第8話 今!? ここで!?
「いってきます、お姉ちゃん」
「いってらっしゃい」
朝、アリスちゃんを送り出す。
アリスちゃんは笑顔で学校にむかったけど……
本当に大丈夫なのかな? ここ数日、私の頭はそればかり考えている。
アリスちゃんは本当に学校で孤立していないんだろうか? もししていたら、それは大変なことだ。
今はまだいいかもだけど、ずっとそんなんじゃ困るのはアリスちゃんだ。だから……
あれ……? だから、何だろ? 私に何ができるかな? まさか学校までついていくわけにもいかないし。
と、思っていたんだけど……
「遥香、ちょっと高校に行ってきてくれない?」
突然、お母さんに言われた言葉に、しかし私は何がなんだか分からない。
「は? なんで? 私もう高校は卒業したんだけど」
「そんなの分かってるわよ。アリスちゃんがお弁当忘れちゃったみたいだから、届けてくれないかってこと。今日は大学ないんでしょ?」
なんて予想外な。でもベストタイミング。
忘れ物を届けに行くっていう名目で、学校でのアリスちゃんの様子を見れるかもしれない。
私は「分かった」と答えて、準備をして、お弁当を持って家を出た。
アリスちゃんが通っているのは、二年前まで私も通っていた高校だ。
家から徒歩十五分ほどという理由で受験したんだけど、制服がかわいいからっていう理由も実はあったりする。
紺のブレザーにチェックのプリーツスカート。スカートの裾には、スカートを切ったりする生徒が出ないようにっていう対策から、ちいさな刺繍がされているんだけど、私はそれも気に入っている。
まあ、ほとんどの子は折って穿いていたっけ。私もそうだったし。
高校に来るのは二年ぶり。制服も二年は来ていない。去年、井上に「制服着て遊びに行こうぜー」なんて誘われたことがある。断ったけど。だって知り合いに見られたら恥ずかしいし。……ちょっとだけ興味はあるんだけどね。
まずは事務所に行って、事情を説明しようと思ったんだけど……
あれ、これってただアリスちゃんを呼ばれてお弁当を渡すことになるんじゃ!?
学校で孤立していないか、ちゃんと友達と仲良くできてるか確認できないんじゃ!? それじゃ来た意味半分なくなるんじゃ!?
なんて思っていたときだった。
私が三年生の時の担任の先生が通りがかった。
先生も私を覚えていてくれて、あいさつと世間話をする。
彼女の計らいで、私はビジターとして校舎に入れることとなった。
なんだか妙に緊張する。二年前まで通っていたのに、受験に来たときより緊張するような……
視線も感じる。無理もないよね、明らかに生徒じゃないし、かといって先生でもない。
早くアリスちゃんを見つけなくっちゃ。
たしか、クラスは一組って言ってたっけ。えぇと……あった。
教室にいるかな? いなかったらどうしよう、と思いつつこっそり中を除くと、
いた。やっぱり目立つなあの子。髪の色もそうだけど、同年代の子と比べてもキレイだし。
「――はい、分かりました。集めて職員室までお持ちします」
「ありがとう。箒も、助かっちゃった。領収書貰ってくれればこっちで出すのに」
「いえ、そんな。お気になさらないでください」
「そんなわけにいかないでしょう? レシート残ってたら後でくれる? お金出すから」
なんて会話が耳に届いてきた。
先生がアリスちゃんにお礼を言って、アリスちゃんは「とんでもありません」とか「お役に立てたなら何よりです」なんて答えていて……
いや、だから誰よあれ。
私に対する態度とあまりに違いすぎる。キャラ崩壊レベルだ。と、
あ、目が合った。アリスちゃんの顔に、一気に笑顔が咲く。
「おねっ……」
駆けて来ようとしたみたいだけど、踏み止まって、先生に何事か言うと、二人ともこっちに来た。
こっちの先生とは面識がないので、自己紹介をして事情を説明する。
すると、アリスちゃんはちょっと恥ずかしそうな表情になった。
「ありがとう、お姉ちゃん。どうしようかなって、困ってたんだ」
「気にしないで。渡せて一安心だよ」
なんて会話をしていると、クラスの女子が何人か集まってきた。
何だろうと思ったら、皆アリスちゃんの友達らしい。
どうしたのーって訊かれたり、お弁当を忘れたことをからかわれたり、とりとめのない話をしている。
そのアリスちゃんは楽しそうで、それは演技じゃないことは分かる。
……どうやら、私が考えていたことは完全に杞憂だったらしい。
私もアリスちゃんの友達とすこしだけ話をした。
アリスちゃんの学校での様子を訊いたり、これからも仲よくしてあげてねと言って、アリスちゃんに「恥ずかしいこと言わないで」って怒られたり。
そんな間に休み時間も終わりそうなので、アリスちゃんが昇降口まで送ってくれることになった。
「ありがとう、お姉ちゃん」
その途中、突然言われた。
「お弁当のことなら、もうお礼言われたよ」
「それもだけど……もう一つのほう。私のこと、心配してくれてたんだよね?」
私はちょっと言葉に詰まって、でも結局は「うん」と素直に答えた。否定したり誤魔化すのも変な話だし。
「どうしても気になっちゃって。余計なお世話だったみたいだけど」
気恥ずかしくて、結局誤魔化すみたいな口調になってしまう。
すると、アリスちゃんが急に立ち止まる。
どうしたんだろうと思った時には、私は階段の踊り場に引っ張られていた。
壁に背中をつけられ、手首を掴まれているから、逃げようにも逃げられない。
そして鼻先には、きれいなアリスちゃんの顔がある。
「私なら大丈夫だよ。お友達もいるし、箒を買いに行ったのも、本当に気になっちゃっただけだから」
「じ、じゃあ……」
「お姉ちゃんが好きだから」
静かなアリスちゃんの言葉に、でも私は何も言えなくなってしまう。
「お姉ちゃんと一緒にいたいから学校からすぐに帰るし、お姉ちゃんとお買い物がしたかったからずっと待ってたの。だから……」
ありがとう、という言葉の直後、とても柔らかな感触が私の唇に触れた。
触れて離れてを繰り返して、触れ合う度に私の体にはピリピリした電気が走る。
最初は驚いて、ちょっと怖くて、なんだか恥ずかしくて……
でも今は、そのピリピリがなんだか気持ちよくて、もっと……もっと強い刺激が……
っていやいや! 私いま何考えてた!? それは流石にヤバいっ!
「あっ、アリスちゃ……んっ……ダメ、こんな……見られちゃう……っ!」
「らいじょうぶだよ……ちゅ……もうすぐ授業始まるし、誰も来ないよ」
そんなこと言われたって……
そう思ってるはずなのに、どうしてだろう? なんか、いつもより気持ちいい。
ピリピリだけじゃなくて、なんだろうこれ……熱くて、ヒリヒリして……ダメ、何も考えられない……っ!
「っ!?」
私の思考を打ち破ったのは、初めての感覚のせいだ。
それは私の全身を襲った。くすぐったさと、恥ずかしさと、それに……
アリスちゃんの細くて白い指が、私の太ももに触れた。
撫でるように動かされ、私は今度こそ何も考えられなくなった。
なに、これ……やばっ……!
そして、上がって下がってを繰り返したアリスちゃんの手が、私のスカートの中に入って……っ!?
「ぁ……て……」
搾りかすみたいな声が自分のものだとは、すぐには分からなかった。
「やめて……っ! おねがい……」
アリスちゃんがハッとなって私から離れる。
驚いたように私を見ていたけど、いまの私にはそれを気にしていられる余裕がなかった。
なんだか、喉が痛い。
ピリピリは消えて、ヒリヒリだけが大きくなっている。
大きな音が響いているから何かと思えば、それはわたしの心臓の音で、涙まで流れていた。
……いたい。喉も胸も。
なにこれ。私、ショック受けてるの……?
ダメ。もう、なにも考えられない。
気づけば、私はアリスちゃんに背をむけて駆け出していた。
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