第29話 ご飯にする? お風呂にする? それとも……
「ほんっと、忘れるなんて信じられない! みゃーのもそう思うでしょ!?」
「思う思う」
「だから私も言ってやったの! そしたらアイツなんて言ったと思う!?」
「さあ、なんて言ったの?」
「『ごめん。仕事でね』……はんっ! 何が仕事だよバイトだろーがっ!!」
夕食の準備中、
どうもディナーの約束をすっぽかされて口論になり、それで別れたらしい。
思ったよりまともな理由だ……井上にしては。
みんなで話し合った結果、最初に夕食をとることになった。
メニューはカレー。調味料は一式揃っていたから、食材とルーを近くのスーパーで調達したんだけど……
実際には、カレーを作っているのはアリスちゃんだ。
え? 私たちは何をしてるのかって? 別荘の掃除です。
私たちが使わせてもらっている別荘は、ビーチにむかって丸太づくりのウッドデッキが続き、その奥には石造りのエントランスがある。
建物の全貌は、パッと見ただけじゃ分からないくらいに大きい。
本当にここに泊ってもいいの!?
と言いたくなるほどの別荘だけど……
「もう何年も来てないから、埃がすごいかもしれないんだ」
とのアリスちゃんのお言葉。
なので、料理が得意なアリスちゃんと
帰ってきたら、星野さんも掃除に合流。本人は料理を手伝うつもりでいたらしいけど、私が何気なく「お腹すいたー」と言ったらアリスちゃんがメチャメチャ張り切り始めたから。
「なんかさー、アレだよね」
愚痴るだけ愚痴って満足したのか、窓を拭きながら井上が言った。
「仮にも年上の奴らが年下の子にご飯準備させてるって、何だかなーだと思わない?」
「まあ、ね……」
私の言葉は自分でも分かるくらいに歯切れが悪い。
何故って、普段から私の食事はアリスちゃんが作ってくれることが多いから。
さっき本人から聞いた話では、星野さんは母子家庭で、普段から家事をこなしていて、もう半分趣味になっているんだとか。
だからか、掃除の手際はかなりいい。右手にはスポンジ、左手にはペットボトル、腰には乾いた雑巾、傍にはバケツと濡れ雑巾。
清掃業者の方ですかと訊きたくなるような装備で窓を抜いている星野さん。
これ、私と井上必要ないんじゃ?
「お姉さんて、
掃除の途中、いきなり訊かれた。
「小岩井さん、毎日言うんです。『お姉ちゃんのこんなところが可愛い』とか『お姉ちゃんのこういうところが大好き』って。だから、気になってしまって」
「そ、そうなんだ……」
どうしよう、何て答えるべきかな。まさかキスしてたなんて言えないし。それに、さっき……
「それに、さっき――」
いきなり心の中の言葉をなぞられたのでビックリした。
「――それに、さっき、二人で沖まで出ていましたし。本当に仲がいいんだなあと思ったもので」
思い出しかけたことを、完全に思い出してしまう。
耳元で囁かれる甘い言葉。そして、その後の舌使い……あの……ああっ!
無理無理! こんなこと言えるはずないっ!
「さっきは、その……特に何もしないでボーっとしてただけだよ」
誤魔化すしかない。でも、どうしたわけか、星野さんはどこか嬉しそうにクスクス笑う。
「えっ。私、何か変なこと言ったかな?」
「いえ……何もしないで二人でボーっとしてるなんて、何だか恋人みたいだなーと思って……」
たしかに。いや、恋人いたことないから分かんないけど。
「私ひとりっ子なので、お二人が仲よくしていることろを見ると、羨ましいなーと思うし、うれしくなっちゃうんです」
私もひとりっ子なんだけどね。アリスちゃんは従妹だし。
「もしよかったら、普段の小岩井さんを教えてもらえませんか?」
「普段……家でのアリスちゃんてこと?」
「はい。小岩井さん、学校ではすごくしっかり者なのに、お姉さんが絡むと子供っぽくなって……」
「子供っぽく……」
普段私がされていることを考えると、〝子供っぽい〟って言い方は、ちょっと、うん……アレだ。さっきのことだって……
って、いやいや!
また思い出しそうになったので、ブンブン頭を横に振る。
とはいえ……そうかも。アリスちゃんが子供っぽいっていう点。
私にとって、あの子は今も〝従妹のアリスちゃん〟だ。ちっちゃくて、いつも私の後をついて回っていた子。……今は私よりも大きくなっちゃったけども。
それでも、私にとってはまだ小さいままな気がして、何かしてあげたくなってしまう。
どこかに出かければ、アリスちゃんこういうの好きそうだなーとか思って、ついつい買ってしまう。それをアリスちゃんが喜んでくれるから、余計にそう思っちゃうんだよね。
なんて話してたら、
「なんの話してるの?」
後ろからご本人登場。
いつの間にかアリスちゃんが立っていて、キョトンとした顔で首を傾げている。
「小岩井さんの話だよ。普段は何してるんですかーって」
すると、アリスちゃんは「えー、恥ずかしいよー」なんて笑っている。
……この子、学校の人の前じゃ、やっぱりちょっと猫を被るみたい。
私たちが会話……もとい掃除をしている間にカレーを作り終わり、アリスちゃんは呼びに来てくれたらしい。
ちなみに掃除に飽きた井上は「エアギターーっ!」とか言いながら箒をかき鳴らしていた。……大丈夫かコイツ。
とはいえ、掃除はほとんど星野さんが一人でやってくれたから、私も人のことは言えないんだけど。
完成したカレーは、ジャガイモや玉ねぎ、焦げ目のついた豚肉の入った、素朴なものだった。
それぞれの皿にご飯とルーを盛りつけ、テーブルの上に並べられたカレーは、とても美味しそう。一つ気になるのは……
「おおーっ! すっごい美味しそう!」
私の思考は、井上の言葉にかき消される。
「やー、掃除したからもうお腹すいちゃってさー。早く食べようぜ」
掃除? 遊んでただけじゃん。言わないけども。
「……そうですね。冷めちゃいますし、食べましょうか」
いただきます、と皆で唱和。
スプーンを手にパクリと一口。
「おいしい。小岩井さん料理得意なんだね」
と言ったのは星野さん。
「おおっ! うまいうまい」
これはエアギタリスト。
「どうかな、お姉ちゃん?」
アリスちゃんが訊いてくる。
気になったんだと思う。私がなかなか感想を言わないから。でも、私の体にはちょっと力が入ってる。だって……
「……っ……」
スプーンを持った手がピタリと止まる。私以外の、二人の。
一瞬静寂が満ちて、そして……
「かっらぁああああああああいっっ!! ヤバいヤバいこれ辛いこれ痛いこれ!!」
井上はのたうち回り、
「けほけほこほっ! これ……喉に……っ!」
星野さんは咽ながら水を探している。
で、私はといえば……
「うん。おいしいよ、いつも通り」
ピリッときていい感じ。いつもと同じ、私の好きな味だ。
「え、お姉さん、らいじょうぶなんれすか……?」
「そういえばみゃーのって辛党なんらっけ……」
二人はヒーヒー言っている。
「そんなに辛いかな? ちょっとピリッとするくらいで全然だけど」
「舌がバカらんらね」
……なんか、井上にバカって言われるとメチャメチャ腹立つな。まあ、いっか。
「はい、お姉ちゃん。あーんして?」
…………いや、これはよくないけど。
夕食を終えて、後片づけもすませた後、
「はあ~~……」
体を洗いつつ、長い長いため息をついた。
何だか妙に疲れちゃった。
その理由は大辛のカレー……じゃなくて、昼間の出来事。
いきなり……本当にいきなりだ。
水着をずらされたと思ったら、急に。
あの感覚が、どうしても忘れられない。
吸われて、舐められて、舌先でつつかれて……
あの時のアリスちゃん、何だか赤ちゃんみたいだったな。
えぇっと、たしか、こんな感じに……
「お姉ちゃんっ」
また、いきなりだった。
浴室のドアが開き、アリスちゃんが入ってきて……って、えぇっ!?
「あ、アリスちゃん何してるのっ!?」
私としては当然の疑問。ところが、何故かアリスちゃんの顔にはイタズラっぽい笑みが浮かぶ。
「お姉ちゃんこそ何してるの?」
最初は言葉の意味が分からなかった。けど、すぐに気づく。
自分の手が、自分の胸を触っていることを。
「っ!? ち、違うのっ! これはその……」
慌てて手を離して弁解しようとするけど、動揺してすぐに言葉が出てきてくれなかった。
「ただ、体洗ってただけで……」
「ふーん」
アリスちゃんは気のない返事。そのくせ、青い目にはからかいの色が浮かんでいる。
「本当に?」
その声は私の耳元で聞こえた。彼女はいつの間にか私の後ろに回り込んで、肩に手を置いている。
「思い出してたんじゃない? 昼間のこと。私と何をしたか……」
「し、したかっていうか……」
されたっていうのが正しいんじゃないかな。
だって、両手で、胸を寄せ上げるように触られて……っ!?
息が詰まった。
私の記憶をなぞるみたいにして、アリスちゃんの手が、また私の胸に触れる。
それから、ゆっくり、焦らすみたいな触り方をされる。いつもと同じ、意地悪な触り方……
「ねえ、お姉ちゃん」
耳に息がかかる。くすぐったさに体が震えて、声が出そうになった。
「あの時、自分が何言ったか覚えてる?」
いつの話をしているかなんて、確認しなくたって分かる。
今日の昼間、アリスちゃんに同じことをされた時、私、初めての感覚に訳が分からなくなって、それで……
「教えて。どうして欲しい?」
昼間を再現するみたいな触り方。でも、あの時とは明らかに違う。
アリスちゃんは、ボディーソープを塗りたくるみたいにして、私の体に広げていく。
「ちょ、ちょっと……だめだってばっ」
「大丈夫だよ。私ね、もともと背中流してあげようと思ってきたんだから」
な、何が大丈夫なのかよく分からないよ。
「だめぇ……っ」
そんな私の考えなんてまるで分っていないみたいに、アリスちゃんはクスクス笑う。
「だめ? それ本気?」
アリスちゃんの言葉は、私をからかうときの声だ。こういう時、彼女はいつも意地悪なことを言う。
そしてそれは、今回も変わらなかった。
「ほら見てよ。それが嫌がってる顔なの?」
目に入ったのは、鏡に写った自分の顔。
お風呂に入っているせいか、恥ずかしさからか分からないけど、私の顔は真っ赤に染まっていて、それにいつの間にか息まで上がっている。
「私にはそうは見えないなあ。だって……」
「ぁん……っ」
「そんな声出すんだもん。ほら、お姉ちゃんも聞いてみてよ」
「あ……っ……ん……はっ……んんっ!」
意地悪な顔で、手つきで、敏感なところを攻められて、鏡に写った私は、見たこともない顔をしてる。
だらしなく口なんか開けちゃって、端からは涎が垂れていて、それに聞いたことのない声で鳴いて……
なに、これ……
これ、私なの? 知らない、こんなの……こんな私……
「だめ、ちゃんと見て」
顔を逸らそうとしたら、アリスちゃんに止められる。
また目に入るのは、初めて見る私の顔。
「初めて見るって思ってるでしょ? でもね、初めてじゃないよ。昼間もしてた」
「そっ、そんなこと……もう……やめっ」
「だめ。認めるまでやめてあげない」
やっぱり、アリスちゃんは意地悪だ。
ああ、なんか……あたままっしろに……
「おーい、みゃーの!」
突然聞こえてきた声に、心臓が止まるんじゃないかと思うくらいビックリした。
「なぁ、なにっ?」
考えるよりも先に口が動く。
こんなのバレたらマジでヤバい。でもよかった。これでアリスちゃんも、やめてくれる……
「あぁ……っ!?」
強い刺激に、無理やり思考を遮られる。
や、やばっ!
「みゃ、みゃーの? 大丈夫?」
「だ、大丈夫……なんでもない……っ」
う、うそ。何でやめてくれないの?
鏡越しにアリスちゃんを見ると、彼女の顔には、さっきまでと同じ意地悪な笑みが浮かんだままだ。
「言ったでしょ? 認めたらやめてあげるって」
そんなこと言われたって……
できるはずない。
だってそんなのって……っ!?
「なんでもないならいいんだけどさー……ね、アリスちゃんが見当たらないんだけど、どこに行ったか知ってる?」
「……わっ、わかんないぃ……ごめ、んっ……ぁっ」
「そう? 何か買い出しにでも行ったのかなー」
「うっ、うん……かも……っ」
なんとか質問に答えられてる。それは、アリスちゃんの触り方が、いつもと同じ意地悪な触り方だから。
井上が出て行ったら、無理やりにでもここを出なくっちゃ、ほんとにやばいっ!
「意地っ張り」
耳元で、そんな言葉が聞こえた。その直後、
「っ!? あっ……や、だめ……っ!」
慌てて、両手を叩きつけるみたいにして口元を抑える。
つまんで、引っ張って、好き勝手に弄ばれて……
「んっ……んんっ……ぁリスちゃっ……コリコリしちゃやぁぁっ……~~~~~~~~っっ!!」
や、やばいやばい! 声、我慢しなきゃなのに、むり……っ! こんな刺激、初めてで……!
また、頭がボーっと……それに、腰も浮いて……あれ?
私、どこで何してるんだっけ? ……あれ…………?
「おっ、お姉ちゃんっ!?」
薄れていく意識の中で、アリスちゃんの珍しく焦った声が聞こえた気がした。
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