第39話 私の幸せ

「おーい、星野さーんっ!」


 待ち合わせ時間十分前に、小岩井さんは来た。


「ごめんね、待たせちゃった?」


「うぅん、気にしないで。まだ時間前だから」



 土曜日の朝十時。


 私は小岩井さんと駅前で待ち合わせをしていた。


 小岩井さんの服装はコンサバ系の、明るい色で纏められている。


 なんてことない恰好……だと思うんだけど、彼女が着るととてもきれいなものに見える。



 今日は小岩井さんと服を買いに行く約束だ。


 これから秋本番だし、新作の服を何着か買いに行こうって話したんだけど……



「うーん、どうしようかなあ……」


 アパレルショップで服を選ぶ小岩井さんを見て、自然と私の顔はほころんだ。


 きっと遥香さんに喜んでもらうために頑張って選んでるんだろうなあ。うんうん……。



「ね、星野さんはどっちがいいと思う?」


 小岩井さんは二着のワンピースを私に見せてくる。


 うーん、どうなんだろう? 私は左のほうが好きだ。スカート部分がプリーツになってて、それが可愛い。でも……



「遥香さんは右側のほうが好きなんじゃないかなあ……多分」


 遥香さんの好みは分からないけど、いつも小岩井さんが着ている服から考えて、多分右側が好みだと思う。


「えっ、何でお姉ちゃん?」


「だって、お姉さんのために選んでるんでしょ?」


「そうだけど……うん、そうだね。確かにお姉ちゃんはこっちが好きかも」


 そう言いつつも、何故か小岩井さんはワンピースを基の場所に戻してしまった。



「星野さんは何か買わないの?」


「えっ? うん、買おうとは思ってるけど……」


 正直、自分の服を選ぶよりも小岩井さんを見ていたい。


 そう思っているから、ビックリしてしまった。小岩井さんに、


「じゃあ、星野さんのお洋服、私に選ばせてよ!」


 なんて言われた時は。



「えっ、本当に?」


「うんっ。任せて!」


 小岩井さんはトップスやセーターを持ってきて、それを私に合わせている。


 ……なんか、ちょっと恥ずかしいかも。


 もじついてきたけど、一方の小岩井さんは難しそうな顔で「うーん」と唸っている。



「そんなに難しい?」


「えっ? うぅん、違くて。ちょっと楽しいだけ。人のお洋服選ぶっていいね」


「遥香さんのは選んだりしないの?」


「お姉ちゃんは私には選ばせてくれないんだー」


 はあ、と残念そうにため息をつく小岩井さん。


 ちょっと意外。遥香さんて小岩井さんには甘いイメージだから。



「あっ! これなんてどう?」


 小岩井さんが選んでくれたのは、ワンピースだった。


 ……なんか、随分かわいいワンピースだ。スカート部分にフリルがついてるし。



「これ、私にはかわいすぎじゃない? 似合うかな……」


「大丈夫だよっ! ほら、行こう?」


 と言って、小岩井さんは私の手を握った……



 …………


 ……………………



 私の、手を……ててててテテ手ぇえええええええっ!?



 こ、小岩井さんが……小岩井さんが私の手を……っ!!


 いやいや、ここで発作を起こすのはマズイ! なんとしてでも冷静にならなきゃ!



「試着してみてよ。絶対似合うから」


 私の動揺を知ってか知らずか、小岩井さんは超冷静。


 ワンピースを手渡された私は、半ば強引に試着室に入れられてしまった。



 仕方ない。とりあえず着よう。


 小岩井さんの好意を無碍にはしたくないし。似合わないと思うけどなあ……



「わあっ! やっぱりすごく似合ってるよ!」


 でも、試着室から出た私を出迎えたのは、私とは真逆の言葉だった。


「そ、そうかな……?」


「そうだよっ。星野さんかわいいよ!」


 そう言った小岩井さんは、今度は何故か申し訳なさそうな表情になった。



「ごめんね? なんか一人で盛り上がっちゃって……趣味に合わなかった?」


「うぅん、そんなことないよ!」


 ちょっとショボンとされたので慌てて否定する。



 改めて姿見で自分の姿を確認する。


 ……うん、やっぱり私にはかわいすぎるな、コレ。でも……


 これは小岩井さんが私の為に選んでくれたワンピース! 小岩井さんが! 私の為に! これがうれしくないわけがないっ!



「……私、これにするね。ありがとう、小岩井さん」


「よかった……」


 すると、小岩井さんは安心した表情になった。



「実はね、ちょっと心配してたんだ。星野さん、あんまり楽しんでないんじゃないかって」


「えぇ!? そんなことないけど」


 予想外のことを言われた。


 私は小岩井さんといるだけでもう十分すぎるのに。でも、彼女の言葉はまだ続いた。



「私ね、お姉ちゃんのことが大好きなの。本当に本当に大好きなんだ」


「う、うん」


 知ってます。



「でも、星野さんのことも好きだよ」



 …………っ。



「だって、星野さんは私が日本に帰ってきてからの、初めてできたお友達だから」



 ……………………



「今日一緒にお出かけするのも、楽しみにしてたんだよ、私」



 ………………………………



「だから、星野さんも楽しんでほしくて、今は星野さんとお出かけしてるんだもん。だから……星野さん? ねえ、星野さん」



 …………………………………………



「き、気絶してる……」





「そしたらそいつ気絶してたんだよ!? どう思うっ!?」


「へー、ひどいね」


「でしょ!? ただのお化け屋敷なのに! まったく、体ばっかり大きくて肝心な時にああなんだもん! 俺は未来の名誉教授だとか威張っちゃってさ!」


「ねえ、その人、上田って名前だったりする?」


 いつものように井上の愚痴を聞いて街を歩いていると、



「あれ、アリスちゃんじゃない?」


 井上の視線を追うと、歩道の脇のベンチに座っているのは確かにアリスちゃんだった。その横には星野さんの姿もある。


 アリスちゃんも私たちに気づいたみたいで、軽く手を振ってきた。



「やーやーお二人さん。何してるんだい、こんなところで」


 井上が軽い口調で言った。さっきまで例のごとく別れたカレシを愚痴ってたくせに(彼女を作ったり彼氏を作ったり忙しい奴だ)。相変わらず切り替えが早い奴。


「ちょっと休憩してるんです。その……」


「私が疲れちゃったもので」


 アリスちゃんが言いにくそうだったからか、星野さんが言葉を引き継いだ。ちょっと照れ臭そうに。


 ……何か二人が変な雰囲気のような。どうしたんだろう……?



「お姉ちゃんもお出かけしてたんだね。どこ行ってきたの?」


 アリスちゃんの言葉で意識が引き戻される。


「えっ? ごめん、なに?」


 でも、考え事をしてたせいでアリスちゃんの言葉は聞き取れなかった。



「もう、みゃーのってば何ボーっとしてんのさ」


 今回は言い返せない。


 ……井上に突っ込まれるのは、相変わらずちょっとアレなんだけれども。



「映画見てきたんだ。ヒット作の続編なんだけどね。正直ビミョー」


「あはは。お姉ちゃんて、映画には結構辛辣だよねー」


「リメイク映画には必ずケチつけるよね、みゃーのって」


「うるさいな」


 なんて会話をしながら、四人で街を歩く。せっかくだからみんなでお茶でもって話になったから。



 なんだけど、うーん……気になる。


 さっきの二人の雰囲気。なんか、気まずそうというか、変な感じだった。


 まさかケンカ……ではないよね。今は普通に話してるし。



 ……ていうか、なんか楽しそう。「さっきはごめんねー」とか「気にしないでー」なんて笑い合ってる。


 ちょっといい雰囲気じゃない? アリスちゃんが友達と仲がいいのはうれしいけど、うれしいけど……ちょっぴり複雑なような……



「お姉ちゃん、ちょっといい?」


 なんて考えていたから、当の本人に話しかけられたときはちょっとビックリした。


「どうかしたの?」


「うん、ちょっとだけ、二人でお話ししよう? すみません、先に行っててもらえますか?」


 井上と星野さんにそう言ったかと思うと、答えを聞くよりも早く、アリスちゃんは私の手を引っ張って裏路地まで連れて行ったかと思うと、



「んっ……むぅっ……ぁ……」



 急に唇を塞がれた。



「っ……な、なにっ? ほんとどうしたの?」


「お姉ちゃん、さっき星野さんに嫉妬してたでしょ」


 見事に心を言い当てられ、言葉に詰まってしまうけど、それが肯定になってしまった。アリスちゃんは「やっぱり」と笑って、


「お姉ちゃんて、結構嫉妬深いよねー」


「そっ、そんなこと……」



 ない、と否定しようとしたけど、できない。


 たしかに、私嫉妬しちゃってた。しかもアリスちゃんの友達に対して。


 流石にちょっと自己嫌悪……



「ありがとう」


 していたら、いきなりお礼を言われた。


「あり……え、なんで?」


「前にも言ったでしょ? 好きな人が嫉妬してくれるのはうれしいもん」


 そんなものなのかな。……まあ、確かにそうかも。



「さっきはごめんねって、アレ何の話……?」


 思い切って訊いてみる。すると、アリスちゃんはいたずらっぽく笑って、


「お姉ちゃんが大好きって話だよ」


「なにそれ。誤魔化さないでよ」



「本当だよ。お姉ちゃんは大好きだけど、星野さんのことも好き、友達としてって話」


 アリスちゃんは一度言葉を切って、でもと続ける。


「お姉ちゃんを好きなのは、もちろんそういう意味で。大好きだよお姉ちゃん、愛してる」


「うん。私も、大好きだよ。アリスちゃん……」


 自然と言葉が出てきて、また、唇が重なる。


 体がピリピリして、頭がふわふわしていって、私の中がアリスちゃんでいっぱいになっていく……



 外ですると、いつもよりも強く感じる気がした……




「お姉ちゃんが結婚してくれたら、もう嫉妬なんて絶対にさせないんだけどなー」


「そっ、れは、その……」


 その言葉には、やっぱり何も言えなかった。

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