第31話 かまってよ!
「え、お姉ちゃん、今日もバイトなの?」
お昼前、気だるそうに遅い朝食を食べるお姉ちゃん。
オレンジジュースを飲みながら「んー」と眠そうな声を出す。
「最近忙しくって。夏休みの限定メニューもやってるから、それでかな」
カフェだし、やっぱり休みは稼ぎ時なのかな。
でもなあ、お姉ちゃん、昨日も、一昨日もバイトに行っていた。
朝から夜まで行ってた時もあるし、別荘に行って以来、あんまりお姉ちゃんと遊べてない。
つまんない。……つっっまんないっ!!
私もっとお姉ちゃんと一緒にいたいのに! せっかく学校が休みなのに、これじゃ全然意味ないじゃんっ!!
というわけで、お姉ちゃんがバイトをしているカフェに来ました。
特に他意はない。働いているお姉ちゃんを見たいから。
「いっ、いらっしゃいませー……」
いつかのように、お店に来た私を見たお姉ちゃんの顔がちょっと引きつる。
でもそれはほんの一瞬で、私を席に案内するとすぐに行ってしまった。
前に来たときとは違う席。
というのも、店内は混み合っているから。一応ランチタイムは避けてきたんだけどな。
お姉ちゃんを目で追うと、お姉ちゃんもそれ以外の人も忙しそうに動いていて、ゆっくり見ている暇もなかった。
注文しようとしても、取りに来てくれたのはお姉ちゃんじゃなかったし。
せっかくお姉ちゃんといられるかもと思ったのに、これじゃ全然意味ないや……
お姉ちゃんは、今日も帰りが遅くなるらしい。
寂しいけど、お仕事なら仕方ないよね。
よしっ! そういうことなら、せめておいしいご飯を作らなくっちゃ!
「ただいまー……」
夜の九時過ぎ。ようやくお姉ちゃんが帰ってきた。
「お帰り、お姉ちゃん」
すると、お姉ちゃんは「んー」なんて気の抜けた返事をした。これは疲れてるときの反応。うーん、かわいい。
お腹が空いているらしく、まずは夕食をご所望なので準備する。
メニューは生姜焼き。ただし、甘いのが好きなお姉ちゃん向けに味付けには生姜の代わりにハチミツを使った。
もそもそと食べ始めるお姉ちゃん。いつもなら感想を言ってくれるけど、今日は無言だ。
「どうかな。おいしい?」
訊いてみると、お姉ちゃんはまた「んー」と言った。
「おいしいよ。また甘いやつだ」
と思ったら、また黙ってしまう。うーん……
「お店、すごく忙しそうだったね」
「最近はねー。ほとんどあんな感じだよ。でも買いたいものがあるから、がんばらなきゃ」
また黙っちゃった。
なんかなー。お姉ちゃん、ここ数日こんなのばっかりだ。
話しかければ答えてくれるけど、自分からはあんまりな感じ。よっぽど疲れているみたい。
こうなったらお風呂に突撃……するのはやめとこう。ほんとに疲れてるみたいだから。
でも、明日はシフト休みらしい。
久しぶりにたくさんお姉ちゃんに構ってもらおっと!
なんて思っていた時期が私にもありました。
「うぃー……」
翌日の昼間。お姉ちゃんは部屋に籠って、ベッドに寝そべりながらスマホをいじっていた。最初は本読んでたんだけど、活字を読む体力すら尽きたらしい。
「お姉ちゃん、どこかに遊びに行かない?」
試しに訊いてみると、
「んー、今日はいいや」
やっぱりかあ。じゃあ……
「一緒に映画見ない? 面白いのがあれば教えて欲しいなあ」
「私はいいかな。見たいのがあったら、好きに見ていいよ」
これもダメか。
ていうか! それじゃ全然意味ないのに! 私はお姉ちゃんと一緒にいたいの! もっと私に構ってよ!
こうなったら……
「お姉ちゃん、添い寝していい?」
これなら、お姉ちゃんは恥ずかしがって起きてくれるかも。そしたら……
「んー。いいよ」
「えっ?」
「添い寝……っていうか、一緒に寝るんでしょ? いいよ、そのくらい」
そもそも、いつも勝手に寝てるじゃんってツッコまれてしまった。
でも、いいのか。それじゃ、失礼して。
……なんか、緊張する。お姉ちゃんの言うとおり、いつも勝手に寝てるのに。いざ言われると……
ベッドの上で体を横にしてお姉ちゃんを見ると、もうスマホをいじってはいなかった。ていうか、寝ていらっしゃる。すーすー寝息をたてていらっしゃる。
なんだかなー。私がすぐ横で寝てるのになー。
ちょっと複雑だけど、まさか起こすわけにもいかず……
せめてゆっくり眠ってもらおうと、そっとお姉ちゃんを抱きしめた。
というわけで、お姉ちゃんのバイト先で私もバイトすることになりました。
「今日からお世話になります。小岩井アリスです。よろしくお願いします」
初日。お姉ちゃんと同じようにメイド服を着て、開店前にお店の皆さんにご挨拶する。
繁忙期に人出が増えるからか、歓迎してもらえた。
でも、今日はお姉ちゃんのシフトは午後かららしい。こういう時に限って……
午後になってお姉ちゃんが来て、従妹ってことで、私の教育係はお姉ちゃんがしてくれることになった。けど……
「急にどうしたの? うちで働くだなんて……」
コーヒーの淹れ方を教えてくれている途中。
お姉ちゃんは不思議そうな顔で訊いてくる。私には不思議でもなんでもない。当然のことなのに。
「だって!」
気づけば、私はお姉ちゃんに詰め寄っていた。
「全然お姉ちゃんといられないんだもんっ! 私、もっとお姉ちゃんと一緒にいたいのに! お姉ちゃんは私と一緒にいたくないのっ!?」
「わ、分かった、分かったから……」
言ってる間に、ちょっと逆ギレ気味になってしまった。
でもお姉ちゃんの反応は、予想外なもの。ため息をついて、それから言う。
「まったく、アリスちゃんて謎に行動力あるんだから」
お姉ちゃんは呆れ顔だけど、私にとっては当然のことだ。だって……
「お姉ちゃん、最近すごく疲れてるでしょ? だから思ったの。ひょっとしてブラックバイトなんじゃないかって! だから確かめに来た!」
「ブラックバイトって……」
お姉ちゃんは今度は驚いたような顔。それから、また呆れ顔になった。
「別にそういうんじゃないって。ただ忙しい時期ってだけだよ」
たしかに、ここの人たちは皆いい人っぽい。私にもよくしてくれるし。
お姉ちゃんが働いてるところがいいところなのはよかったけど……
「納得してくれた?」
「してない!」
「えぇっ!? な、なんでっ!?」
お姉ちゃんは驚いた様子。でも私には当然のこと。
「だってお姉ちゃん、全然私に構ってくれないんだもんっ!」
「か、構って……?」
「バイトで疲れてるからって、全然私と遊んでくれないじゃん!」
「ご、ごめんごめん、最近疲れちゃっててさー」
なんて、お姉ちゃんは笑っているので、私はちょっとムッとした。
私はお姉ちゃんと一緒にいられなくて寂しいのに、お姉ちゃんは違うのかな、なんて考えちゃって……
いたことを、私はすぐに後悔した。
いっ、忙しい……!
注文を取って品物を運んで……私がしているのはそれくらい。入ったばっかりだからコーヒーは淹れられないしレジもできない。
多分、他の人の半分くらいしか仕事できてないかもだけど、それでも忙しい! 全然休む暇がない! 喫茶店のバイトってこんなに大変だったの!? 知らなかった!
「はあ……」
休憩中、思わずため息が漏れてしまう。
「お疲れさま」
私と一緒に休憩に入ったお姉ちゃんが、コーヒーを淹れてきてくれた。
「さっきため息ついてたけど大丈夫? 疲れちゃった?」
うん、と正直に言いかけて、見栄に邪魔されて口を噤む。だって、お姉ちゃんにカッコ悪いこと言いたくない。かといって嘘もつけず、結局「ちょっとだけね」と答えた。
「ちょうど大変な時に来ちゃったね」
お姉ちゃんは「あはは」と笑って私の隣に腰かける。
「あのね、アリスちゃん。話聞いてくれる? じつは……」
「ごめんっ!」
私はお姉ちゃんの言葉を遮って謝った。どうしても、言わなきゃと思ったから。
「私、知らなかった。こんなに忙しいなら、疲れちゃうに決まってるよね。ごめんね、わがまま言って……」
「アリスちゃん」
今度はお姉ちゃんが私の言葉を遮った。
「私がシフトたくさん入れてたのはね、忙しいからっていうのもあるけど、それ以上に買いたいものがあったからだよ」
「? うん」
確かにそう言ってた。何を買うかまでは言ってなかったけど。
「はい。あげる」
ロッカーの中から紙袋を持ってきたお姉ちゃんは、それを私に渡してきた。
「……これ、私に?」
「そうだよ。アリスちゃん、今日誕生日でしょ? プレゼント買いたくて、シフト入れてたの。本当は家で渡そうと思ってたんだけど……」
そっか。そうだったんだ……
私の誕生日プレゼントを買うために、がんばってくれたんだ。ていうか……
「私の誕生日、今日だったね……」
「もう、ほんとにいるんだね。自分の誕生日忘れる人」
お姉ちゃんは呆れ顔。でも、
「お姉ちゃーーーーーーーーんっっ!!」
私はもう感極まった。極まって、抱き着いた。
「あ、アリスちゃん……!?」
お姉ちゃんはビックリしつつ、それでも私を抱きとめてくれた。
「もう、急にどうしたの……っ!?」
私には、お姉ちゃんの声がどこか遠くで聞こえていた。
抱き着いた勢いのまま、私はお姉ちゃんの唇を塞いだ。
「んっ……んむっ……」
お姉ちゃんは私を押し返すみたいな仕草はしてくるけど、全然力は入っていない。
だから、私はやめたりしない。うぅん、やめられるわけない。
「アリスちゃん! 今はホントにヤバいって! ねっ?」
唇が離れた瞬間、お姉ちゃんは焦ったように言うけど、それでも私は止まれない。
バレたらまずいってことくらい分かるけど、でも……
うれしい。
私の胸は、それだけでもう一杯だ。
私のためにやってくれたんだって思うと、もう……
もっと、もっとお姉ちゃんと触れ合いたい……もっと、お姉ちゃんが欲しい……
その時、ドアの外で足音が聞こえた。
私たちはビックリして磁石が反発するみたいに離れた。けど、幸いというべきか、足音は遠ざかっていった。
安堵のため息をついて、お互いに目が合うとなんだかおかしくて笑ってしまった。
「ビックリしちゃったね」
「うん。もう、やっぱここでするのはダメだよ」
「はあい」
そんなこと言って、本気でやめさせようとしなかったくせに。言わないけど。
言わないけど……あ、一つ大事なことを言い忘れてた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
これを言わなきゃダメだよね。ていうか、まず言うべきだったかも……!?
突然のことにまたビックリしてしまった。あまりに予想外だったから。
お姉ちゃんが、私の唇を塞いでくれた。
ダメって分かってるのに、自分でそう言ってたくせに。
せっかく我慢できそうだったのに、これじゃ……
「どういたしまして」
そう言ったお姉ちゃんの顔は、どこか照れ臭そうで、また私の胸を満たしてくれる。
「大切にするね」
今度は私と一緒に、お姉ちゃんも唇を合わせてくれた。
色々な感情が溢れてくる。幸福感と、期待と、背徳感……
でも、それはあっという間に幸福感に呑まれてしまった。
ちなみに、お姉ちゃんのプレゼントはミニ扇風機でした。
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