第7話 お姉ちゃんは心配性?

「――それでさ、浮気の子と問い詰めてやったら、あいつなんて言ったと思う!?」


「さあ」


「彼女と付き合って本当の自分に気づけたんだ、なんて言いやがったの!」


「へー」


「ひどいと思わない!? てか最低でしょ!?」


「思う思う」


「挙句の果てに、別れてほしいなんて! 言われなくたってこっちからフッてやるってのふざけんな!」


「だよねだよね」


 井上と中身ゼロの会話を繰り広げつつ、大学の校舎から出る。



 すると、私たちは異変に気づいた。


 門のすぐ傍に人だかりができている。



「何だろ? なにかあったのかな?」


「さあ……」


「ちょっと行ってみようぜー」


 さっきまで文句ブーブーだった井上は、興味津々と言った様子で人込みにむかっていく。


 ……なんて自由な奴。



 人込みに近づくにつれて、だんだん声が聞こえてくる。


「ここでなにしてるの?」「あなた、誰かの妹?」「髪キレイ―」「ハーフ?」「かわいー」「えっ、ホントだめっちゃ可愛い」


 なんて内容だ。



 我が親愛なる友人もその中に加わっていく。一番最後の頭の悪そうな言葉が井上だ。


 まったく、皆ミーハーだな。芸能人でも見つけたのか知らないけど、そんなに騒ぐ……なん、て……



「あ、お姉ちゃんっ!」



 人込みの中心にいた彼女……アリスちゃんは、ちょっと困ったような顔をしていたけど、私と目が合った瞬間に笑顔になった。


「よかった。入れ違いになっちゃったかと思った」


 なんて言いながら、人込みから抜けて私のほうにかけてきた。



「ど、どうしたの? どうしてここにいるの……?」


「おばさんに買い物頼まれたから、付き合ってくれないかと思って。待ってたんだ」


「じゃあ、連絡くれればよかったのに」


「いきなり来て驚かせたくて。……迷惑だった?」


 悲しそうに眉をハの字にするアリスちゃん。……うぅ、ズルいよなあこの顔。


「全然、ちっとも! ちょっとビックリしただけ」


「ほんとっ? よかったあ」



 アリスちゃんは輝く笑顔。私もつられて笑顔になるけど、対照的に驚いた顔の奴が。井上だ。


「ちょ、ちょっと、みゃーの!」


 肩をゆすってくる。


「この美少女と知り合いなのっ!? まさか……か、彼女!?」


「はい、私はお姉ちゃんの彼女です」


「えぇええええっ!? マジで!? ほんとに!?」


 井上の脳はキャパオーバーらしい。



「この子は従妹のアリスちゃんだよ」


 私の言葉を聞くと、井上は「なーんだ」という顔になった。が、その後すぐに、


「ってマジで!? この子とホームステイしてるの!?」


 テンションの浮き沈みが激しすぎる。どういう情緒をしてるんだろう。これが彼氏にフラれた原因なんじゃ? なんて考えてみる。



「はい、そうですよ」


 アリスちゃんはニッコリと笑顔。


 井上は「おおー!」なんて言っていて、なんだか握手かサインでもねだりそうな雰囲気だ。けど、


「姉がいつもお世話になっております」


 それより前に、アリスちゃんが言った。ていうか……



 誰コレ。


 家にいるときと今のアリスちゃんは別人だ。


 背筋はピンと伸びていて、ぺこりとお辞儀をしたり、しっかりした言葉遣いに、笑うときは口元を抑えていたり……


 いや、ほんと誰コレ。



「はい。お姉ちゃんは小学四年生までおねしょをしていたんですよ」


「おいおい、マジかよみゃーのー」


 私は慌てて否定しなくちゃいけなかった。




 それにしても、アリスちゃんはどうしてここに来たんだろう?


 本人は買い物を頼まれたからって言ってたけど、お母さんならアリスちゃんのまえに私に頼むだろうしなあ。


 井上と別れて、道すがら訊いてみると、



「じつはね、ちょっとだけ嘘ついちゃった」


 普段の様子に戻ったアリスちゃんが、いたずらっぽく言った。


「お買い物頼まれたのは本当だけど、おばさんじゃなくてクラスの人になんだ」


「そうなんだ……」



 それはまた予想外。


 だけど、それよりも予想外だったのは、買い物の内容だった。



「箒とちり取り?」


 アリスちゃんは「うん」と頷く。


「クラスで掃除に使ってるやつが古くなっちゃってるから、新しいの買おうと思って」


「そういうのって、学校が買うものじゃないの?」


 少なくとも、生徒がすることじゃないような気がする。



「そうかな? でも気になっちゃって……」


 真面目ないい子、ってことなのかなあ。




 私たちはホームセンターにむかった。


 アリスちゃんは真剣な様子で商品を選んでいるけど、私は何だか心配になってきた。


 だって、やっぱり生徒がするようなことじゃないと思うし。それに……



 関係ないかもだけど、アリスちゃんは学校から真っ直ぐに家に帰ってきてるらしい。


 一度も寄り道をせず、友達と遊びに行くこともしないで。


 まさか……まさかと思うけど、学校で浮いてる、とかじゃないよね?


 幼稚園のとき、アリスちゃんは見た目のせいで浮いちゃってたみたいだし、今もそうなってて……


 そのせいで寄り道せずに帰ってきてて、掃除用具を買いに行くのも、いじめ……ではないかもだけど、なんか、そこに原因があるんじゃ?


 なんて、考えすぎかな……?



「お姉ちゃん?」


 いつの間にか、アリスちゃんが不思議そうな顔で私を見つめていた。


「どうかしたの?」


「う、うぅん、なんでもない」


 まさか「学校で孤立してないか心配」とも言えずに適当に誤魔化す。



「もしかして、なんだけど……」


 アリスちゃんは、どこか言いにくそう。


「心配してくれてる? 学校でのこと」


 そのくせ、いきなり核心をついて来た。


 おかげて口ごもっちゃったけど、逆にアリスちゃんは「やっぱり」と言った。



「ご、ごめんね? 余計なお世話かもだけど、私……っ!?」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。



 気づけば目の前にアリスちゃんの顔がある。


 そして私は、あの甘酸っぱい感覚に包み込まれていて……



 って、えぇ!? 冗談でしょ!?


 だってここはお店で、周りに人も……



「大丈夫だよ」


 耳元で囁かれる。なんだか妙にくすぐったい。


 体がピリピリして、頭が真っ白になっていって、何にも考えられなくなっちゃう……


「大丈夫。心配なんていらないから」



 大丈夫? 心配? 一体なんの話? あれ、私何考えてたんだっけ……?


 えぇと、たしか、アリスちゃんが学校で……



「今は周りに人いないから、きっとバレないよ」


 そ、そうだ……! こんなところでこんなことしたら、誰かに見られちゃう!


 なんとかして離れようとするけど……む、むりっ! アリスちゃんて、力つよい……!



 アリスちゃんの力はどんどん強くなっていく。……うぅん、違う。私の体から、どんどん力が抜けていってるんだ。


 全身がピリピリして、まるで、体の感覚が自分から離れていくみたいな……


 そう思った時、唐突に感覚が戻ってきた気がした。見れば、アリスちゃんが私から離れてしまっている。



「そろそろ帰ろう? お姉ちゃん」


 何事もなかったように、アリスちゃんは会計にむかう。


 私はといえば、なんだかわけが分からずに、売り場で一人立ち尽くしてしまっていた。



 ……今、誤魔化された……のかな?

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