第17話 いいとこ見せたいアリスちゃん

 従妹のアリスちゃんがホームステイをしに来て、そろそろ二ヶ月が経とうとしています。


 ひょんなことから、アリスちゃんとキスをするようになりましたが……



「「「…………」」」



 く、空気が重い……!


 食事中とはいえ、普段はもうちょっと会話があるのに、空気がメチャメチャ重いっ!!




 つい二時間ほど前のこと。


 お母さんに、アリスちゃんとのことを見られてしまった。よりにもよって、私がアリスちゃんを押し倒したようにしか見えない場面を。


 アリスちゃんが本棚の上のものを一緒に取ろうとしたら、二人で倒れてしまっただけ、と誤魔化してくれたから、一応は納得したようだけど……



「お、お姉ちゃん。また食べさせてあげるね。あーんして」


 そんなことを言われるのだから、ビックリしてしまった。だって……え、えっ!? いま!?


「はい、あーん」


「……あ、あーん」


 勢いに押されて、いつものように食べさせてもらうけど……



「二人とも、随分仲がいいのね」


 いつも通りじゃない人が一人。


 言葉自体はいつも通りだけど、意味合いがちょっと違う感じ。



「う、うん。まあ……」


「はい。私、お姉ちゃんが大好きなのでっ」


 なんか、アリスちゃんはいつも通りな感じだけど。




 その日から、私はアリスちゃんといつも通りにできなくなった。


 お母さんがさりげなく気にしてるっぽいし、「あんたアリスちゃんに手を出したら殺すからね」と脅迫もされた。


 だから私としては、しばらく大人しくしといたほうがいいと思うんだけど……



「……っ……んっ……ちゅ……」



 アリスちゃんは巧みにお母さんの隙をついて、



「ごめんね、お姉ちゃん。また足が滑っちゃったみたい」


 なんて言ってくる。



「だ、ダメだよアリスちゃん! ほんとに今は……バレたらどうするのさ……っ」


 すると、アリスちゃんは「うーん」と考えるような素振りを見せた。


 でも次の瞬間には、いたずらっぽく笑う。


「じゃあバレないように、声我慢しなきゃね」



「アリスちゃん、学校に遅刻するわよー」


「っ! ……はーい!」


 とはいえ、今までみたいにはいかないみたいだけど。




 なんて、隠れてこそこそやっていて、幸いにも、お母さんの監視の目も緩んできた日のことだ。


「私ね、テニスの試合に出ることになったの」


 いきなりそう言われた。



 どうしたんだろうと思ったけど、前々から頼まれていたらしい。


 練習試合をするから、アリスちゃんにも出てほしいって。なんか、体育の授業で勧誘されたこともあるんだとか。



「本当は断ろうと思ってたんだけどね……なんか最近、お姉ちゃんとゆっくりできてないし、いいとこ見せたいなって思って」


「そうなんだ……」


 よく一緒にいるしキスもしてると思うんだけどな。アリスちゃん基準だと物足りないらしい……っ!?



「……んっ……ぁ……っ……」



 って、言ってる傍から!



 なんか……いつもとはちょっと違う。最近回数が少なくなってるからかな……? それとも……


 こんなところ、もしお母さんに見られたら、ほんとにヤバい。ダメって、分かってるのに……


 なんだか、いつもよりも気持ちいい……



「応援、来てくれる?」


「いく……」


 ほとんど無意識に、答えていた。




「おはよう、お姉ちゃん」


 土曜日。


 朝起きると、アリスちゃんの顔が目の前にあった。


 また添い寝されてるんじゃって思ったけど、そうじゃないっぽい。彼女は、ベッドの横にしゃがんでいるらしい。



「起きて。ねえ、これどうかな? 変じゃない?」


 アリスちゃんはテニスウェアを着ていた。初めて見る格好が新鮮で、ちょっとドキッとした。


 私がベッドに身を起こすと、アリスちゃんはくるりとターン。スコートがちょうど私の目の前でふわりと広がって反射的に目を逸らすけど……



 な、なんかいま、白いのが見えたような……


 アンスコだよね? スカートで運動するのに、対策しないはずないし……



「違うよ」


 私の視線はまたアリスちゃんに戻る。


「私、まだアンスコ穿いてない」


 アリスちゃんはからかうみたいに笑って、ベッドに上がって、私の肩を押す。


 対して力を込められたわけじゃないのに、私は倒れてしまった。



「見て」


 アリスちゃんは私の上にまたがり、スコートをたくし上げて、私に見せつけてくる。


 白くて、生地が小さくて、また透けてるぅ……!



 今度は顔を逸らしてしまう。


 するとアリスちゃんは身を乗り出して、私の顎を掴んで、自分のほうをむかせられた。



「意地悪しないで見てよ。どう?」


 ど、どうって言われても……


 口ごもる。徐々に、アリスちゃんの顔が近づいてくる。そして触れ合い……



「アリスちゃーん! 早くしないと遅刻するわよー!」



 そうになった時、お母さんの声が聞こえてきた。


 アリスちゃんは「はーい」と答えて、ベッドから降りてしまう。



 ……残念なような、ホッとしたような。




 時間になって、私はアリスちゃんと一緒に会場へ向かった。


 アリスちゃんはテニス部の人たちと合流し、私は客席に行く。



 自動販売機で買ったジュースを飲んだりスマホをいじったりしてる間に試合が始まり、やがてアリスちゃんの出番が来た。


 う、うまい……


 何というか、動きにムダがない。あの子、運動も得意なのか。そういえば、前に陸上部に勧誘されてたっけ。でも……



 相手も流石にレギュラーだ。かなりうまい。アリスちゃんと同じか、もしかしたら……


 拮抗していた点が徐々に開いていく。お互いに一セット取っているから、これが最後の勝負だ。ひょっとしたら、そういう焦りもあったのかもしれない。



 アリスちゃんは負けてしまった。




 だからだと思うんだけど……


「アリスちゃん、お腹すいてない? どこかで食べてく?」


「……いい」


「疲れてない? 休憩する?」


「……だいじょぶ」


 いつものテンションはどこへやら、アリスちゃんは明らかに元気がない。



 試合に負けたことがそんなにショックなのかな。


 家に帰って、夕食の時間になっても元気になってくれないとなると、心配も心配になる。


 でも、どうしよう? どうしたら元気になってくれるかな? 喜んでくれるかな?


 ……そうだ!


 私は、気づいたときには言っていた。



「アリスちゃん、一緒にお風呂入らない?」




 帰ってきてからというもの、アリスちゃんは私の傍を離れようとしない。


 それはいつものことではあるんだけど、いつもみたいに元気じゃないし、ただ無言で、私の服の裾を掴んで後をついてくる。


 そういえば、昔はそういう時期もあったっけ……



「アリスちゃん、背中流してあげるよ」


「うん……」


 アリスちゃんは相変わらずだ。



 目のまえの背中が、ひどく華奢なものに見える。


 うぅん、きっとずっとそうだったんだ。アリスちゃんが来てから、すごいところばかり見せられていたから、彼女は特別なんだって、何でもできるのかもって思っていたけど……


 彼女も、一人の女の子なんだ。



「私……」



 その声はあまりにか細くて、アリスちゃんのものだとはすぐには分からなかったくらいだ。



「お姉ちゃんにいいところ見せたかったの。私ね、部員の人にも褒められたの。顧問の先生にも。ほんとだよ?

 授業の時も、練習の時だってちゃんとできたのに……なんで……なんで今日にかぎって……」



 アリスちゃんの声はだんだん擦れてきて、最後のほうはほとんど聞き取れなかった。



「お姉ちゃんにいいところ見せたかった! すごいねって、カッコよかったって言ってほしかったのに! どうして、こんな……私、かっこわるい……」



 堰を切ったように溢れ出した。震えているのは、声だけじゃない。


 ――止めなくちゃ。


 そう思った時には行動してた。



「大丈夫だよ」



 後ろから、そっと、アリスちゃんを抱きしめる。


 するとすぐに伝わってきた。彼女の不安が。


 私の力はどんどん強くなる。震えを止めたいだけじゃない、私の気持ちを伝えたくて……



「私、ちゃんと見てたよ。アリスちゃんカッコよかった。相手はテニス部のレギュラーなのに、すごいよ」


「でも、私……っ!?」


 私は無理やりに口を塞ぐ。いつも、自分がされているみたいに。



「……んぅっ……ぁ……っ……」



 けど、アリスちゃんの震えは止まってくれない。だから私の力は、次第に強くなっていった。



「大丈夫だよ。アリスちゃんが一番すごかった。私、ちゃんと見てたから分かるよ。今日はちょっと運が悪かったんだよ」


 すると、アリスちゃんは少しだけ笑った。……えっ、な、何だろ……?


「お姉ちゃんてさ、慰めるの、昔からあんまり得意じゃないよね」


「そ、そうかな……」


 そうだよーと笑って、アリスちゃんは体ごとこっちを向いた。



「でも、ありがとう。お姉ちゃんにそう言ってもらえるのは、すごくうれしい」


「アリスちゃんが悲しそうだと、私まで悲しくなっちゃうから。そろそろ元気出してよ。私にできることがあれば、何でもするから」


「ほんと? じゃあ……」


 あれ、これってもしかして、また「結婚して」って言われる流れかな?



 そう思ったけど、アリスちゃんは無言で目を閉じただけだった。


 何を望んでいるかなんて、確認しなくたって分かる。



 この子には、ずっと笑顔でいてほしい。


 アリスちゃんの震えは、いつしか止まっていた。



 ――――



 ――――――――




 朝起きると、目の前にアリスちゃんの顔があった。


「おはよう、お姉ちゃん」


「うん。おはよう、アリスちゃん」


 目が合うと、アリスちゃんは幸せそうに笑った。……多分。


 よかった。元気になってくれたみたい。



「……んっ……ちゅ……っ……」



 ……本当に元気になったみたい。



「お姉ちゃん、今日は予定ある? 日曜日だし、お出かけしようよ」


「あ、ごめん。私、今日バイトあるんだ」


「えー。お姉ちゃんと遊びたいのに……」


 ぷくっと頬を膨らませるアリスちゃん。頬をつつくと……おぉう、めっちゃプニプニする。



「じゃあ、またコーヒー飲みに行こうかなあ。お姉ちゃんのあのカッコも見たいし」


「え……」


 言葉に詰まったのは、来られるのがイヤだからじゃない。あの店でされたことを思い出したから。


 だって、職場であんな……



「……んっ」



 こんなこと、しちゃったんだよね。



「っ……行ってもいい?」


「いいよ……」


 驚くくらいにあっさり、その言葉は出てきた。



 まあ、バイト先に来るくらいね。


 普通だよ、うん。おかしいことなんて、何も……



「遥香、あんた今日バイトでしょ? そろそろ準備しないと遅刻するわよ」


 私の思考を遮るのは、部屋に入ってきたお母さんの言葉だった。



 …………



 ……………………



 あっ。





 ……いや、またですかこの展開。

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