第4話 その約束は……

 午後の講義を終えて、適当に街をぶらつく。


 特に約束もないし、普段なら適当にブラブラしようか、それとも家に帰ろうかなと思うけど、今日はそうは思えない。



 アリスちゃん、もう学校から帰ってるかな?


 今なにしてるんだろう? お母さんの手伝い? 私は帰ったら、何されるんだろう? まさか、また……


 っていやいや! 何されるんだろって何!? まるで何かを期待してるみたいじゃん! そんなの……



「お姉ちゃん?」



「!?」


 突然後ろから聞こえてきた声に、思わず飛び上がりそうになる。


 でも、声の主はすぐに分かった。



「アリスちゃん」


 振り返ると、そこには学校の制服を着たアリスちゃんがいた。


 笑ったつもりだけど、ちょっと引きつったかも。それに、体も強張ってる気がする。



「今帰りなの?」


 対するアリスちゃんは、無邪気な様子で尋ねて来る。


「まあね……アリスちゃんも?」


「うん」


 嘘だ。


 しれっと答えてるけど、嘘だ。



 だって、私が通っていた高校と今通っている大学は、結構離れている。


 ここは大学の近くだし、高校から帰るのにここに来ることはない。ていうことは……


 どういうことだろう。ちょっと考えるのが怖いんだけど。


 いや、きっと偶然だよね、うん。



「じつはね、お姉ちゃんを待ってたんだ。お話がしたくて」


 偶然じゃなかった……


 仕方ない。断るのも変だし、話くらいならね。


 朝は避けちゃったし、そう思われないようにしなきゃ。



 と、思っていたんだけど……




「お姉ちゃん、私を避けてるよね」


 もう思われていたらしい。


「そ、そんなことないよ?」



 話ならカフェでと思ったけど、できればあまり人がいないところでというので公園に来た。


 一応否定してみたけど、アリスちゃんは信じてくれてないっぽい。



「ちょっと、ビックリはしたけど……」


 なので、結局そう言ってしまった。


 事実ではある。キスされて結婚しようって言われたわけだし。でも……



「え、どうして?」


 アリスちゃんはキョトンとした顔。え……えっ? どうして?


 なんか変なこと言ったかな……



「だって、約束したじゃん! 私と結婚してくれるって!」



 変なことを言われた。


 けど、心当たりはある。


 そう、あれは……



「私が幼稚園のとき、結婚できるようになったらしてくれるって言ったじゃんっ!」




 十二年前。


 まだアリスちゃんがイギリスへ行ってしまう前、私たちはよく一緒に遊んでいた。


 その時、アリスちゃんは私に会うたびに言っていた。



(――「おねえちゃん、大きくなったら、わたしとけっこんしてくれる?」――)



 私は、いつも「いいよ」って答えてた。


 だって小さかったし、意味もよく分かっていなかった。


 だからお互いに頬にキスしたり、オモチャの指輪を交換したりしてた。してたけど……



 冗談でしょ!?



 だってあれは子供のころのアレなわけでつまり冗談で……



「んむっ!?」



 え、ちょっと……今!? ここで!?


 ビックリして立ち上がろうとしたら、無理やり体を押さえつけられて、強引に唇を押し付けられた。


 に、逃げたいけど……ムリっ! アリスちゃんて、力つよ……っ!


 体も強張って、息も苦しい……なのにどうしてだろう? べつに嫌じゃない。


 それに、この味……


 初めてアリスちゃんとキスをしたときと同じ。甘くて、ちょっとすっぱくて……!?



 突然、脳の靄が晴れたみたいになった。気づけば、苦しい息のもとで私は咳をしている。


 アリスちゃんの唇は私から離れて、青い瞳は静かに私を捉えていた。



「好きだよ、お姉ちゃん。大好き」



 あまりにも突然で、言葉の意味を理解できなかった。


 アリスちゃんは私をまっすぐに見て、真っ直ぐに言う。


 キスして、結婚しようなんて言って、私の心を好き勝手に掻き乱したくせに、急にそんな……



「お姉ちゃん、私との約束、忘れてたでしょ?」


「そ、そんなことはないよ!」


 悲しそうな顔で言われたので、私は慌てて否定した。


「ただその……」


「本気にしてなかった?」


 図星を指されて、私は無言でちいさく頷くしかない。



「でもね、私本気だよ。本当に、お姉ちゃんが大好き。ずっと一緒にいたいの。

 私ね、この見た目のせいで、幼稚園で浮いてたんだ。みんな私とは遊んでくれなくて、いつも一人だった。

 でもお姉ちゃんだけは、私と遊んでくれて、普通に接してくれた。かわいいよって言ってくれて、好きだよって言ってくれた。

 分かってたの。本気にしてないってことも、お姉ちゃんが言ってくれる〝好き〟っていうのは、そういう意味じゃないってこと。だから……」



 ぎゅっと、私の手が柔らかなぬくもりに包まれる。見れば、アリスちゃんが私の手に自分の手を重ねていた。



「私、がんばるから! お姉ちゃんがそういう意味で〝好き〟って言ってくれるように! だから、もしも私を〝好き〟になってくれたら、その時は……」


 アリスちゃんの青い目が、私を捉えて離さない。


 吸い込まれそうになるほど意識を奪われる中、その言葉は今まで以上にハッキリと、私の中に浸透していった。



「結婚しよう、お姉ちゃん」

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