第25話 大切に使ってね

「お姉ちゃん、ほら、早くしないと乗り遅れちゃうよっ」


「ま、待ってアリスちゃん! あんまり動くと見えちゃうから……」


「大丈夫だよ。普通にしていれば見えたりしないってば」


「う、うん……」


 そうはいうけど、私は歩くペースを上げられない。ヒールを履いているからっていうこともあるけど、それは大きな理由じゃない。



 私が今つけている、下着のせいだ。


 アリスちゃんがくれた、白のTバックをつけているから。


 しかも、そんな下着をつけてるっていうのに、ミニスカなんか穿いちゃって! これじゃ私痴女みたいじゃんっ!



 それもこれも、全部アリスちゃんのせいだ……




「お姉ちゃん、一緒にお出かけしようよ」


 今朝、朝食の片づけを終えた後でそう言われた。


「いいけど、どこに行くの?」


「この間、学校の友達とね、オシャレなカフェに行ってきたんだ。今度はお姉ちゃんと行きたくて……だめ?」


「うーん……いいよ、行こっか」


 もうすぐ夏だし、そろそろウエストを絞っておきたいんだけど……


 ダメだなあ、どうもあの顔には弱い。でも……



「それでね、この間の下着をつけてほしいの」


「え?」


「ミニスカートも穿いてほしいなあ」


「な、なんで?」


「だめ?」


 うっ。またこの顔……ほんと、ズルい。



「で、でもさ……そんなカッコしたら見えちゃうかもだし、せめて下着かミニスカどっちかだけに……」


「いいの?」


 急に言葉を遮られる。何だろうと思えば、アリスちゃんはスマホの画面を私に見せてきた。



「これ、おばさんに見せちゃうよ?」


 そこに写っているのは、私がアリスちゃんの下着を見ている写真で……


「そ、それ、消してなかったんだね……」


「当たり前じゃん」


 アリスちゃんの顔に、またいつもと同じ、いたずらっぽい笑みが浮かぶ。



「ねえ、お願い……だめ?」


 うぅ……うぅううううううううううううううううっ!!


 この顔、ほんとズルい……



「せ、せめて、処理させて。その……生地小さいし、フロント透けてるし……だから……お願い……」


「はあい」


 アリスちゃんは何故か楽しそう。私をこんなに困らせておいて。


 ほんと、ズルい子だ。



 そんなことがあって、私はアリスちゃんの言うことを聞くことにした。


 だけど……



 ヤバイ。裾が……裾が気になる。これ、ほんとに見えてないよね?


 もし見られたら、私、人からなんて思われちゃうんだろう……



 電車に乗るために駅まで来たけど、こんなカッコで階段なんて、絶対上れない。エスカレーターも……うぅ、無理。


 だからエレベーターで上がることにして、



「……んっ……ぁ……っ……」



 ドアが閉まった途端、急にアリスちゃんにキスされた。



「んっ、どうしたの……?」


「嫉妬しちゃったの。だってお姉ちゃん、私といるのに自分のおしりばっかり気にしてるから」


「べっ、べつに……」


 気にしてない。


 いや、気にしてるけど、それは私にこんなカッコさせたアリスちゃんのせいだ。



「私のせいって思ってる?」


 胸の内を見透かされて、ドキッとした。


 でも、アリスちゃんは冷静に、じっと私を見つめている。



「でも、それってズルくない? 決めたのは結局お姉ちゃんだよ?」


 アリスちゃんの顔に、意地の悪い笑みが浮かぶ。


「自分からいやらしい下着付けて、こんなに短いスカート穿いたくせに」


 めくられそうになったので、慌てて裾を抑えたけど、アリスちゃんは気にせず裾をつまんだまま、


「ズルいお姉ちゃん」


 耳元で囁かれて、離れ際、耳を甘噛みされた。


 今まで感じたことのない刺激に、体が震えて、反射的に身を引いてしまう。


 けど、アリスちゃんが私の腕に自分の腕を絡めてきて、半ば引きずられるみたいにして、私はエレベーターを降りた。



 普段しないカッコをすると、何だか妙に視線を感じる気がする。


 まあ、気のせいだろうけど。皆が見てるのは、多分私じゃなくてアリスちゃんだ。



 それに……


「っ!?」


 こういう日に限って風は強いし。


 ほんと、気をつけなくっちゃ。いや、ていうか……



「なっ、何撮ってるのっ!」


 慌ててスカートを抑えて身を引く。風が吹いたから、じゃなくて……


 アリスちゃんのスマホが、いつの間にか私のスカートの中に入っていた。それにレンズが上を向いていて、ということは……



「撮っちゃった」


 てへ、とでも言いたげに笑うアリスちゃん。いやいや!


「だってお姉ちゃん、隠す仕草ばっかりしてるんだもん。気になっちゃって」


 だからって普通そんなことするっ!?


 なんて口に出す余裕すらない。アリスちゃんが、私にスマホの画面を向けてきたから。



 そこに写っているのは、もちろん私だ。


 正確には、その……私のスカートの中。


 そんなの見たくないのに、見てしまう。写っている下着は、どう見ても面積が足りていない。ていうか、ほとんど写ってない。当たり前だよね、だってTバックだし。



 私、ほんとにあの下着をつけてるんだ。自分があんなのをつける日が来るなんて、思いもしなかった。


 まるで、自分の体じゃないみたいだ……


 もう撮られないように、スカートの裾を引っ張るみたいにして抑えるけど、なんだかその仕草すら恥ずかしくなってきて、あんまり強く抑えることができなくて、訳が分からなくなってきた。



「けっ、消してよ、アリスちゃん。その写真……」


「えぇー」


 アリスちゃんは、何故か不安そう。いやいやいやいや!


「どうしても? 誰にも見せないって約束するから……だめ?」


 また、例の顔。


 これ、ほんとーーにズルい。でも……



「だめっ!」


 こればっかりは無理だ。いくらなんでも恥ずかしすぎる。


 アリスちゃんも、流石にアレだと思っているのか、それ以上食い下がらず、「ちぇー」なんて言いながら画像を消してくれた。



 はあ。よかった……




 休日の昼ということもあって、店内は賑わっていた。


 壁には絵画がかけられていて、天井には空調を行きわたらせるためにファンがつけられていたり、長居する人用に壁際の席はソファーになっていたり。


 こういうところは私がバイトをしてるカフェと同じだけど、一つ違う点があった。それは……



「この店、カップルシートなんてあるんだね……」


 私は驚いちゃったけど、アリスちゃんはそうでもなかった。


 ていうか、普通に店員さんに頼んでた。カップルシートにしてくださいって。



「うん。お姉ちゃんと座りたくてここに来たの」


 アリスちゃんは腕を組んだまま座るから、私はそれに引っ張られる形で隣に腰を下ろす。



 お昼時ってことで、パンケーキを注文。運よく、限定のパンケーキを注文することができた。


 もっとも、一つだけだけど……



「はい、お姉ちゃん。あーんして?」


 それを、アリスちゃんが食べさせてくれる。


「おいしい?」


「うん。おいしいよ」


 イチゴソースのかかったクリームもだけど、舌を休めるためかバターもあって、飽きずに食べられる。



「アリスちゃんも食べなよ。甘くておいしいから」


 言ってから、「じゃあお姉ちゃんが食べさせて」なんて言われるかもと思った。


 まあ、べつにいいけど。そのくらいなら……っ!?



「んむっ……ぁっ……」



 唇を塞がれた。


 かと思えば、アリスちゃんの舌が、私の口の中に滑り込んでくる。


 私の舌と絡まって、口の中に残ったパンケーキやクリームを舐めとっていく……



「あ、アリスちゃん、だめだってば……」


「大丈夫だよ。ここ、カップルシートだもん。だから、キスするのが普通だよ」


 ふつう……


 そっか、それが普通なんだ。じゃあ、大丈夫だよね。もっとしても……



「っ……甘いね」


「……でしょ?」


「うぅん、お姉ちゃんがだよ」


 もう一度、口を塞がれる。パンケーキはもう残っていないけど……



 なんだか、さっきよりも甘く感じた。

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