第5話 お姉ちゃん介護される。
「おはよう、お姉ちゃん」
朝起きると、目の前にアリスちゃんの顔があった。
「お、おはよう、アリスちゃん……」
声が上ずった。それに、ひょっとしたら顔も引きつってるかも。
アリスちゃんが、私のベッドで添い寝をしているから。
「ど、どうしたの?」
「うぅん、べつに。ただお姉ちゃんの寝顔が見たかっただけ」
またか。
思いつつ、ニコリと笑いかけられて、私も何とか笑顔を作る。
まさか、私が寝てからずっといたのかな、と思ったけど、そうじゃないみたい。だって、アリスちゃんが着ているのは寝間着じゃないし。
「お姉ちゃんと朝ごはんが食べたくて、起きてくれるの待ってたんだ。今日も私が作ったの」
「そ、そうなんだ。あのさ、ありがたいんだけど、私今日は……っ!?」
まだ半分夢の中にいる私を、柔らかな感触が包み込んでくる。でも、今までのものとはちょっと違う、
触れて離れてを繰り返して、アリスちゃんの唇が触れるたび、私の体は静電気が走ったみたいにビクビク震えた。
「私が作ったご飯、食べてくれる?」
「今日は外で……っ!?」
「んっ……食べてくれる?」
「でも……んむっ!?」
「っ……食べてくれるよね?」
「……食べます」
頭の中がどんどん真っ白になっていって、気づいたときにはそう答えてしまった。
「やった! じゃあ、私が着替えさせてあげる! ほら、ばんざいして?」
「けっこーです!」
「はい、お姉ちゃん。あーん」
「あ、あーん」
「どうかな? おいしい?」
「う、うん……おいしい。いつも通り」
「ならよかった」
アリスちゃんに告白されてから一週間。
あれから、アリスちゃんはなにかと私の世話を焼くようになった。
ご飯を作ったり、今みたいに食べさせてくれたり。部屋の掃除もやってくれてるし、正直言って、助かっている面はあるんだけど。
「二人ともずいぶん仲がいいのねー」
母よ、あなたちょっと
「はい。私、お姉ちゃんが大好きなのでっ」
言いながら、抱き着いてくるアリスちゃん。ちょっと自由過ぎませんか。とは思うんだけど……
やっぱりキレイだなあ。なんて思うんだから、私も人のことは言えない。
でも本当にキレイなんだもの! 大きな青い瞳も、上にくるっとカールしたまつ毛も、長い金色の髪も、全部がキレイ。こうしていることが奇跡なんじゃないかって思えるくらいに。
そんな子がさ! 私に「好き!」って来たらさ! 私だって「好き!」ってなっちゃうよ!! なっちゃうけど……
(――「お姉ちゃんが言ってくれる〝好き〟っていうのは、そういう意味じゃないってこと」――)
蘇るのは、アリスちゃんの言葉。
その通りだ。アリスちゃんは好きだけど、それはそういう意味じゃない。……多分。けど……
「お姉ちゃん好きー!」
こうやって来られるとなあ……来られるとなあ!
私は気を落ち着かせるように、オレンジジュースを一口飲んだ。
すっかり忘れてたけど、今日は日曜日なんだった。
大学はないし、今日はバイトも休み。だから一日中ゴロゴロしてやる! という私の完璧な計画は、
「お姉ちゃん、なにか私にして欲しいことない? 何でもするよ?」
アリスちゃんは何だか楽しそう。ニコニコと笑っている。
「う、うーん……今は大丈夫かな……」
毎日掃除してもらってるから部屋もキレイだし。それに……
しょーじき、ちょっと一人にして欲しいっ!
あれから、ずっと私の後をついて回ってるんだもの! 全然気が休まらない!
でも、邪険にするのもイヤだ。アリスちゃんが嫌いってわけじゃないし。それで嫌われちゃうのも、なんだかなあだ。
だから、ちょっとした意地悪というか、無茶ぶりのつもりだった。そうすれば、もうちょっとだけ距離を取ってくれるんじゃないかと思ったから。
「じゃあさ、私の代わりに論文書いてくれない? 来週に提出しなきゃいけないのがあって」
でも、
「いいよ!」
まさかの即答。
「え、えっ? いいの?」
「うん。私作文得意だし」
「いや、作文と論文は違くて……」
「パソコン借りていい?」
「えっ? まあいいけど……」
「じゃあ、ちょっと待っててね!」
言うや否や、アリスちゃんは机に向かう。……ホントに書いてくれてるっぽい。
一時間後。
「書けたよっ!」
私のパソコンでカタカタやっていたアリスちゃんが、印刷したものを渡してくる。
やけに早いけど、本当に書けたのかな? さっきも言ったけど、作文が得意だからって論文が得意とは限らないし。
と思いつつ、目を通す……
……………………
……か、書けてるっ! めっっちゃよく書けてる!
論旨も明確だし、理路整然としていて、しかも教授受けしそうな内容!
私こんな論文書けたことない!
「あの、ダメだった……?」
あまりの出来の良さに絶句していると、アリスちゃんが心配そうに私を見てきた。
「そっ、そんなことないよ! とってもよく書けてる! ……私よりも、ずっと……うん、ほんとに……」
だんだん声が小さくなっていく。言ってる間に、ちょっと気分が落ち込んできたから。
「ならよかったけど……どうしたの?」
「なんでもなーい」
軽く答えて、アリスちゃんのほっぺをムニムニして遊ぶ。……めっちゃプニプニする。
「はに、ほねえひゃん……っ」
なんだかなー。この子スペック高すぎないかなー。見た目もよくて頭もいいとかズルくないかなー。
楽もさせてもらっているけど、お姉ちゃんちょっぴり複雑です。
そうこうしているうちに、あっという間に日が暮れた。
アリスちゃんは、結局一日中私の傍にいた。ま、いいんだけどね、別に。アリスちゃんと一緒にいるのは楽しいし。
……トイレについて来られそうになった時はどうしようかと思ったけどさ。
「はあ……」
湯船に浸かって、思わずため息が出た。
一日中休もうと思っていたはずなのに、大学やバイトがある日よりも疲れた気がする。
これからどうなるんだろう? まさかと思うけど、ずっと今日みたいなのが続くわけじゃないよね? それは流石に、ちょっとアレだ。
でもなあ、あの笑顔でお願いされると断れないし、それに……
自然と、指が唇に触れる。
同時に思い出す。あの、熱くて、甘くて、すっぱくて……?
そこで、私の意識は急に引き寄せられた。脱衣所で、なにか物音がしている。お母さんかな? と思った直後、
「お姉ちゃん! 背中流してあげるっ!」
勢いよく扉が開き、勢いよくアリスちゃんが入ってきた。……裸で。
「えっ!? なになに!? 何事!?」
反射的に立ち上がって、自分も裸なことを思い出して慌てて座る。
「お姉ちゃんの背中流してあげようと思って」
「いやいや! いいってそんな! 私そろそろあがろうと思ってたからっ!」
湯船から出て、勢いそのままに出て行こうとするけど……
「待って」
腕を掴まれて、無理やり体の向きを変えられる。
なるべく見ないようにしていたのに、否応なしに見てしまう。アリスちゃんの、体を。
白い肌は、危うさすら感じるほどに繊細で、ビックリするほどすべらかだ。髪をアップで纏めていて、いつもは隠れている首筋まで顕わになっている。何故だか分からないけど、それだけのことにドキッとした。それに……
服の上からでも分かってはいたけど、何このスタイルの良さっ! これで高校一年生なの!? ほんとに年下なのこの子!? おねーちゃん自信無くしちゃうんですけど!
「な、なにっ?」
なんとか声を絞り出す。ちょっと上ずっちゃったけど、それは仕方ない。
「もしかしてなんだけど、私、お姉ちゃんに嫌われちゃった?」
あまりに予想外な言葉に、私は「へっ?」と間抜けな声を出してしまう。
「だって、論文渡した後、ちょっと微妙な顔になってたでしょ? やっぱり、本当はダメだったのかなあって……」
アリスちゃんの眉はハの字になって、本当に不安そう。なんだか捨てられた子犬みたい。体もちょっと強張っていて、私はたまらない気持ちになった。
「そっ、そんなことないよ! ただその、すごくよく書けてたから、ビックリしちゃっただけ。だって私なんかよりずっとうまいから」
正直に言うと、アリスちゃんはたちまちホッとした顔になった。
「よかったあ……」
息を吐くみたいなアリスちゃんの声。体から力も抜けたみたいで、私も安心した。
「それを訊くために来たの?」
「うん。だって、お姉ちゃんに嫌われるなんて絶対イヤだもん!」
うぅ。こういうこと言われるとなあ……言われるとなあ!
「大丈夫だよ。アリスちゃんを嫌ったりなんて、絶対にしないから」
「ほんと?」
「うん、ほんと」
「ほんとにほんと?」
「もう、ほんとだってば……っ!?」
言葉の途中で、無理やり口を塞がれた。
反射的に逃げようとしたけど……ダメ! 私腕掴まれてたんだった!
後ろ向きに動くと、アリスちゃんも動きを追ってくるから、私はすぐに壁際に追い詰められた。
それでも、アリスちゃんは動きを止めてくれない。自分の体を私に押し付けてきて……
「ぁん……っ」
体が触れ合った瞬間、体がビクんと震えた。籠った声が漏れて、私の口から何かが溢れ出てきる。
ポタポタと、タイルに滴る音が聞こえてくる。それが何の音なのか、もう私には分からない。
甘さも酸っぱさも、熱さがすべて上書きしていく。
溺れそうなくらいになって、堪えきれずに絡められていたアリスちゃんの手を強く握った。
「……っ!」
ほんの一瞬、アリスちゃんがビックリした顔になった。
なんだか熱いと思ったら、それはアリスちゃんの体温だ。さっきよりも強く、私に体を押し付けてきている。
いや……これ、私の体温? ……ダメ、分かんない。溶けちゃいそう。このまま溶けて、アリスちゃんと一つに……
「お姉ちゃん」
気づけば、上気した顔で、荒い息のもとで、アリスちゃんが私を見下ろしていた。
「大好きだよ、お姉ちゃん」
「う、ん……私も、好き……」
「結婚、してくれる?」
その言葉には、流石に「うん」とは言えなかったけど、勿論「やだ」なんて言えないわけで……
ほんとうに、ほんとうに少しだけ、顔を上に向ける。
一秒と経たずに、私は熱いばかりの感覚に溺れていった――
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