第34話 彼女の幸せが私の幸せ
その子を初めて見たとき、一瞬で目を奪われた。
宝石みたいに輝く金髪に、大きな青い瞳。
目を離せなかった。彼女を目で追うようになって、どんな些細なことでもいいから話がしたくなった。
私は、彼女に一目惚れしたんだ――
高校一年のクラス発表で彼女を見て、そして偶然、彼女と同じクラスになった。
これって運命かも! と思ったのはほんの一瞬。
彼女と話すようになって、すぐにあることに気づいた。
彼女の話には、決まってある人物が登場する。
それは、従妹のお姉さんの遥香さんという人で、初めて話に出たとき、すぐに分かった。
彼女は、遥香さんのことが大好きなんだ。
でも、それでも構わない。もともと告白するつもりはなかったし。
だって、彼女はとってもキレイで、人気者で、先生にも信頼されてる。それに比べて、私は特筆するようなことはない、地味な人間だ。
だれがどう見ても釣り合わない。だから私は……
「いらっしゃいませ……あ、星野さん。また来てくれたんだね」
お店に入ると、小岩井さんが出迎えてくれた。
彼女は、最近ここでアルバイトを始めたらしい。
「うん。ここのスイーツ美味しいから」
なんて言ったけど、これは建前だ。
完全な噓ってわけでもないけど、それだけならこんなに頻繁に来たりしない。
じゃあ、どうして頻繁に来ているのかっていうと……
「すみませーんっ」
「はーい、ただいまお伺いいたしまーす」
注文を取りに来てくれた小岩井さんは、メイド服を着ている。
金髪美少女がメイド服を着て給仕をしてくれる! これでテンションが上がらないはずはないっ!
とはいえ、ここで「ひゃっほう!」みたいなテンションになるのは私のキャラじゃない。ここは我慢しなきゃ!
「……ご注文の品、以上でよろしいでしょうか? ごゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございまーす」
仕事に戻っていく小岩井さんの後姿を見送る。
私はシュークリームを食べ……ながら、ここに来たもう一つの目的を果たそうとする。それは……
視線の先では、小岩井さんが遥香さんと一緒にコーヒーを淹れていた。
多分練習だ。お店が空いているときによくしているみたいだから。
残念ながら、私の席からじゃ二人がどんな話をしているのかまでは分からないけど、きっと……
「こうやって淹れると、とってもおいしいのよ。さ、やってみて」
「は、はい……あっ、こぼしちゃった……」
「もう、またなの?」
「ご、ごめんなさい、お姉様……」
「だめ。悪い子にはお仕置きしなきゃ」
「お、お姉様……」
きゃーーーーーーーーっ!!
お姉様! お姉様だなんて! 私も小岩井さんにお姉様って言われたいっっ!!
おっと、危ない。落ち着かなきゃ。
慌てて咳払い。気分を落ち着かせるためにコーヒーを飲む。
……ふぅ。
おいしいなあ、小岩井さんが淹れてくれたコーヒー。……いや、違うだろうけれど。でもそう思うと尚おいしい。
とまあ、これが私の秘かな楽しみだ。
私と小岩井さんは、どう見ても釣り合わない。だから私は、少し離れた場所で見ていることにした。
小岩井さんが、大好きなお姉さんと過ごしているところを。彼女の幸せが、私の幸せなのだから。
夏休み。私は街を適当に歩いていた。目的がないわけじゃない。
目的達成のための行動なんだけど……
あ、暑い……!
八月に入って、一層暑くなった。今日は猛暑らしいし、熱中症注意報も出てるから。
それでも、私にはやらなきゃいけないことがある! それは……
小岩井さんと遥香さんの散策だっ!
二人を探して街に出て、見つかったらこっそりつけて陰から見守る! それが私の休日の過ごし方!
なんだけど……
見つからないなあ。
今日は小岩井さんはシフトに入っていない。そういうとき、大抵遥香さんと出かけるらしい。なので、私は偶然、たまたま街をぶらつくことにしてる。
してる、けど……
暑さのせいで、ヤバい、体力がガンガン削られる。
今日ばっかりは諦めなきゃダメかも、と思った時だった。
いたっ!
ついに発見。二人は公園にいた。
しっ、しかもしかも! 相合傘! 日傘で相合傘してるぅううううううううっ!!
いいもの見れた! 頑張って探してよかった!
スマホで写真撮ろうかな……いやいやダメダメ! そういうことはしないのが私の流儀なんだからっ! 代わりに網膜に焼き付けておこう。
小岩井さんは白いワンピースに首からは倒れをかけていて、手にはちいさな扇風機を持っている。あれは遥香さんからの扇風機らしい。
あんな恰好をしていても、やっぱり小岩井さんはキレイだなあ。いつまで見ていても飽きな……あ、やば、目が合っちゃった。
ど、どうしよう……目を逸らすわけにもいかないし……仕方ない。
「小岩井さん、ここで何してるの?」
私は何事もないように二人のもとへ行く。
すると、小岩井さんはちょっと胸を張って、
「うーん、ちょっと日本の夏に慣れようと思って」
「なにそれ」
ちょっとズレた答え。
でも、こういうことさえ、小岩井さんが言うと間が抜けて見えないのだから、ほんと凄いなあ。
思わず、ちょっと笑ってしまった。
「ていうか、星野さんこそ何してるの?」
うっ。
痛いところを突かれてしまう。どうしよう、何て答えたらいいかな?
うーん……
「ちょっと散歩しようと思って」
嘘は言ってないよね、うん。
小岩井さんは「暑いから気をつけてね」と言ってくれた。
うぅ……小岩井さんが、小岩井さんが私を心配してくれるなんて!
おっと危ない。
感極まってしまったけど、顔には出さないよう注意しなきゃ。
それから、一緒にどこかに行かないと誘われたけど、それは断った。
だって私は、二人が仲よくしているのを離れた場所から見るのが好きなんだから!
そんなわけで……
二人を追ってマンガ喫茶にやってきました。
当然ながら、私たちが通されたのは別の部屋。
うーん、小岩井さんたち、今何してるんだろう? 狭い部屋で二人きり。ということは……
「あっ……だ、だめ……」
「だめ」
遥香さんは、唇に人差し指を当てる。
「声を出したらバレちゃうでしょう? 静かにしなさい」
「で、でも……」
「大丈夫。声を出さなければバレないわ。出来るでしょう?」
「はい。お姉様……」
きゃーーーーーーーーっ!!
きっとそんなことをしてるよねだって狭い部屋に二人きりなんだから!
いや、もしかしたらもっと……
いや待って。これ以上はヤバい。落ち着かなきゃ。……よし、ドリンクバー行こう。
どうしよう、何飲もうかな……あと、何読もう。私、マンガはあんまり読まないからなあ……
「ちょ、ちょっと……急にどうしたのっ?」
部屋に戻る途中、聞こえてきた声に、思わず足を止める。
今の、確か遥香さんの声だ。ていうことは、小岩井さんもいるのかな?
どうしたのって、どうしたんだろ……?
「結婚しよう、お姉ちゃん」
「けっ……」
けっ……!?
ケッコン……血痕……結婚んんっ!!??
エ、ゑ……えぇええええええええええええええええええええっっ!?
図らずも遥香さんの言葉をなぞった私は、動揺しまくる。
遥香さんの言葉……つまり「結婚しよう」って言ったのは小岩井さんでていうことはあの二人ってそういうアレでぇええええええええ!?
あの二人って、そういう関係だったんだあ。
そっか、そっかあ……
そういうことなら、もちろん私は応援する! 今まで通り、影からこっそり見守って……
これで小岩井さんは幸せになるんだ。
そう思うと、私まで幸せな気分になって、世界が遠くに感じた。
「――結婚して。必ず幸せにするから」
「ぐふぅっ!?」
な、なんて破壊力。
そんなこと言われたら、もう……
「だから……ね? いいでしょ?」
「ぶはっ!?」
そ、そんな、囁くみたいに言われたら……
「結婚して」
結婚しますぅ……
結婚してくださいぃ……
きっと遥香さんもそう答えてるよね。
二人、いつ結婚するんだろう? やっぱり、二人が学校を卒業したらかな?
そっかあ、じゃあ後数年後には、二人は夫婦になってるんだね。
私、結婚式でスピーチしたいなあ。小岩井さんにお願いしてみようっと……
「お、お客様!? ど、どうされました!?」
その声が、最初自分にかけられたものとは思えなかった。
それに気づいたとき、私は自分が倒れていることに気づいた。
「大丈夫ですか!? お客様!?」
店員さんが心配してくれている声が聞こえる。
いつの間にか倒れちゃったんだ。感動しすぎちゃったのかな。
なんだか体に力が入らないし、店員さんの声も妙に遠くに感じる。
感動しすぎて死ぬなんて。
これが……これが、スタンダール症候群……
「ほ、星野さんっ!? 大丈夫!? しっかりして!!」
騒ぎに気づいたのかな? 小岩井さんが部屋から出てきて、私のことを見下ろしていた。
やっぱり、小岩井さんキレイだなあ。本当に、見惚れちゃう。
でも、私はあなたに告白しないよ。
だって、あなたが一番輝いているのは、私といる時じゃない。遥香さんといる時なんだから。
だから、小岩井さん。
たとえこの身が滅びても、私はあなたのことを見守っているからね……
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