分久しぶりな気がする。でも……


 なんだろう? いつもとは、何かが違うような……



 すぐには分からなかったけど、やがてその理由に気づいた。


 お姉ちゃんだ……何かお姉ちゃん、いつもより積極的。


 唇だけじゃない。手も、小さく震わせながら必死に私に絡めて、息もどんどん上がってきて……



「……っは」


 唇が離れたとき、私たちは、お互いに肩で息をしていた。



「大好きだよ、アリスちゃん」


 かすれた声だったのに、それはとても鮮明に私の耳に届いた。



「私、アリスちゃんがアイドルになって、ようやく気づいたの。私、アリスちゃんが大好き。

 今までは私だけのアリスちゃんだったのに、今ではみんなのアリスちゃんになっちゃって……」


 お姉ちゃんはそこで言葉を止めて、私をじっと見てくる。


 何だか目が潤んでいて、何を言うか、考えているみたいだった。



「でも、私、アリスちゃんには私だけのアリスちゃんでいてほしいの。だから……」


 最後の言葉は聞き取れなかった。


 うぅん、信じられなかったから、思わず訊き返しちゃったけど……




「結婚しよう、アリスちゃ――」

「はい、喜んでっ!」



 聞き間違いじゃなかったんだ!


 私が……私がずぅっと待ち望んでいた言葉が、ついに……!


 私の小さい頃からの夢が、叶うなんて……夢みたい。




「幸せになろうねお姉ちゃぁあああああああああああんっ!!」


「えっ!? ちょっと……きゃああっ!?」


 感極まって、お姉ちゃんに抱き着いちゃった。でも極まりすぎちゃったみたい。お姉ちゃんと私は、イスから転げ落ちてしまって……イス?



「もう、急にどうしたの? アリスちゃん……」


 驚きと心配、あと呆れも混じったお姉ちゃんの顔が間近にあった。


 なんか、さっきまでとは顔も雰囲気も全然違う……



「あれ? お姉ちゃん、さっきプロポーズしてくれたよね? 結婚しようって」


「してないよ!? 何でそんな話になってるの!?」


「だってだって! 私が人気アイドルになって自分だけのじゃなくなったから自分だけのになってって!」


「言ってないよそんなこと! この数秒の間に何があったの!?」


「すーびょー?」


 目を瞬く。


 それから辺りを見回すと、そこはもうすっかり見慣れたリビングだった。


 私たちを見たおばさんも「大丈夫二人とも!?」なんて言っているし……あれ?




 はあ、とため息をついてしまう。


 控室じゃなく、自分の部屋で。



 さっきのは現実じゃなく、夢……でもなく、ただの妄想だったらしい。


 せっかくお姉ちゃんがプロポーズしてくれたと思ったのになあ……


 お姉ちゃんと結婚したいなあ……



 そこで、コンコン、とちょっと控えめなノックが聞こえてきた。


「はあい」


「アリスちゃん? 今ちょっといいかな?」


「うん。もちろん」


「じゃあ、ごめんだけど……ドア、開けてくれる?」


「? うん」



 ドアを開けようとして、気づく。


 これ、さっきの私の妄想と同じ展開だ!


 じゃ、じゃあ……このドアを開けたら、私プロポーズされるんでは!?



 なーんちゃって。


 流石の私も本気でそう思ってるわけじゃないです。


 ドアを開けると、そこにはお姉ちゃんの姿が。そしてその手には花束……ではなく、お盆が握られていた。そしてその上には、煮込みうどんが二つあった。


 まるで、私が来た最初の夜、そうしてくれたみたいに。


「よかったら、夜食に付き合ってくれない?」




 それから、うどんを食べつつとりとめのない会話をした。


 そして食べ終わって少し経ってから、お姉ちゃんは何気ない調子でこう言ってきた。


「あのね、アリスちゃん。もしスカウトを受けたいんなら、私に遠慮しなくてもいいからね?」


「え?」


 予想外のことを言われたので首を傾げてしまうと、お姉ちゃんにも不思議そうな顔をされた。



「あれ? 迷ってるんじゃないの? それで様子がおかしかったんじゃ……」


「違うよ。そういうわけじゃないから。あれはその…………気にしないで、大丈夫だから」


 言い訳が思い浮かばなかったのでうまく誤魔化せなかった。


 それでも、お姉ちゃんは遠慮してるわけじゃないことは分かってくれたらしい。「そっか」と引き下がってくれた。



 今度はお姉ちゃんの様子がちょっとおかしくなった。


 私を見たり視線をさ迷わせたり。ちょっとソワソワして。


 それから、何気ない口調で、


「それでさ……受けるの? スカウト」


「うぅん、受けないよ」



 そんなの決まってる。


 だって、やっぱりお姉ちゃんとの時間が減っちゃうのはいやだしね。



「……ホッとした?」


「べ、べつに……」


 一度は私から視線を逸らしたお姉ちゃんだけど、すぐにまた私を見て、


「……ちょこっとね」


 私がじっと見ていると、


「いや、もっと……結構安心した」


 お姉ちゃんの顔は真っ赤になっていて……



 私はといえば、思わず笑ってしまう。


「なっ、なに……?」


「どうして安心したの?」


 お姉ちゃんは口ごもって、また私から目を逸らしてしまった。


 今度は見ていても視線を戻してはくれない。だから……



「ねえ、どうして安心したの?」


 耳元で囁いて、お姉ちゃんの太ももに指を這わせる。


 すると、お姉ちゃんの体はビクッと震えて、私の手首を掴んできた。



「ちょ、ちょっと、アリスちゃん……っ」


 体をよじらせて逃げようとしたので、私はお姉ちゃんの肩を掴んで、無理やり押し倒した。



「ね、教えて。どうして安心したの?」


 ジッとお姉ちゃんを見下ろす。


 でも、やっぱり何も言ってくれなくて、目を逸らされちゃった。


 ふーん、そういう態度なんだ。そっちがそのつもりなら……



「きゃっ!?」


 お姉ちゃんの寝間着を捲り上げると、かわいいデザインの、レースがあしらわれたピンク色のブラがつけられて……


 これ、どう見てもナイトブラじゃない……よね?



「かわいい……」


 無意識のうちに、そんな言葉が零れていた。


「ねえ、寝るとき、いつもこんなのつけてるの?」


「……つけてない、よ」


 ポツリ、と小さな声が返ってくる。



「じゃあ、どうして今はつけてるの?」


 なんて、本当は訊かなくったって分る。


 あとは寝るだけっていうような時間に、こんなのをつけるなんて、理由は一つしかない。



「ひょっとして、期待してた?」


 予感的中。お姉ちゃんはまた私から視線を逸らした。今度は、顔を真っ赤にして。


「してたんだぁ」


「そっ、そんなこと……」


 ない、と言おうとしたんだと思うけど、お姉ちゃんはそこまで言えなかったみたい。


 結局口を噤んでしまう。かわいいなあ。



「私とそういうことがしたくて、オシャレしてきてくれたの?」


「ちっ、違う……うぅん、違わない、かも……」


 お姉ちゃんはそこで言葉を切って、それから私を見てきた。


 相変わらず顔は真っ赤で、目もちょっと潤んでいる。



「アリスちゃんの部屋に来ると、なんか……いつもそうなっちゃうから。だから、その……念のためっていうか……いちおう……」


 ちょとかすれた声で、一生懸命に喋るお姉ちゃん。


 それがとても可愛くて、愛おしくて。気づいたときには、私はお姉ちゃんの唇を塞いでいた。



「……んんっ……む……っ……っは……」



 一度始めたら止まれなかった。


 息が苦しくなってきてるのに、止まれない……離れられない……


 もっと……もっとお姉ちゃんが欲しい……!



 唇を合わせたまま、手を伸ばす。


 私の指がお姉ちゃんの敏感なところに触れた瞬間、一層激しく体が震えた。


 その後、お姉ちゃんは私の頬を弱弱しい力でぺちぺち叩いて、何か言いたそうな目で見てきた。


 唇を離すと、口の端から涎が垂れて、私たちの舌からは糸を引いていた。



「そっ、そこは……だめっ……だめだよ……っ」


「どうして?」


「だって……」


 お姉ちゃんが何も言えないみたいだから、私は試しにショートパンツを脱がせてみた。


 お姉ちゃんがつけている下着を見て、私はクスッと笑ってしまう。


 だってそれは、ブラとお揃いのかわいい下着だったから。



「だめ? こんな下着付けてるくせに? うそつき」


 耳元で囁いて、耳を甘噛みする。


 すると、お姉ちゃんの口から、切なそうな声が漏れた。



 やっぱり、これ好きなんだ。


 別荘のお風呂場でやったときも、気持ちよさそうだったもんね。



「キレイだよ、お姉ちゃん」


「アリスちゃんのほうがキレイだと思うけど……でも、ありがと……」


 照れてる照れてる。こういうところも、本当にかわいい。



「安心して」


 そっと、お姉ちゃんの髪を撫でる。


「私は、お姉ちゃんだけのものだからね。今までも、これからも……ずぅっとだよ」



 お姉ちゃんは何も言わなかったけど……


 コクっと、軽く顎を引くみたいにして、ちいさく頷いてくれた。


 うん、やっぱり私、アイドルにはならない。



 だって、お姉ちゃんと一緒にいる時間が、私にとっては一番大切で、幸せなものだから――

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