第13話 アリスちゃんと買い物

 アリスちゃんがホームステイに来てから、早くも一ヶ月が経った。



 この一ヶ月、色々なことがあった。


 キスとか、キスとか、あと……キスとか。あれ、キスしかしてなくない?


 とまあそれはともかく、一つ気になることがあった。



「アリスちゃんてさ、家にあんまり物持ってきてないの?」


 いつの間にか日課になった、アリスちゃんとの朝食の後片づけ。


 その最中に何げなく切り出してみると、アリスちゃんはキョトンとした顔になった。



「うん、あんまりだね。でも急にどうしたの?」


 前から気になってはいた。アリスちゃんの部屋に入ったときも思ったけど、あんまり物を置いていない。


 それに、使っている茶碗やコップなんかも、未だにお客さん用のだし。


 そう言うと、アリスちゃんは「別に不自由はないよ」なんて笑っている。



「もしかして、だけどさ……また遠慮してる?」


 思い出すのは、アリスちゃんが来た初日のこと。


 真夜中に、こっそりお菓子をつまんでいたアリスちゃんを思い出すと、なんだか心がキリキリする。



「そういうわけじゃないよ、ほんとうに」


 ありがとうお姉ちゃんとお礼を言われたけど、私にはアリスちゃんの言葉は「でも」と続いたような気がした。


 慣れてきたとはいっても、ここは人の家。言いにくいこともあるだろう。


 なら、私のすべきことは決まってる。



「ねえ、アリスちゃん。一緒に買い物に行かない?」




 お昼前になると、私はアリスちゃんと一緒に家を出た。


 せっかくいい天気だし、外でお昼を食べようという話になって、というか私が言った。


 目的はアリスちゃん専用の茶碗やらを買うためだけど……



「お姉ちゃんとお出かけなんて、なんだか久しぶりな気がするなー」


「この間一緒に大学行ったじゃん」


「そうだけど、そういうのじゃなくて……そういえば大丈夫? 何も言われてない?」


「うん。大丈夫だよ」


「よかった。ねえ、どこ行く? 私、たくさんお姉ちゃんと遊びたいな」


 アリスちゃんは何だかとても嬉しそうで、



「お姉ちゃん、手、繋いでもいい?」


 なんて言い出した。


「? うん、いいけど……」



 お互いに手を差し出して、そっと重ねる。


 なんだか温かくて、優しい気持ちになれた。それに、懐かしい……


 昔は、よくこうやって手を繋いでたっけ。


 なんか、なんだろ……照れる。


 何回もキスしているのに、なんか謎に恥ずかしい。



 なんか、ちょっとアレだなーと思ったけど……


 うれしそうに笑うアリスちゃんを見たら、私はもう何も言えなかった。




 昼食は、アリスちゃんは私がバイトしてる喫茶店に行きたかったみたいだけど、家からはすこし離れてるから近場ですませた。


 なんて、私がイヤだっただけだ。だってなんか恥ずかしい。



 結局、手を繋いだまま、私たちはデパートにむかった。


 休日らしく混みあっている。私はあんまり人込みが得意じゃないんだけど、せっかく来たんだし、アリスちゃんには楽しんでもらわなきゃ。


 行きたいお店はある? と訊くと、お姉ちゃんが行きたいところでいいよとのこと。



 うーん、そういうことなら、まずは本屋に行こう。


 好きな海外の小説の新訳が出ていたので、いくつか買った。


 もし読みたくなったら、アリスちゃんも読んでいいからねと言うと、ありがとうと笑っていたけど……


 アリスちゃんは推理小説を読むのかな? 完全に私の趣味だからなあ。



 その後は適当に店を見て回った。アリスちゃん専用の食器なんかも買って、お揃いのマグカップを買ったりもしたけど、


「このコップ、キレイだねー」とか「見てお姉ちゃん! この子犬の置物かわいくない?」


 みたいに、ウィンドウショッピングとしても楽しんでいるみたいだ。それはいいんだけど、



「この服、お姉ちゃんに似合いそう! 着てみてほしいな」


「それ、コスプレ用の制服じゃん……」


 こういうのは流石に困る。



「だめ?」


 アリスちゃんは眉をハの字にして、おもねるみたいな表情。


 うっ。ダメだ、どうもこの顔には弱い。弱いけど……



「流石にちょっと……また今度ね?」


 すると、アリスちゃんは不満そうにほほを膨らませた。


「え~。私お姉ちゃんの制服姿、写真でしか見たことないのに~。私の制服はいつも見てるくせに、ずるいっ!」


「そ、そんなこと言われても……どうしてそんなに見たがるの?」



「お姉ちゃんが好きだから」


 即答だった。


「たくさん好きなところがあるお姉ちゃんだから、もっと好きになりたいの」


 うぅ……そこまで言われると、流石に照れる。


 困った。そうだ、ちょっと意地悪しちゃお。



「じゃあ、アリスちゃんも着てよ、おんなじやつ。そしたら私も着る」


「分かった!」


 ……ゑ?


「一緒に着よう? こっち来て、お姉ちゃん」


 …………ゑ? ちょっと……えぇっ!?



 あれよあれよという間に、私は試着室の中に引き込まれてしまった。


「あ、アリスちゃん……?」


「私も着たらお姉ちゃんも着てくれるんでしょ?」


「た、確かにそう言ったけど……」


「だめ?」


 また例の顔で頼まれて、私は何も言えなくなって、気づいたときには頷いてしまった。



「ありがとう」


 なんか、これでお礼を言われるのは、ちょっと複雑。


 どういう反応を取ればいいんだろうと思っていると……



「んっ……」



 私の口いっぱいに、甘くて、酸っぱい味が広がって行ったかと思うと、それはあっという間に体全体を包み込んだ。



「ありがとう、今日のこと」


 お礼は、私が考えていたことに対してじゃなかったらしい。



「お姉ちゃん、好きだよ」


 また私の口の中に、甘くて酸っぱい味が広がる。


「私のことを考えてくれるお姉ちゃんが好き」


 今度は、さっきよりも濃い味が。


「恥ずかしがりながらいうことを聞いてくれるお姉ちゃんが、優しいお姉ちゃんが大好き」


 あまりの刺激に、体が痙攣して、声を上げそうになって……



「……ぁ……んっ……」



 出しちゃった。


 ていうか今の声、私……っ!?


 うそでしょ!? ここは外でお店で試着室で外に人がいるのにやばいよ!!



「あ、アリスちゃん……っ! 今はホントにダメだよ……バレちゃう……っ」


「バレないよ。お姉ちゃんが声を我慢できれば」


 啄むみたいな優しい触れ合い。けど、私の体は何だか自分のものじゃないみたいで、すこし触れられただけで震えてしまう。


 我慢するのに必死で、それでもときどき声を上げそうになると、無理やり口全体を塞がれる。



 頭が真っ白になっていって、自分がどこで何をしているかも分からなくなっていって、それでもアリスちゃんはやめてくれないみたいで……


「声を一生懸命我慢するお姉ちゃんも大好き」


 私はもう声も出せない。



 目を瞑る。一瞬遅れて、私の意識は強い刺激に呑まれていった――

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