第12話 アリスちゃんは心配性
その日。
その日も私はいつもと同じ時間に起きて、同じように朝食の準備を手伝っていたんだけど……
一つ、いつもと違うことがあった。
お姉ちゃんが……お姉ちゃんが起きてこない……っ!
いつもの時間になっても、過ぎても起きてこない。気になって訊いてみると、
「あの子今日は朝から夕方までバイトなのよ」
とのことだった。
お姉ちゃんはカフェでアルバイトをしているらしいんだけど、たまに早朝からのシフトを頼まれるらしい。
え、それ大丈夫なのかな? だって、お姉ちゃんてかなりの低血圧みたいだし、朝から働くなんてできるのかな?
うーん、全然想像できない。なんか、「シャーセー……」とか「ザーシター……」みたいなことになってそう。
気になる……すっごく気になる!
よしっ! こうなったら……
お昼過ぎ。私はお姉ちゃんがアルバイトをしているというカフェの前まで来ていた。
ランチタイムの後なら、お姉ちゃんとも少し話せるんじゃないかと思ったから。
それに、私はどーーしてもお姉ちゃんが働いている姿を見たかった。だって……
「いらっしゃいませー! 一名様でよろしい、です……か……」
私を出迎えてくれたお姉ちゃんの言葉がだんだん小さくなっていき、営業スマイルがみるみる引きつっていく。
それは多分、格好が原因だ。
お姉ちゃんは今、いわゆるメイド服を着ているから。
お姉ちゃんの大学近くにあるカフェ。私も一度来たことがあるこのお店は、メイド服を着て接客をするらしい。
私は、どーーーーしてもその姿が見たかった! そして見れた! いいもの見れた! 生きててよかった!!
「あ、アリスちゃん……ど、どうして……」
お姉ちゃんは口をパクパクさせて、お化けでも見たような顔をしてる。
かわいい。お姉ちゃんのこんな顔初めて来た。やっぱり来てよかったあ。
「店員さん、案内してもらえませんか? 隅の席でいいので」
「は、はい。こちらへどうぞ……」
強張った顔をしたまま、でもお姉ちゃんは私を席に案内してくれた。言った通りの隅っこの席に。
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
「はあい」
答えると、あっさり行ってしまった。仕事中だから仕方ないけど、さみしい。
お姉ちゃんは他のお客さんを接客したり、奥から料理やスイーツを運んできたり、なんとコーヒーまで淹れていた。
私の目は、自然とそれらを追っていく。
なんか、いいなあ。真面目な顔で、時には笑顔で、テキパキと仕事をしているお姉ちゃん。
なんだろう、なんか……グッとくる! 写真に撮りたい……
「お待たせ致しました……」
謎の衝動に駆られていると、お姉ちゃんが注文の品――アールグレイ――を運んできてくれた。
「以上でお揃いでしょうか?」
はい、と答えると、お姉ちゃんは伝票を置いてまた行ってしまい……そうになったので、私は手首を掴んで引き留める。
「あり……お客様?」
「店員さんて、かわいいですね」
「へっ? そ、そうでしょうか……」
「はい。私が会った誰よりも魅力的です」
お姉ちゃんの顔が真っ赤になった。私から視線をそらして、どうしていいか分からないみたいに視線をさ迷わせてる。
「恋人とかいるんですか?」
「い、いません、けど……」
「じゃあ、私と結婚しませんか?」
「そっ……なんか、いきなりですね。もっとこう、段階とか……」
「それなら、恋人から始めませんか?」
「それも……ちょっと段階が……」
「だったら……」
私は立ち上がって、お姉ちゃんの耳元で、そっと囁く。
「また、しよ?」
お姉ちゃんが何かを言う前に、その口を塞ぐ。けど、
「待って、アリスちゃん……ダメっ……ホントに、ここじゃ……!」
「心配ないよ。そのためにこの席にしたんだから」
隅っこのこの席は、大きな柱に隠れて死角になってる。だからこの席に案内してもらった。
口では「ダメ」なんて言ってるけど、
「……んっ……ぁんっ……はっ……」
お姉ちゃんて、無理やりした時は気持ちよさそうな声出すんだよなあ。
全然抵抗もしないし。
「ほら、やっぱり。店員さんは素敵な人です」
お姉ちゃんを見る。何も言わない。ちょっと息が上がっていて、顔も赤くなっていて、それは多分私もおなじで……
「店員さん、お写真撮ってもいいですか?」
「こっ、困ります……ていうか、なんで……」
「店員さんがかわいすぎるのがいけないんですよ」
言いながら、私はもう一度お姉ちゃんと唇を合わせて、右手に持っていたスマホをお姉ちゃんのスカートの中に入れて……
「ちょっ……どこ撮ろうとしてるの……っ!」
お姉ちゃんは慌ててスカートを抑えながら私から離れてしまった。
「だめ……?」
すると、お姉ちゃんはちょっとだけ考えてくれたような気がした。けど、
「だめ!」
……行っちゃった。
仕方ない。アールグレイ飲んで帰ろう。スイーツがおいしかったから、少しお土産に買っていこうかな。
「ただい……ま”」
夕方、帰ってきたお姉ちゃんを出迎えると、語尾が裏返った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
私の言葉を聞くと、今度はお姉ちゃんの顔は引きつった。
「おのお店じゃこういうの言わないんだね」
「うーん、そういう店じゃないからね」
お姉ちゃんは何故か疲れたみたいにため息をついて、
「今日はどうしたの? 急に来るんだもん、ほんとにビックリしたんだから」
「うぅん、べつに。ただお姉ちゃんが働いてるところが見たかっただけ」
あの姿を思い出すと、またにやけそうになる。
なんだろうこれ……あのお姉ちゃん、ほんとにこう……グッとくる! でも……
「お姉ちゃん」
「なに……っ!?」
ヒールを脱いで、玄関に上がったところを見計らって、私はお姉ちゃんの手首を掴んで壁につけ、そのままの勢いで口を塞いだ。
ついて離れてを繰り返すうち、最初はされるがままだったお姉ちゃんが、次第に私にも返してくれるようになる。
無意識のうちに、私は笑ってしまっていた。
「どうしたの……?」
「うぅん、店員さんかわいいなーって思っただけです」
すると、お姉ちゃんは私から目をそらしてしまった。その顔は真っ赤で、照れてるんだなーってことが分かる。
「店員さん、意地悪しないで、そのかわいいお顔でこっちを見てください」
でも、お姉ちゃんは言うことを聞いてくれない。
仕方なく、私は顎を掴んで上をむかせ、そこに唇を重ねた。
「んむっ……ちゅっ……はっぁ……」
やっぱり、お姉ちゃんて無理やりした時、すごく気持ちよさそう。そういうのが好きなのかなあ。
「ちがう……」
急に言われて、私は心が読まれたのかと思ってビックリした。けど……
「私、今は店員じゃないよ……」
!! い、意識が飛びかけた。なんて破壊力……
「お姉ちゃん」
今度は、素直に私を見てくれる。
しかも、ちょっと上をむいてくれていた。
「だーいすきっ」
――甘い。
甘くて甘くて、私はもう溶けてしまいそうだった。
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