第28話 海水浴に行こう!

 天気は雲一つない快晴!


 寄せては返す波は、まるで宝石みたいにキラキラ輝いている!!


 夏だっ!!!


 夏休みだーーーーーーーーっっ!!!!



 って感じの光景が、繰り広げられている。



 暑い日が続く七月。まさに夏真っ盛り。


 私たちは夏休みを利用して、旅行に来ていた。


 アリスちゃんのお父さんが持っているという別荘に。しかもその別荘、プライベートビーチがあった。



 そのビーチで、アリスちゃん、井上いのうえ星野ほしのさんの三人がビーチバレーをしている。


 それを時たま見ながら、私はパラソルの下で読書中。



 ……皆、よくこの炎天下の中で運動する気になれるな。


 私べつに運動は嫌いじゃないけど、炎天下のなか体動かそうとは思えないんだよなあ。


 見てる分には楽しそうではあるけど……まあいいや。あとちょっとでキリのいいところまで読み終わるし、そしたら私も混ざろうかな……



「危ないみゃーのっ!」


「え……ぐえっ!?」


 声が聞こえた直後に、頭に衝撃がきた。


 殴られたみたいな衝撃でビックリしたけど、それが何なのかはすぐに分かった。どうやら、ビーチバレーボールが私の頭に当たったらしい。



「だ、大丈夫、お姉ちゃんっ!?」


 アリスちゃんが駆け寄ってきて、私の頭を撫でてくれた。


「うん。大丈夫……」



「ごめんごめん。ちょっとクシャミして手元狂っちゃった」


 珍しく井上が申し訳なさそうにしてる。どうやら本気で反省してるっぽいなこれ。


「ホントごめんよ。反省!」


 私の肩に手を置いて顔を俯ける。


 ……ほんとに反省してるのかコイツ。




「ていうか、何で井上もいるの?」


 気になっていたことを訊いてみた。


「えぇっ、何それ! やっぱりさっきのこと怒ってるの!?」


「いや違くて。カレシと約束とかないの?」


「ない。別れた」


 またか。懲りない奴。



「この水着もねー、一応カレシと海行くために買ったんだ」


 確かに、井上が着ている黒の水着は、首の後ろで止める形になっていて、背中が丸出しだ。


「みゃーのも買ったんだね。去年とは違うやつだ」


「まあね。アリスちゃんと一緒に買いに行って……」


 買ったのは別々にだけど。


 どんな水着かは当日のお楽しみとか言って。



 そのアリスちゃんは……


 いつもはストレートロングの髪の毛をクシュクシュとした髪留めでルーズに纏めていて、紺色の水着は肩ひもの部分をリボン結びするデザインになっている。


 でもあれ、多分結んであるように見えるだけで縫ってあるんだろうけど。



小岩井こいわいさんの水着、すごくかわいいね」


「ひょっとして、みゃーののために選んだのかなー?」


 星野さんの純粋な言葉と、井上のからかいの言葉。アリスちゃんは恥ずかしそうに笑って、


「はい。私、お姉ちゃんを愛してるので」


「私も愛してるよアリスちゃんっ!」


 ……違う、これ私じゃない。井上だ。井上が言った。裏声で。



「みゃーのの気持ちを代弁してみました」


「やった! 私たち、両想いだね、お姉ちゃん」


「う、うーん……うん……うん?」


 アリスちゃんのことは好きだし。代弁っていうのも、あながち嘘じゃない。


 愛してるっていうのも、うん、アレだし……って、いやいや!



「あ、アリスちゃん! 二人がいるんだからっ!」


 いつの間にか、アリスちゃんは私の首に両手を回して顔を近づけていた。


 まさか今キスされるんじゃって思って焦ったけど、それと同時に期待している自分もいて……


 でもアリスちゃんは「はあい」と返事して、あっさり離れてしまった。



「二人はとても仲がいいんですね」


 そう言ったのは星野さん。彼女は楽しそうにクスクス笑っている。


 変に思われたらどうしようって私の考えは、杞憂に終わってくれたらしい。


 それはよかったけど、ちょっと拍子抜けだな……




 本も読んだし、ちょっと体を動かそう。


 そう思って私もバレーに参加したんだけど……



「ぐへっ!?」


 井上のボールが私の顔面にぶち当たった。


「ちょっと何すんの!」


「ごめんごめん。手が滑っちゃって」


「まったく……」



 ボールをアリスちゃんへ、アリスちゃんから星野さんへ、星野さんから井上へ、そして……


「ぶへっ!?」


 またぶち当たる。


「ちょっと! 絶対わざとでしょ!」


「違うってば! ほんとに手が滑っちゃったの!」



 ……この女、あくまでも白を切るか。


 よし、そっちがその気なら……



「おっと手が滑った!」


「ぐえっ!?」


 私のボールは井上の顔面に命中した。


「何すんのさみゃーのっ!」


「手が滑ったの。ごめんね井上」



 …………



 ……………………



 ………………………………



「おっとごめんみゃーの!」


「こちらこそ!」


「あらよっと!」


「ちょっと! せめて誤魔化す演技くらいしろ!」


 お互いにボールを打ち合う……というより、投げ合う。



 私たちが不毛な、しかも大人げない行動をしていることに気づくのは、もう少し後の話だ。




「疲れた……」


 正気に戻った私は、エアベッドに座って緩やかな波に身を任せながら、小さく息を吐いた。


 なんか無駄に体力を使っちゃった。それに……


 私、なんかすごいみっともないことしちゃったなあ。しかも、よりによってアリスちゃんの前で。


 なんて、自己嫌悪していたんだけど……



「ふふっ」


 なんか、アリスちゃんは楽しそうに笑ってた。


 今アリスちゃんは、私が座っているエアベッドに両腕を乗せて、体は海に浸かっていた。


「? 何か面白いことあった?」


「お姉ちゃんだよ。さっきの、井上さんとのこと」



 言葉に詰まってしまう。曖昧に笑うしかなかった。


「ご、ごめんね? みっともないとこ見せちゃって。忘れてっ」


「みっともないことないよ。ただ、ちょっと新鮮だったなあって思って」


「新鮮?」


 予想外の言葉に、アリスちゃんを見る。



「うん。私、お姉ちゃんのあんなところ見たことなかったから」


 そりゃまあ……アリスちゃんにはあんなことしないし。


「私の知らないお姉ちゃんの顔を井上さんが知ってるなんて、ちょっと嫉妬しちゃう」


「えー……なんか大げさじゃない?」


 そんな大した話でもないと思うけど。



 思うけど、アリスちゃんの声が本気っぽい感じもあったので、視線を下にむける。


 アリスちゃんのほつれた髪は、濡れた首筋に絡まっていて、それが妙に目に留まった。



「お姉ちゃん、見てるよね?」


「えっ? うん、その……海キレイだなって」


 一度は誤魔化したけど、すぐに諦める。


「嘘。アリスちゃん見てた」


「うん。素直でよろしい」


 笑いかけられて、急に恥ずかしくなってきた。



 思わず顔を逸らすけど、


「だめ。こっち見て。もっと見せてよ」


 アリスちゃんがエアベッドに上がってきた。急だったからグラついて、反射的に手をついてしまう。


 アリスちゃんは手を伸ばして、無防備になった私の頬に触れる。私は無理やり……うぅん、自分から、アリスちゃんに視線を戻した。



「んっ……ちゅ……っ……んんむっ!?」



 お互いに顔を近づけて、唇を合わせる。


 そうしたら声を上げそうになって、アリスちゃんに口を塞がれたまま押し倒された。


 また……また、アリスちゃんの手が私の体に触れている。ただ触っているだけじゃなくて、焦らすみたいに撫でたり、ギリギリまで期待させたり、いつもの、意地悪な触り方……だったのに、



「あ、アリスちゃんっ!」


「だめ、静かにしなきゃ、バレちゃうよ」


 そ、そんなこと言われたって……



 突然だった。


 突然、アリスちゃんに水着をずらされた。


 胸が完全に露出しているのを見たとき、一瞬頭が真っ白になった。


 多分それがいけなかった。慌てて隠そうとしたけど、それよりも前に、アリスちゃんが私の……っ!!??



 初めての刺激に、体が大きく震えた。


 う、うそ……私、アリスちゃんに吸われて……



「あ、アリスちゃ……あっ……だめ、こんな……っ」


 キスをしているときとは全く違う感覚。


 全身が震えて、体から力が抜けていく。


 こんなの、はじめて……人にされると、こんなふうになっちゃうの? うぅん、それとも……



「かわいい」


 いつの間にかアリスちゃんの口は離れていて、その顔にはイタズラっぽい笑みが浮かんでいた。


「その顔、初めて見た」


 アリスちゃんは、その後何も言ってくれなかった。ただ無言で、私を見てくる。


 うぅ……こういうところ、ほんとズルい。



「アリスちゃん……」


「なあに?」


「おねがい。もっと、やって……」


 アリスちゃんは何も言わなかった。ただクスリと笑って、無言で、ゆっくりと顔を近づけて……



「おーーいっ! 二人とも、いつまでも入ってるとふやけちゃうぞーっ!」


 井上の声が聞こえてきて、ハッと我に返る。



 わ、私、今何してた!? てか、何言った!?


 いやいや無理無理思い出したくない!!



 アリスちゃんを見ると、彼女の顔にはちょっと意地悪な笑みが浮かんでいた。


「する? 続き」


「けっこーーーーですっ!!」


 慌てて水着を元に戻す。



 あ、危なかった。


 さっきのことは忘れよう、うん。



 …………忘れられるか分からないけど。

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