第9話 イヤだけどイヤじゃない
あの日……アリスちゃんにお弁当を届けた日……から一週間。私とアリスちゃんとはほとんど会話をしていなかった。
どっちかというと、私が避けちゃってる感じだ。
だからだと思うけど、アリスちゃんも前みたいに私に話しかけてこなくなった。
話すことがあっても挨拶をするくらい。それ以外の会話はない。
お母さんに「あんたたちケンカしたの?」なんて訊かれても、曖昧な返事をするしかなくて……
「はあ……」
「どうかしたの? 最近元気ないなー」
いつもと同じ、大学近くのカフェ。
ランチをしようと来たんだけど、なんだか食欲がない。今だけじゃなくて、最近ずっとだ。
アリスちゃんにキスをされて、それで……
慌てて首を横に振る。思い出したらなんか……ああっ!
「……今度は何なの?」
井上は今度は引いていた。
「べつに……ちょっとその、色々あって……」
ていうか、色々ありすぎて。あんなこと、流石に言えるはずもないし。
「もしかしてさ、あの従妹の子……アリスちゃんだっけ? あの子と喧嘩でもしたの?」
「う、うーん……違う。たぶん」
喧嘩なんかじゃない。
ただ、ちょっと変な空気になっちゃってるだけだ。
「ふーん……よく分かんないけどさ、なにかあったら相談してよ。話くらいなら聞くから」
おお、なんか井上がやさしい。
なんだかんだ言って、いいところも……
「それより聞いてよ! カレシがさー」
と思ったらこれだ。
ていうか、まだ別れてなかったんだ、と思ったら、別のカレシだったらしい。
手が早い奴。でも男運はないらしい。
私は聞くともなく井上の話に耳を傾けながら、これからどうしようと考えていた。
なんて、どうするかは、最初から決まってるんだけど。
午後四時過ぎ。授業を終えた生徒たちが校舎から出てくる。
私は門からすこし離れた場所でそれを見つつ、目的の人物を探す。
その子はすぐに見つかった。キレイな金色の髪をした、従妹のアリスちゃん。
話しかけようと思ったけど、それよりも早く私に気づいてくれたらしい。
笑顔を浮かべて、口を開いて……すぐに閉じる。笑顔まで消えて気まずそうな表情が浮かんでいく。
だから私は、笑顔で言った。
「アリスちゃん。ちょっと話さない?」
なんて言ったはいいんだけど……
「…………」
「…………」
き、気まずいっ! どうしよう、何話していいか分からない!
アリスちゃんと一緒にいてこんな空気になるなんて、初めてだ……
でも、ここで怖気づいていられない。ちゃんと話すって決めたんだから!
「「あのっ!」」
はもった。
「アリスちゃんどうぞ!」
「うぅん、お姉ちゃんどうぞ!」
譲り合うのを何度か繰り返した後、私は今度こそ意を決する。
「あのね、この間の話なんだけど……」
「ごめんなさいっ!」
私とアリスちゃんはほとんど同時に言う。けど、今度はおなじ言葉じゃなかった。
ビックリしてアリスちゃんを見ると、彼女はぺこりと頭を下げているので私はさらに驚いた。
「この間は本当に……」
「ま、待って!」
「私、やっぱり気持ち悪いよね。ごめんね? 一人暮らしとかできないか、ママに相談してみるから、私もう……」
ま、マズい! なんかどんどん話が進んじゃってる! アリスちゃんちっとも聞いてくれないし! えぇと、ああもう……!
私はアリスちゃんの腕を掴んで自分のほうに引き寄せる。そして目を瞑って、勢いそのままにアリスちゃんの唇を無理やりに塞いだ。
「っ!?」
触れたとき、アリスちゃんの唇はちょっと強張っていた。けれど、すぐに柔らかくなって、私を包み返してくれた。
温かくて、甘い。なんだか、いつもとちょっと違う……
「話聞いて。お願い」
アリスちゃんは何も言わずに、でもコクリと頷いてくれた。
「私、アリスちゃんのこと好きだよ」
何から言えばいいのか分からなかったけど、その言葉だけはハッキリ言えた。
「この間もね、イヤだったわけじゃないの、ほんとだよ? ただ……」
そう、ただ。
ただ、ビックリしちゃった。アリスちゃんにじゃなくて、自分に。
アリスちゃんに触られたとき、全然イヤじゃなかった。これから何されるんだろうって思うと死ぬほど恥ずかしかったけど、イヤとは思わなかった。
あの時の私を支配していたのは、くすぐったさと、恥ずかしさと……それに、期待。
私は期待してたんだ。
アリスちゃんとキスして、なんだかいつもより気持ちよくて、もっと強い刺激が欲しいって思ったらその通りになりそうになって……
でも、いざそうなりかけたら急に怖くなって、心の中をぐちゃぐちゃにかき回されたみたいになった。
そんな自分にビックリして、訳が分からなくて、あんなことを言ってしまった。
でも今なら分かる。
心の中をかき回されたんじゃなくて、かき回したんだ、私が自分で。
だから、悪いのはアリスちゃんじゃなくて、私……
その時、私をやさしく、温かく包み込んでくれる感触があった。
甘くて酸っぱい、あの味……それはゆっくりと、私の体中に広がっていく。
「大好きだよ、お姉ちゃん」
甘い声が、私の耳元で囁いた。
「本当に大好き。お姉ちゃんのこと考えてると、他には何も考えられなくなっちゃうの」
アリスちゃんは青い宝石みたいな瞳で、じっと私のことを見ている。
「私のこと、心配してくれたんでしょ? だから学校に来てくれたんだよね? そう思ったら、なんだかあったかくなって、お姉ちゃんともっと一緒にいたいって、触れ合いたいって思ったの。そしたら、なんか溢れてきて、止まらなくなっちゃって……!」
アリスちゃんの言葉は、だんだん熱を帯びてきた。
唇を合わせれば、その熱は私にも伝染してくる。
ダメ……これ、癖になりそう……
私の中が、アリスちゃんで満たされていく。アリスちゃん以外、何も考えられなくなる。
そっか、アリスちゃんも、こんな気持ちなんだ。私たち、おなじ気持ちでいるんだ。
そう思うと、もう止まれない。
ちょっとでも、この気持ちを伝えたい。おなじ気持ちでいるとしても、ほんの少しでも、あなたに私の気持ちを知ってほしい。
だから私は、強く唇を押し付けて、アリスちゃんを抱きしめる。
アリスちゃんの力も私に答えるみたいに強くなる。
それが嬉しくて、私の力はまた強くなって、アリスちゃんも……
ああ、そっか。この気持ちに終わりはないんだ。これからどんどん大きくなって、私自身を飲み込んで……
そうなったら、きっとアリスちゃんにも……
そうして私たちは、体全体で、お互いの気持ちを伝えあった。
……ここが住宅街ということに気づいたのは、気持ちがほんの少し落ち着いたときだった。
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